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5話 表示バグ


 場所は変わって、ここは王都から南へ三十キロの場所にあるナンの村。


 熊の魔獣に襲われた場所から、田渕はパワーアップした体で大家を背負い、小一時間ほど走ってナンの村にたどり着いた。そして、民家と見まがうほど粗末な宿屋にチェックインして、今に至る。



「千切れていた腕が……繋がった? チアノーゼ状態から一瞬で回復したのかお? それって、まさに……全治癒、完全に魔法だお……」


 大家は、肉串を頬張りながらも驚きを隠せない。田渕も、大家の向かいで肉串から肉を引き抜き、頬張る。イーノに餞別で貰った肉串を、育ち盛りの二人はさっそく頂くことにした。


「これが……吟遊詩人の能力なのかな?」


 しかし、大家は首を傾げる。


「田渕君の推しドル『SF桃色戦士ハニーハウス乙』の楽曲限定とは言え、それを歌う事でいろんな局面に対応出来るようになる便利な職業(クラス)が吟遊詩人だったとしたら、どうして追放なんてされたんだお?」


「そ……そう言えばそうだ。確か、『平民でも外れの職業(クラス)』って言われたんだった」


 二人は腕組みをして考えた。


少しの間考えていた大家だが、何か思い当たることがあったようで、田渕に話す。


「田渕君も当然気が付いてるけど、この世界は、異世界言語を話しているお。でも、ワタシ達は、日本語でそのまま話が通じるお」


「うん。日本語が共通語かと思ったら、文字が全然違ったのに驚いたよね」


「そうだお。つまり、女神様の力なのか、言語翻訳技術(スキル)なのか知らないけど、不思議な力で翻訳されて、異世界人に伝わっているお。ここで問題なのは、ワタシ達の言葉が、百パーセント相手に伝わっているのか、またはその逆はどうなっているのか、って事だと思うんだお」


「どっ……どういうこと?」


「例えば、英語と日本語で考えるお。英語でソードマンと言えば、日本語では剣士の事だお?」


 田渕は、頭を縦に振る。


「でも、……侍の事かもしれないお。外国人に、『ソードマン』と言われても、西洋風の剣士の事を言っているのか、それとも日本固有の剣士、つまり、侍の事を言っているのか、いまいち疑問が残ると思わないかお?」


「……って事はつまり、ある地球人の職業(クラス)が『侍』だったとしても、異世界にはそんな言葉は無いので、『剣士』と、職業(クラス)が表示されるって事?」


「うむ。田渕君の本当の職業(クラス)は、この世界では表示できないので、それに近いと分類された『吟遊詩人』が選ばれて当てはめられたのかもしれないお」


「な……なるほど。僕の職業(クラス)がまさかの『ドルオタ』とかだったとしたら、異世界人はハテナってなるもんね。『歌手』とかも違うし……でも一応、合いの手で歌って、声を出して応援するし……もしかして、『吟遊詩人』ってのも、遠からずかも……」


 そんな事を考えていた田渕は、はっとして大家に目を向ける。


「ちょっと待って。それって、大家さんにも当てはまりそうじゃないの? だって、『絵師』の職業(クラス)だって言われた割に、日本にいた時から、絵の上手さは変わらないんだよね? それも、表示バグなんじゃないの?」


「ほう……。そう来たか。なるほど……」


 大家は、顎を指の上に乗せ、うむむと首を傾げる。


「えっと、僕の傾向から考えると、大家さんの好きな物は……『機動人ガイグダン』ってアニメだから、それ関係だったりとか。主題歌とか歌ってみる? いや、あくまでも『絵師』に分類しているんだから、歌じゃなく、絵に関係が……」


 そこで、田渕は大家が持っている箱鞄を指さす。


「とりあえず絵を書いてみる? ちょっと暗いけど……」


 田渕は天井を見上げる。一応、光を放つ魔石が入ったランプが吊り下げてあるのだが、蝋燭ほどの光で、ベッドに腰掛けて向かい合っている相手の顔がぼんやりと見える程度の明るさでしかない。


「大丈夫だお。秘密兵器があるお」


 そう言うと、大家は箱鞄からポーチを取り出し、そこから黒色の板状の物を取り出した。側面のボタンを押すと、その板が発光する。


「あっ! タブレット! そんなの持ってたんだ!」


「異世界では充電出来ないから、出来るだけ使わないようにしてたお。でも、今はそんな事を言ってられないお」


 大家が、召喚の直後からずっと手にポーチを持っていたのには田渕は気が付いていた。ただ、女の子のポーチと言う事で、今まで気を使って中身を聞かないでいたのだが、まさかタブレットが入っているとは思ってもみなかった。


 この世界に持ち込めた物は、召喚の瞬間に手に持っていた物と、ポケットに入っていた物だけだ。田渕はポケットに入っていた携帯と充電器だけだが、どうやら大家は、タブレットを使おうと手に取った時に召喚され、タブレットと専用ペンを持ち込めたようだった。


 大家は、タブレットにさらさらと手慣れた手つきで描くが、特に何も起こらなかった。もう一度別の絵を書いてみるが、やはり何も起こらない。


「うーん。何か、別の条件があるのかな? それとも、異世界に合わせて、紙に書かないと駄目とか?」


「それはそうだお。郷に入っては郷に……」


「ぐふっ!」


 大家がタブレットからペンを離そうとした時、田渕は食べていた肉串の肉をのどに詰まらせた。慌てて胸を叩く田渕に、大家はほぼ無意識にタブレットに何かの絵を描いた。


ゴクッ ゴクッ ゴクッ


「はぁ……ありがとう大家さん」


 そう言いながら、田渕は空のコップを大家に返そうとする。だが、大家はそのコップに目を丸くし、そのすぐ後に、田渕もガラスのコップを驚いた顔で見つめる。


「これ……どこから……?」


「あっ! 今、ワタシが書いたかもしれないお。でも……」


 大家はタブレットを見るが、水が入ったコップを描いたはずなのに、絵は消えていた。


 もちろん、この部屋には最初から水は無かった。異世界では水は貴重で、コップ一杯の水が五百円程度するので二人は節約していた。ただし、共同水くみ場まで行って水筒に汲めば無料となる。


「も……もう一つ出せる?」


 田渕に言われた大家は、ほんの一秒で水の入ったコップを描く。すると、大家の側に、描いた通りのコップが出現した。


「地味……。地味だお。ワタシの能力は水を出すだけかお……。砂漠で彷徨った時にしか需要がないお……」


 大家はがっくりとするが、そんな大家に、田渕は目を剥いて聞く。


「あのさっ、ガイグダンのアニメに、水は出て来たの?」


「えっ? 水は……もちろん食事のシーンで良く出てくるお」


「食事のシーン? もしかして、食事も出せたり?」


「……じゃ、ミナミと言う女スパイが出てくる回で、ミナミのが手作りしたシチューを書いてみるお」


 すると、銀の寸胴に入ったホカホカのビーフシチューが出て来た。


「いや……これ使える能力かも……」


 田渕は、大家が書いた絵を検証する事にした。


 どうやら無理そうなのは、ショワ少佐を始めとするキャラクター、そして、ガイグダンロボや巨大戦艦などだ。つまり、生物や大きすぎる物は駄目だった。


しかし、ガイグダンのアニメで出て来た小物は殆ど全てを出現させる事が出来て、しかも、タブレットに戻すことも出来た。タブレットに戻されたアイテムは、アイコンのような形で表示され、まるでゲームのアイテムボックスに収納されたような状態になった。


更には驚くべきことに、この部屋にあらかじめ存在したベッドなども収容出来た。つまり、この世界の物品をタブレットに質量無視して閉じ込める事が出来るのだ。しかも、紙でもタブレットよりは使い勝手が悪くなるのだが、ほぼ同じ事が出来た。


「アニメ、全五十話に登場した物を全て、しかも何度でも召喚出来るって能力……。それに、これでリュックとかもいらなくなる。なかなか便利かも……」


「でも、タブレットの充電が切れるまでだお。紙だと、収納一覧が見にくいし、アイテムも追加しにくくて、使い勝手が悪くなるお……」


「充電……。あの、それなんだけど……」


 田渕は、ポケットから二つに折りたたまれた黒く薄べったい物を取り出す。それを見た大家の目が開かれる。


「そっ……それはぁぁぁ! ソーラー充電器っ! しかも、小型ながらPD対応30Wの出力を出す高級品かお! 嘘だろっオイ! なんでそんな物持っているんだおっ! 神かおっ!」


 そこで、大家は田渕の胸倉を掴んで揺する自分にはっと気づき、手を離した。


「……おっと、取り乱したお。でも、ソーラー充電器なんて、コンセントの無い異世界では超重要アイテムだお」


「うん。僕みたいなカースト最下層だと、教室のコンセントを使う順番なんて、絶対に回ってこないから、スマホを充電する機器は必須だもんね。で、モバイルバッテリーは、中学の時に借りパクされたから、今はあまり人が持ってないソーラーにしてたんだけど……、良かったよ」


「なんだか……二人の力を合わせれば、この世界でもなんとか死なずに済みそうな気がしてきたお」


「だね。やっぱり、一人より二人って……強いんだなぁ」


「いや、最強のぼっちが二人揃ったからこその強さだお。二倍の力が四倍に、更に職業(クラス)の力で二を掛けて、八倍の力を発揮だお!」


「……どこかで聞いたことある理論だね。まあ、それで良いや! 明日から頑張ろう!」


「おう! だお!」


 田渕と大家は、窓の外の星空を見ながら腕を突き上げた。




次話は 4/8 22時投稿です。

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