3話 王都追放
翌日も、田渕と大家は、似顔絵描きの仕事をしていた。
大家が似顔絵を描いている間、田渕はまるで推しアイドルを紹介するように、仕上がり途中の似顔絵と、モデルとなっているお客さんを褒めた。異常な熱気を面白がる客は退屈せず、似顔絵も特徴をよく捉えた異世界には無い漫画調の絵で、非常に喜ばれた。
ちなみにだが、異世界の絵とは、ほぼ犯罪者の似顔絵描きのみで、リアルで凄みのある劇画調のタッチの絵しか無かった。
昼を回った頃、突然、無法者達が現れた。
「おい田渕、何してんだよ?」
「きったねぇ恰好!」
「すっかり貧民に溶け込んでんじゃねーの」
田渕が振り返ると、同じクラスだった、鈴木元気、丸山太一、田中学、が立っていた。三人一様に、全身鎧を着こんでいる。更には、向こうの建物の陰から、こちらもクラスメートだった本多美香と、川上真菜が、にやにやとしながら覗き見ていた。
「俺達がこの国の為に辛い訓練してる時に、オタどもは絵を描いて遊んでるってぇ?」
鈴木がそう言うと、背の高い田中が、相槌のように舌打ちをする。
どうやら似顔絵描きの噂が貴族や王宮まで伝わり、クラスメートたちの耳にも届いたようだった。
悪い事をしている訳じゃ無い、そう田渕は言いたかったが、王宮を追い出された時のように、何も言えなかった。もちろん、大家も同じで、俯いていた。
バカッ
丸山が、大家の絵描き道具を蹴り上げた。そして、転がった筆を、鎧を含めて百キロを超える体重で踏みつぶす。怯える大家を見て、建物の陰で見ているクラスメート女子二人が、腕を振り上げて喜んでいた。
そばでその様子を見ていた肉串屋のイーノが腕まくりをしながら言う。
「なんだてめーら! どの部隊の兵士か知らねーけど、この子らの絵描きはお前らとは…」
バキャッ
鈴木が振り下ろした剣が、肉串屋の炭箱を真っ二つにした。そして、後ずさるイーノと、同じく文句を言おうと近づいてきた武器屋のスルギに、鈴木は言う。
「俺達は勇者だ。おっさんら、うるせーぞ」
「ゆ……勇者?」
事態が飲み込めないイーノに、スルギが耳打ちする。
「ほら、何日か前に噂になってた、異世界人の召喚が成功したとかあったろ?」
「あ……あれか! 本当だったのかあれ。上位職業持ちの集団とか……」
歯噛みしながら距離をとるイーノとスルギの前で、鈴木は口角を上げて嫌味ったらしく笑う。
「俺は騎士だ。そっちは重戦士、そいつは槍騎士、おまけに後ろの女子は、二属性魔術師だ」
「騎士団長級の職業が五人もかよ……」
イーノとスルギの膝はガクガクと震えた。他の屋台の店主も、恐ろしくて近づけない様子だった。
「おい、オタ一号、二号、おまえら目障りなんだよ! 街から出て行けよ!」
鈴木は、田渕を押すように軽く蹴った。だが、騎士の職業のせいなのか、田渕は石の上を五メートル程激しく転がって、最後に後頭部を石畳に打ち付けた。
「おいおい。殺すと、騎士団長に睨まれるぞ」
頭をぶつけた音に顔をしかめた田中がそう言うが、丸山が、体を揺らしながら斧を振りかぶり、振り下ろす。
バキッ
田渕から一メートルの距離の石畳に大きな亀裂が入った。多少離れてはいたが、大きな音と飛び散る破片に、田渕には頭のすぐそばに斧を振り下ろされたように恐怖を感じた。
「なんて奴らだ……」
肉串屋のイーノと武器屋のスルギは、顔をしかめている。
「今日中に出て行け。じゃなきゃ、明日はもっとボコるぞ」
鈴木が言うと、丸山は斧を背に担ぎながら、周囲の屋台を見て下卑た笑みを浮かべて付け足す。
「明日は、屋台を潰して遊ぼうぜ。一撃で、どれくらい壊せるかとかどうよ?」
「斧騎士のお前が有利じゃね?」
鈴木が肩をすくめて言うと、長身の田中が槍を構えて言う。
「俺の竜巻突きなら、でかい穴開けられるぞ」
三人がそうして言い合っていると、話を聞きつけた女子の本多と川上がやって来る。
「ちょっと、私達の火の魔法を試させてよ」
「そうそう。それじゃ行くよ」
そう言うと、川上は両手を上げて呪文を詠唱し、頭上にサッカーボール程の火の玉を出した。屋台の店主達は、慌てて屋台から逃げ出す。
「何してんのよ真菜、明日って言ってんじゃん。草生えるぅ」
「あっ! そうだった! ワラワラぁ!」
火の玉はポンと消え、女子二人はお腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
そこで、ようやく田渕は起き上がった。軽い脳震盪を起こしているのか、焦点が定まらないような目で歩き、鈴木の前に来ると頭を下げた。
「ま……街から出て行くので、屋台の人達には何もしないで欲しい……」
ドッ
「頭が高けーよ」
鈴木のつま先が、田渕のみぞおちにめり込んだ。田渕は眉間にしわを寄せながら腹を押さえる。その前かがみになった田渕の背に、丸山が太い腕を振り下ろす。
「人にお願いするときはこーだよ!」
ドカッ
田渕は、石畳に額を打ち付けて、土下座の姿勢になった。その頭が少しでも上がらないように、田中が槍の石突で、田渕の後頭部をぐりぐりと押さえつける。
「お願いです……。僕たちは街から出て行きますので……許してください……」
田渕が土下座でそう言うと、ようやく気が晴れたのか、鈴木達五人は、笑いながら去って行った。
「大丈夫かタブチ! あいつら無茶苦茶だな!」
イーノに抱き起された田渕は、まだ脳震盪が残っているのか、目が虚ろでぐったりしていた。おまけに、石畳に打ち付けたせいで、額から血が流れており、眼鏡にもひびが入っていた。
「おい! ポーション!」
スルギが言うと、道具屋のヤーラが、慌てて小瓶を持ってくる。
「ごめんね低級ポーションしかなくて……。化膿止めくらいしかならないけど……」
ヤーラが田渕の額にポーションをかけると、血は止まったが、傷口はあまり変化が無かった。
「許せねーなあいつら!」
「どこが勇者だよ!」
集まって来た屋台の店主達は、全員が憤っていた。その意見を聞いたイーノが、田渕や、大家に言う。
「気にするな。明日 奴らがまた来たら、俺が騎士団に訴えに行ってやる!」
だが、田渕は首を横に振った。
「彼らも……異世界に来たストレスで、病んじゃってるんです。ホントは、あそこまでひどい人達じゃ無いはずなんです……」
「だけどよっ! それじゃ、お前たちがあんまりにも可哀想じゃねーかよ!」
「大丈夫です。怪我を……させられたのは初めてですけど、ひどい事を言われるのは、中学校の時に慣れたので……」
「お前ら、本当に街を出るのかよ!」
イーノがそう言ったのは、すでに大家が、散らかった絵描き道具を集めて鞄に仕舞い始めていたからだった。
大家がボロ布の鞄に折れたペンを押し込んでいると、道具屋のアテムが来て、綺麗な木製の箱鞄を差し出した。
「これ使いな。新しいペンや紙も入れておいた。これくらいしか出来なくてごめんな」
俯くアテムに、大家は頭を下げて鞄を受け取った。
田渕は、深く頭を下げる。
「皆さん、何も分からなかった僕たちに親切にして頂いてありがとうございました。恩返しもろくに出来ずに……去ってしまう事をお許しください」
田渕は鼻を一度すすってから、続ける。
「もうお分かりだと思いますが、僕たちは、先ほどの彼らと同じく、召喚されてきた者です。でも、役立たずなので、捨てられちゃいましたが……。彼らは、時間が経てば、きっと良い勇者になるはずです。今回の事は、お忘れください。もうしばらく、彼らの成長を見守ってあげてください」
「お前らは、それで良いのかよ……。お人よし過ぎるぜ……」
イーノは、目を潤ませながら、田渕の両肩に手を置き、続けて言う。
「どうしてお前らみたいな良い奴が、損をしなけりゃならないんだ……」
すると、スルギも首を横に振って言う。
「理不尽だな。この世界は、ずっと理不尽だ……」
その言葉に、屋台の店主達は頷いた。皆が平民なので、貴族達の横暴に、いつも理不尽だと思わされ続けていた。
田渕は大家と並び、二人で頭を深く下げた。そして、城門へ向かおうとすると、ポーション屋のヤーラが、田渕にリュックを背負わした。
「ポーション入れといたから、使うんだよ」
すると、肉串屋のイーノも、沢山の肉串を包んで田渕に持たせてくれた。
「おばえら……げんぎでな……うわっ」
袖で涙を拭うイーノを突き飛ばして現れた武器屋のスルギは、持ってきた剣を、田渕の腰にくくりつけた。そして、大家には短剣を手渡す。
「質は悪いが、無いよりはマシなはずだ……」
すると、果物屋やアクセサリー屋、服屋など、様々な屋台や露天の店主が来て田渕のリュックに品物を押し込んでいった。
そして、田渕と大家は、皆に深く礼をすると、城門を出て行った。言葉を発しなかったのは、涙でとても声が出なかったからであった。
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