13話 漲る一撃
大家はテーザー銃から火炎放射器に持ち替えて言う。
「確かに霧になるのはやっかいだお。でも、実体化しないと攻撃出来ない。一見無敵に思えるけど、大した事ないお!」
自分を攻撃してくる瞬間に燃やしてやろうと、大家は霧の塊に常に火炎放射器の先を向ける。
霧は、十分な距離を取って人型に集まり始め、宙に浮かぶ吸血鬼王が出現した。その顔は、怒りに満ち満ちた表情となっている。
「み……見た事もない魔法だから、対応がしにくいだけだ! お前らなど、我の敵ではないわっ! この……人間どもがぁぁぁ!」
吸血鬼王は両手を上にあげた。その手の平の上に、夜空よりも濃い、闇が集まり出す。
「闇魔法…………」
吸血鬼王は呪文の詠唱を始めたようだった。
ロケットランチャーで撃ち落してみようかと大家が考えていた時、後ろから奇声が上がる。
「漲ってきたぁ!」
「みなぎってぇきたぁ!」
びくっとした後、大家が振り返ると、オタ芸がついに佳境を迎えたようだった。
「SF、桃色、ハニーハウスぅぅぅ、乙ぅぅぅ!」
「おつぅぅぅ!」
「黄色! 黄色! ハカセっ! ハカセっ! 川瀬っ! 愛奈っ!」
「あいなっ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ 愛奈ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「あ……あいなぁぁぁ!」
狂ったように頭とペンライトをがむしゃらに振る田渕に、ルムは少し追いつけなくなって来ていた。どうやら普段遊びでやっていた時と、狂気の次元が違うようだった。
吸血鬼王の方はと言うと、ついに詠唱を終えたようで、王の頭上に、直径十メートル程の漆黒の塊が出来ていた。王は口を開けて下品に笑った。
「最上級闇魔法 黒天だ」
「愛奈ぁぁぁ!」
「威力重視の魔法なので、残念ながらお前達…」
「愛奈ぁぁぁ!」
「お前達二人には躱されるかもしれんが…」
「愛奈ぁぁぁ!」
「か……躱されるかもしれんが、村人たちはどうかな? この村を…」
「愛奈ぁぁぁ!」
「この村をっ! 跡形も無く飲み込むぞ! うるさいぞ男!」
「愛奈ぁぁぁ!」
「くっ! 死ねぇ! 特にお前は本当に死ねぇ!」
ぷちんと切れた吸血鬼王は、黒天を放った。それはふわりとだが、着実に田渕達へ向かって落ちて来る。
「田渕君っ! 来るお!」
大家が見ると、田渕は満足気な恍惚とした表情をしていた。その田渕の手からペンライトがふっと消えると同時に、田渕の体から光が放たれる。大家は、横にいたルムを連れ出し、距離をとった。
「♪恋のぉぉぉ……」
田渕が両手を広げた。その田渕の眼前には、黒天が迫って来る。
「♪波動砲っ!」
カッ
田渕は、巨大で青白い光の玉を両手に一杯に抱えたようだった。その光の大きさは、二メートル、五メートル、十メートルと、瞬時に巨大化し、二十メートルになった時に、発射された。
ズッ ドゥゥゥン
「なっ……。こ……黒天ぐぁ……」
黒天は飲み込まれて消え、その向こうにいた吸血鬼王も、うめき声を残して光に包み込まれて消えた。そしてその巨大な光の柱は、暗い空を割って、雲の向こう、はるか宇宙まで突き抜けた。
この時の夜空に伸びる光の柱は、南に五十キロ離れたミシモの街で目撃されており、更には数百キロ離れた別の国の王都でも観測されていた事が、後に判明した。
SF桃色戦士ハニーハウス乙のライブの時と同様、全てを出し切った田渕は、満足気な顔で振り返り、大家達に言う。
「ふう。イッちゃった」
それを聞いた大家と、ルムの母親のマールの顔が凍り付く。
「なっ……、幼い女の子の前で、何を言い出すんだおっ!」
田渕は大家に、べちんと頭を叩かれた。田渕は訳が分からないと言った表情をする。
「えっ? どうして? ライブ終わりでは、皆が言う言葉なんだけ…」
「ドルオタっ! わきまえるおっ!」
「えぇぇぇ!」
がっくりとうな垂れる田渕とは逆に、地面に横たわっていたままだった素材屋店主のガワが、ようやくここで上体を起こした。
「る……ルム! 無事だったか! ぶ……ぶはっ!」
起き上がったガワは、鼻血を喉に詰まらせ、咳き込んだ。
「こっ……この血は……俺は……」
「……吸血鬼にやられたんだお」
大家が、ガワと目を合わさずに言った。
「そ……そうか! しかし、ルムが無事でよかった。……けど、俺は吸血鬼に、首の後ろを殴られただけだったような……? どうしてまるで顔面を殴られたかのように、こんなに大量に鼻血が……。気のせいか、鼻も曲がっているような……」
「お……おそろしい相手だったお……。結局名前は聞かなかったけど……」
大家は、腕組みをして空へ向かってうんうんと頷いている。その後ろで、田渕が苦笑いをしながら、ガワに「全治癒」をかけてあげた。
「はぁ……はぁ……あの人間め……」
暗い空を、小さな霧の塊が東へと進んでいた。それは、あの吸血鬼王だった。
闇夜に紛れて逃げられないように、田渕は極大の波動砲で消滅を狙ったのだが、夜空で見えにくかった事を生かし、吸血鬼王はぎりぎりの所で直撃を躱していた。だが、頭部以外の部分は失ってしまっていた。
「我は不老不死だ。傷が癒え次第、またあの村を襲ってやるぞ……。覚えておれ……」
霧の中に吸血鬼王の顔が浮かび、その口元が緩んだ。
シュゥゥゥ
「ん?」
小さな音だった。まるで、水滴が蒸発していく時の音のようだった。
吸血鬼王の目が開かれた。
僅かに残った黒い霧が、端から煙になって消えて行っていた。あっと言う間に、王の顔も煙になっていく。
「馬鹿なっ! 伝染するように……、闇魔法を打ち消してっ!? これはまさか……神が行使する無属性魔ほ…」
黒い霧も、声も、そこには何も無くなった。
次話は 4/10 22時投稿です。




