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ここはそういう場ではないでしょ!

作者: 朔夢

初投稿です。

短編にした結果、もやもやする部分があるかもしれません。あたたかい目でよろしくお願い致します。

 本日はパーティーです。バースデーパーティー。第一王女様の。

 主役の前に弟君の第一王子が現れて、のたまった。


「皆の者、聞いてほしい。僕フレッド・ソル・ランフェルグはこの度真実の愛で結ばれた。よってロザリア・ゴルドー公爵令嬢と婚約を破棄し、ここにいるマリー・ソルト男爵令嬢と婚約する事を宣言する!」


 アホか!




 ざわつく会場に王子サマは鷹揚に頷いてアホを言い出した理由を説明した。

「それだけではない! 元婚約者のロザリアはマリーに対しイジメを行っていた! 周りを巻き込んで身分の差を盾になんて浅ましい! そればかりか王族に嫁ぐ身でありながら私利私欲に溺れた行為! 見過ごすわけにはいかない! よく聞くがいい! 己がどれどけ極悪非道なのかを!」

 今の王子サマは私利私欲に走ってないのかというツッコミをしたい。心底したい。

 何言ってんだあんた、と。


 曰くロザリア嬢が行なったという悪事を意気揚々と挙げていった。出てくる出てくるテンプレな悪事の数々。本当のことだとしたらロザリア嬢は公爵令嬢にあるまじき随分な働き者である。

 言い切ったのか、ふぅ…と息を吐いて謎に寛大な態度を見せた。

「ロザリア、マリーに謝罪を。今ならまだ軽罪で許してやる」

「わたくしには謂れのない罪でございます、フレッド様」

 まぁ当然ロザリア嬢は否定するわけだけど。

「予想通りの返答だな! しかし言い逃れは許さない、何もなしに糾弾すると思っていたのか!」

 でっち上げの用意でもしたんですか。




 結果を言えば論破されました。そりゃそうだ。

 何故ならロザリア嬢、本国にいなかった。なので学園に通ってない。当然イジメなんてあるわけない。

 婚約者なのに何で王子サマ知らないの?

 男爵令嬢も訴えるけど、無理がありすぎて周りのみなさんもロザリア嬢に同情の眼差しを向けている。


「まとめましょう。わたくしは国の一存により隣国へ短期留学をしております。本日は第一王女様の生誕をお祝いさせていただく為に一時帰国いたしました。申し訳ございませんが留学後に編入された男爵令嬢との面識はございません。聞く限り彼女が受けた虐めは起こるべくして起きたという印象ですわね。ただ持ち物の破損などは貴族がするか謎ですわね。嫌味というものも突き詰めれば忠告ではなくて? 婚約者がいる異性と行動するなど注意しないのもおかしな話。放置をするということはそれこそ破棄を検討されていたのでしょうか…。そしてフレッド様がおっしゃった横領も、心当りがないと言うよりわたくしが金銭に関わることが可能なのは我が公爵家に関する事項のみ。それも父を通さねばならないのです。ですのでドレスや宝石の買い占めやばら撒きは不可能です。あと恐れながらフレッド様より頂いた物は何一つございませんので男爵令嬢に見せびらかすことも不可能です」

 は? プレゼントどころか便りも出さなかったの? 不本意でも義理でもいいから最低限何かしらしてると思いきや。え…その婚約者に充ててる予算どうしてるの? もしや男爵令嬢に貢いでるんじゃないでしょうね? 私利私欲がどうのとよく言えたもんだわ。

 私が飽きれているとロザリア嬢に思ったより反論されて王子サマはワナワナしてる。

「な…な…」

「全ては陛下の沙汰次第ではございますが、わたくし個人としましては婚約破棄は受け入れたいと思います」

「え…ぼ、僕のこと好きじゃないの…?」

 何言ってんだあんた。脳内だけど言葉が崩れた。しかも2回目。しかしロザリア嬢はできた淑女。ふわりと流した。

「わたくしの思いはともかく、破棄を望んでしまうほどにフレッド様と絆を深めることが出来なかったのです、信頼し信頼されて夫婦として、また国母としてフレッド様を支えていくには溝が深いのです」

「ろ、ロザリア…」

 すごくすっごく悲壮な表情で王子サマは名前を呼ぶけどロザリア嬢は見事にスルー。

「わたくしのことはどうかお気になさらず。また、心に愛する方との未来にお祝いと幸多からんことをお祈り申し上げます」

 さすが筆頭公爵令嬢。見事なカーテシーを見せ、眩い笑顔を向けた。

 あー、これ、もう終わらせよう。

 その思いも込めて拍手を送る。

「アデリーン、お前…」

 ギョッとしたような顔で呼ばれて私もカーテシーをして満面の笑みを向けた。

「真実の愛の成就おめでとうございます第一王子サマ」

 丁寧に、それでいて嫌味ったらしく言い放った。


「な、何だ兄に向かってその言い方は!」

 そう、私はアデリーン・ベル・ランフェルグ、第二王女です。阿呆な王子サマの妹です。

 何故王族である私が先に会場にいるかと言うと、ロザリア嬢の留学先の公爵令息が私の婚約者だから。更に言うとロザリア嬢と同じく留学していて今回の為に帰国中。彼のエスコートで先に入ってたんだけど…まさかこんな謎の計画立ててるなんて思いもよらず。あの兄が何故…と疑問に思う。

 王子サマが声を上げる前ならともかく婚約破棄を宣言した後だと変に止める気にはなれず。何ならこの場で叩き潰すしかないかなとも思って。

 お父様やお母様も、そしてお姉様すら出てこないのは、そういうことなのでしょう。まぁオルフィルトという優秀な弟がおりますので安心安全ですね。

「そう呼ばれるのは今夜が最後かと思いますわ。阿呆な兄を今まで相手にして下さっていたロザリア嬢には感謝と謝罪を。皆様にはこの場を乱したお詫びを。おめでたい場を台無しにした兄に幻滅と失望と説教を。そして何よりお姉様にお祝いと謝罪を」

 あら、謝罪が被ってしまったわ。うまいことかっこよく行きませんね。

「あ、阿呆…? な、何故僕が説教など…!」

「お黙りになって。語れば語るほど情けなくなります。全てにおいて阿呆としか言いようがありませんわ。まず何より確かにロザリア嬢との婚約は政略的なものです。なので不満を抱いていたのは第一王子サマだけではないのですよ。ご自分だけが被害者ぶって何て情けないことか。そこの男爵令嬢のことももし本当に目障りならばそれこそ権力でどうとでもできますでしょうに。…まぁ言いたいことは山ほどございますが、簡潔にまとめると一言ですわ」

「ひ、一言…?」

「ここはそういう場ではございません」

「は…?」

「この会場は第一王女…お姉様の生誕祭ですの。阿呆な第一王子サマの舞台劇会場ではございませんわ。とんだ茶番劇を見せられたこちらの身にもなって下さいませ」

「茶番劇だと!?」

「純愛劇とでも? そうでしたらとんでもない脚本家ですわね。純愛という意味をご存知ないのですわね」

 思わず鼻で笑ってしまうと勢いよく近付いて手を振り上げた。

「この…っ!」

 私は目を閉じず、微動だにしない。恐怖でではなく、我が婚約者が止めるとわかりきっているので。

「いくらフレッド様といえど彼女に暴力など許すつもりはございません」

 あら、義兄とすら呼ばないのねアル。


 我が婚約者である、アルフォルト・シュナイザーは公爵令息でありながらも戦闘能力は高い。護身術程度しか身に着けてない王子サマに遅れを取ることなどあり得ない。

「大々的に破棄や断罪などすべきではなかったですね。その権限はないし主役でもございません。よく考えずとも」

 続くはずだった声は悲鳴で掻き消えた。

「あいだだだだ!! 痛い痛い! いぃい痛いってば痛い力を抜けアルフォルト折れる!!」

「私は折れません」

「お前の話ではなく! 僕の腕が折れる!」

「私がそのようなミスをするとでも?」

 男性ってすぐに戯れて遊ぶわよね。

「まぁ私の話を聞いてくださいな第一王子サマ」

「それどころじゃ…って何故そんな呼び方なんだ!?」

 アルが力を抜いたのかそんな質問をする余裕ができたらしい。

「最後ですし兄と思いたくないので。嫌味です」

「な―――っ!?」

「こんなにやらかしてしまったのですもの、再起不能ですわ」

「何を言っている!」

 もう、何をお考えなのかしら。この茶番は何なのかしら。

「それは私達の言葉ですね。貴方は役者不足どころか舞台すら違う場所と演目で踊る道化です。傀儡を戴く国なら違うでしょうけど我が国はそのような者を王とは認めません。ついていきません。恐らく国王陛下からもお言葉があったはずです。なのにその体たらく、そして止める気配もない時点でわかります」

 お察し案件。肩を竦めたいけどそこは堪らえた。

「もういいでしょうお父様…いえ、国王陛下」

「そうだね。アデリーンにお任せしすぎてしまった、すまないね」

 本当ですわ、まったくもう。


「ち、父上…」

「うん、そりゃあいるよね、娘の生誕祭だからね」

「口調にお気を付けくださいませ陛下」

 あ、お母様にこっそり小突かれてる。威厳を出そうと思えば出せるし必要であれば無言の圧くらい平気でかけるけど、跡取り予定だった息子に飽きれたのか素が出てしまってるわお父様。

「恥を晒してしまったのでこの場で可能な沙汰を出しておこう」

 下手に隠して間を空けて変に好奇心を煽らないようにですね。

「フレッド、真実の愛と言ったな。しかし男爵では差がありすぎる令嬢とどう婚約を結ぶつもりだった?」

「こ、公爵家などに縁組みを…」

「確かに王家と繋がりができるからメリットはあるな。して、それを受けてくれる貴族は?」

「え…と」

「後日に回すつもりだった? それともまさか私が手配すると思ったのか? それは甘えにもほどがある。あぁ、それとゴルドー家は無理だ。そもそもこちらからの婚約の申し出をまたこちらから破棄しておいて縁組みを頼むなど無理に決まっている」

 ははは、と軽く笑い流すお父様に怒りは感じない。けどよくわからないのよね、我が父ながら。優しいけど厳しくもある父がこんな茶番にこの対応は不思議でしかない。

「しかしどの家に入っても私が認めない」

「そんな…何故ですか。マリーは優しく成績もいい皆に慕われている娘です」

「おや、虐められてるのではなかったのか? まぁいい。自分の身に起きたことを自力で解決できない者が王を支えられるとは思えない。それでもと言うなら愛妾か」

「そんな! 愛するマリーを日陰になどできません!」

「確かに。正妃に仕事を押し付けて自分達は楽しもうなど論外だ。なので婚約破棄を認めよう。既にできたお互いの溝は埋められない。ロザリア嬢に不幸の道を歩かせるつもりもないからな」

 お父様がチラリとロザリア嬢に視線を向けるとロザリア嬢は無言で承知の意を示した。表立って発言を許されてないからだけど、本当に素晴らしいわ。

 阿呆は彼女の何が不満なのかしら。自分より優秀だから?

 ちなみに、男爵令嬢は何かしら発言しようとしているけど、陛下が出てきた時点で口を押さえられている。それに対して視線も向けないお兄様。

「真実の愛とやらに報いろう、その男爵令嬢との婚約、そして結婚を認める。一代限りの伯爵か男爵家に婿入りかの選択肢は与えようか…」

「はい? どういうことですか?」

「ソルト家は一男二女ですわ」

「そっか、じゃあ…んん、そうか、では一代限りの伯爵で、継承権は剥奪とする」

 お母様の情報にうっかり返事して睨まれてるお父様だけど威厳とか取繕えてるのかしらね。

「王家が、陛下である私が結んだ契約を勝手に破棄し、一方の言葉だけでろくな調査もできずに冤罪を被せるお前は王座に向いていない。アデリーンの言うとおり信頼されない王など不要。傀儡として良いように踊るのみ。よって継承権を剥奪。男爵家を絶えさせるつもりもないからと思ったが跡取りがいるのなら婿入りはなしとする」

「お、オルフィルトが王位継承ですか!? まだ早いのでは!?」

 ちなみにお姉様は本日で19歳、王子サマが17歳、私が15歳、弟が13歳です。そしてロザリア嬢は16歳。

 オルフィルト・デル・ランフェルグ第二王子である弟はこの年齢にして宰相のお仕事や騎士団と共にしたりとウソみたいに何でもできちゃう子なのだ。大人顔負け。それでいてちゃんとやんちゃな子供らしいところもあるからちょっと恐ろしい子よね。可愛い弟なのだけど。

「年齢が? 判断が? どちらにしろ心配は不要だ。お前が何かあったときのために同じように教育はしている。そして私もまだ王座を退くつもりはない」

 もうネタ切れなのか反論する気配のない王子サマに溜め息を送り、お父様はもう一度結論を言い渡す。

「フレッドは王位不適合と見なし継承権剥奪、ロザリア嬢との婚約破棄、マリー・ソルト男爵令嬢と結婚し伯爵の地位を授ける。なお当然ながらロザリア嬢に汚点はない」

 きっぱりと言い放った国王陛下に、第一王子は頭を垂れた。

「―――承知致しました」

 この話は駆け巡るだろう。それはもう素早く。

 私達は会場を後にする。王族がいても貴族達は声を掛けにくいだろうし、掛けられたとしても答えようがない。

 ただ、兄はもう王族として会場に現れることはもうないのだと立ち去る背中を凝視した。






 ・――――――――――・――――――――――・――――――――――・





 さて場所変わって、ただいまお説教とお仕置き中です。

 マリアルナ・ルル・ランフェルグ第一王女のお姉様は、ふぅ…と溜め息を吐いた。

「本当に信じられませんわ、わたくしの誕生日に何てことをしてくれましたの。とんでもないプレゼントですこと」

「あ、あね…姉上…」

「情けない声を出さないで下さいまし。自業自得ですわ」

「姉上、足の感覚がありません!」

「大きな声を出せとは言っておりません。簡単に言うと血流が止まったからです。解決しましたね」

「してませんしてません! 疑問を振ったわけではなくいい加減ソファに座らせて下さい! せめて立たせて下さい!」

「反省の色が見えませんわね」

「何度も謝っているではないですか!」

「えぇ、ですから軽罪で済ませてるのですわ」

 あぁ、ロザリア嬢に向けた「謝罪すれば軽罪」発言。

「うぐうぅ…!」

「己の言葉に責任を」

「んあああぁぁあ…っ!!」

 ブーメランに呻いた声は悲鳴に変わる。オルフィルトがお兄様の足を突いたから。

「あらあらオルフィルトは優しいですわねぇ」

「え、そうでしょうか」

「わたくしなら手の全体で丹念に揉み込みます。まぁ足に触れることは致しませんが」

「ボクは基本的に騎士団にいますからね、気にしません」

「少しは気になさいませ。今はもう皇太子なのですから」

「マリアルナ姉上にお譲りしたいです」

 些かしょんぼりするオルフィルトにお姉様はおっとりと笑う。基本的に笑顔のお姉様はその笑顔の使い分けが素晴らしい。

「まぁ、わたくしが王に向いていると?」

「はい。仮に表に出られずとも王配や配下をうまく使いこなすと思います」

「うふふ、なってみたらもしかしたら成し遂げるかもしれないわね。でもわたくしは無理よ、わかっているのにそんなことを言うなんて意地悪な子ね」

 お姉様は能力はあるけど体力がないから…。

「身内ですから大目に見て下さい」

「仕方ない子ねぇ」

 ちなみにお姉様とオルフィルトの会話中でも絶え絶えの悲鳴は止まらない。嬉々として足を揉んでいる。何なのかしらあの2人の空間。

 それを視界に入れつつようやく声を掛ける。

「お聞きしてもよろしいですかお姉様」

「あらなぁに?」

「お兄様の愚行はわかっていたのに何故放置したのですか?」

「あらあらあら」

「あ、アデリーン…僕をまだ兄と思ってくれているのか!」

 パッと顔を輝かせるお兄様から視線をずらして返す。

「まぁあれはほぼ嫌味でしたから」

「ほぼ…」

「一割は血の繋がりを拒絶したかったです」

「あで…うひゃっあぅ!」

 あら情けない声。

「兄上、勝手に動いちゃダメですって。アデリーン姉上には恐怖のアルフォルト義兄上がいますからね」

 え…どういうことかしら。私の婚約者、魔王か何かなの?

「だからって今足に触ったらダメだろう!? そこまで陰湿な弟に育てた覚えはないぞ!」

「悪質な兄に育てられた覚えはございません。ですがそんな兄上でも義兄上に消されるのは忍びないので」

「本当にオルフィルトは優しいわねぇ」

 え、何この空間。私の質問はどこへ…。視線を巡らせるとお姉様はちゃんと答えてくれた。

「私とは違う意味になるけどフレッドも王には向いてないのよ」

「え…そんなはずは…ありましたけれど、どういうことですか?」

 お兄様はおバカさんだけど馬鹿ではない。あんな盲目的に動くような人ではないのに。何とも矛盾した人なのだ。

 今回のやらかしは見過ごすわけにはいかない。けど言葉にすると何か意味不明だけど、確かにお芝居ではない演技力を感じた。

 だから不自然。それに敢えてノッてしまったのだけれど。

「えぇ、アデリーンにもわかるとおり、あの宣言は嘘ではないわ。本気でロザリア嬢と婚約破棄したかった、そうよねフレッド」

「…はい姉上」

「アデリーンもオルフィルトも詳しくは知らないのよ、ちゃんと説明してあげなさいな」

「はい、しかしその前に姉上」

 お兄様は真剣な顔をして、言った。

「ソファに座ってもよろしいですか」

 ―――このやろう。そう思ったのは私だけではないはず。






 ソファに座ることを許されて足の痺れが取れたらしいお兄様がようやく本題に入った。

「僕は人の顔がわからないんだ」

「え?」

「あぁ違う、他人の顔だ。覚えられないというより認識できない。家族や側近のダイやウィルなどはわかるが正直クラスメイトはわからないままなんだ。今までダイとウィルのお陰で何とかしてはきたが」

「…ロザリア嬢は」

「認識はできる。婚約者として少なくない時間を共にしたからな。だが時間ではないんだ。何故ならハーラナ侯爵令嬢はまったくわからないままなんだ。ロザリアが認識できたからこそ婚約者になったと言ってもいい」

 侯爵令嬢はお兄様の婚約候補でしばらく一緒にいた方。なのにその言い方だと今も認識できてないということ…。

 確かに人を認識できないなら難しい。

「更に言うとマリーの顔もわからない」

 え。

「愛を謳っておいて」

「流石に最低です兄上」

 オルフィルトも苦言するがお兄様は顔を愉快そうに歪めて笑った。

「本当に真実の愛に見えたか?」

「ちっとも」

 オルフィルトの即答には負けたが私も否定する。

「まったく。どう見ても自作自演の権力目当てでしたわね」

 更に言うとロザリア嬢とお兄様の間にも確かに()()()()()見えなかった。

「彼女は少しやりすぎていたから利用させてもらった。他の貴族どころかダイやウィルにまで迫ってたからな」

「あの2人にまで…それは勇気ありますのね…」

 彼らは身内には甘いけど認めてない人には絶対零度対応なのに。いえもちろん側近として上辺の愛想笑いもできる優秀な人ではあるけど。

 そこでお姉様が補足した。

「家族ぐるみで色々なさっていて宰相も陛下もご存知ですから泳がせることにしたそうよ」

「穏便に済ませるつもりではいたが、マリーがロザリアに何か仕掛けるみたいだったから急いだ。まぁ公の場であんな醜態を晒せば剥奪は免れないからある意味ちょうどいいとも思って。僕は能力的にも足りないんだ、だからあんな手を使ってしまった」

「それも含めて処理するから男爵令嬢との結婚はあの場凌ぎの話でしかなくってよ」

「ロザリア嬢はご存知なのですか?」

「致命的欠点のことか? それなら知っている。というより告げる前に気付かれた。だが今回の茶番は知らない。留学していることもあるが、先程言ったとおりマリーが動く前にと思ったからな」

「ですがお兄様、勝手が過ぎます」

 お兄様は苦笑した。とても優しくて悲しそうで諦めたような苦い笑み。

「将来の伴侶だ、信頼も信用もしてる。だが僕は王にはなれない、ならない。こんな男に縛り付けるつもりはない。ただ、もう少し早くに解放してやりたかった」

「まどろっこしいですわ」

 短く言うと今度は本当に苦笑した。

「恋愛感情はない、お互いにな。ロザリアは将来の王妃として僕の隣にいるつもりだった。パートナーとしては最高だろう。ロザリアは僕を戦友と思い、僕にとってもロザリアは頑張りすぎる優秀な妹なんだ。もしロザリアに王位は継がないけど結婚はしてくれと言ったら反対はするけど結果的には着いてくる気がする。()()()()の婚約者だけど、()()()()の婚約者だから」

「ややこしいです」

「つまり破棄しない限り好きでもない男に尽くし続けると思うんだロザリアは。茶番は事前に知らないけど流石に気付いてノッて演じてくれた」

「だからお手紙も出さなかったんですか?」

「手紙のやり取りはしてたよ留学する前までは。ドレスやアクセサリーも。プレゼントはパーティーに出るときのみでそれ以外は孤児院やら権力の貸し出しやらの方をおねだりされてたからな。手紙も燃やすように言ってあるから確かに見せびらかすような物は(・・)ないんだよ」

 何か危険な言葉があったわね。でも思い返せばゴルドー家の問題にお兄様が手を貸した過去があったわね。それかしら権力の貸し出しって。もしかして婚約者の費用はそこに使用したのかしら?

 でも、でもね?

「手紙を燃やすようにとは?」

「王家とかではないが僕とロザリアとしての機密のやり取りを残しておくのは危険だろう」

 クラクラする。王子として公爵令嬢として何かしらのことはしていたのね。お似合いじゃないの。なのに恋愛感情がないから、ダメ(・・)なのね。

「ロザリアには申し訳ないと思ってる。何一つ悪くないのにな。だけど今後の僕の身の振り方を考えるとどうしてもロザリアとは離れるべきだと思った」

「何故そこまで…?」

 その問いには苦笑だけで答えてはくれなかった。お姉様も微笑むだけ。ただ、人差し指を口元に当てたから勝手に言うべきではない内容なのだろう。

「もしマリーと結婚となっても構わなかったんだ。もちろん恋愛感情なんて一切ないけどそれが陛下から与えられた命ならね。見方によっては真実の愛を貫いたようにも愚かな元王子が罰せられたようにも見えるだろう」

「確かに愚かですわお兄様」

 よくわからないまま兄は去っていく。お姉様も近々別の国に嫁ぐ。そういう私も隣国へ嫁ぐ身ではあるけれど。

 オルフィルト、私の弟、未来の国王陛下。彼だけがこの国に残る。

「姉上、大丈夫です。僕はこの国にいますからね。義兄上が怖くなったり、ありえませんが嫌になったり嫌われたりしたら気軽に帰ってきて下さい。その時は国を賭けて姉上をお守りします」

「そうだな、その時は僕も駆け付けよう。剥奪されたとはいえ無力ではないからな。…ないはずだ、あの義弟に負けないはずだ」

「えぇ可愛い大切なわたくしの妹ですもの、力の出し惜しみは致しませんわ」

「待って、私出戻りの可能性があるの? というか国を賭けて…?」

「まさか。そんな恐ろしいことが起こらないことを前提に話してますよ」

「そうね、あの子がアデリーンを離すとは思えませんわ」

「僕はあいつがいるとアデリーンの傍に近付けなくなるから少し困っている」

「ボクはまだ合格点らしいですが、そろそろマズイかもしれません…」

 心なしか青くなるオルフィルトにお兄様は何故か生暖かい笑みを浮かべて肩に手を乗せた。

「がんばれオルフィルト」

「ありがとうございます兄上」

 待って待って待って。本当に私の婚約者は何者なの?

「待て待て足を掴むなもう痺れてはいないがお前の握力で掴まれるとっぎゃっはあ!」

 …本当にすぐに戯れるわね。






 ロザリア嬢とお話する機会があった。恐らく私のために作っていただいたと言う方が正しい。場を作ってくれたのが姉や兄なのかロザリア嬢なのかはわからないけど。

 カップを口に運ぶ動作がキレイで見惚れてしまう。見惚れながらポツリと呟いてしまった。

「お兄様はやっぱり阿呆でしたわ」

「ふふっ…失礼しました。あのときは随分と毒をお吐きになられましたね」

「少し見ない間に頭でも打ってしまったのかと思いました。ロザリア嬢の何が不満であの令嬢の何が良かったのかと」

「アデリーン様も留学なさっておいででしたからフレッド様の状況はわからなくても仕方ないかと」

「私はともかくロザリア嬢を置き去りにしすぎでしたわ」

「ありがとうございますアデリーン様。確かに驚きはしましたが心のどころかでいつかは来ると思っておりました」

「あんな公の場での茶番を?」

 少しイジワルを言ってみてもロザリア嬢はまた笑った。

「ふふっ。…流石にそこは予想しきれませんでした。あのような手を選ぶとは思いもしませんでしたわ。ただ留学中にお手紙が来なくなってその時が来たのかとまでの予想は合っておりましたけど」

「あの阿呆な第一王子サマは王にならなくてもロザリア嬢が着いてくると思ってたみたいです、自惚れがすぎると思いません? 王妃になるべく結んだ婚約ですよ、いくら何でも図々しすぎます」

「あら…」

「でも私もお兄様が降下してもロザリア嬢はお兄様と縁を切らない限り共にいるのだと思いますので破棄は正解なのだと思います」

 ちらりと視線を向けるとロザリア嬢は微笑んで、もう一度口を湿らせた。

「フレッド様とわたくしの間にあるのは情ですわ、信頼と信用。もし成婚した場合ビジネスパートナーというのが正解かもしれません。恐らくそれはそれで悔いのない生活はできると思います」

「でもお兄様はそれを望まなかった」

「えぇ、お優しい方です」

 確かにお兄様は優しい。優しいけど、いまいち繋がらない。ロザリア嬢は柔らかい笑みを崩さない。感情を隠す笑みではなく、本当に穏やかな笑みのまま。

「わたくしはフレッド様が王でも降下しても平民になっても婚約者であるならついていくつもりでした。ですがそれは恋愛感情ではなく結ばれた縁、義務のようなものでした。わたくし達は戦友のようなもので、フレッド様から見てわたくしには利用価値があるかと思いますがその為に伴侶として振り回すのは良しとなさらない」

 聞く限りお兄様とロザリア嬢には強い絆がある。だから手放そうとするし、ついて行こうとした。

「元より政略結婚とはいえ、皇太子から外れたお兄様に何故そこまで…?」

「尊敬しておりますの。どうして恋をしなかったのかと思うほどに敬愛して忠誠を誓ったのです。そしてもう1つ」

 ロザリア嬢は、そっと静かに、大切な秘密を打ち明けてくれた。

「―――わたくし、好きな方がいますの」

「―――え」

 え? 今聞き間違えた?

「フレッド様の婚約者となってからその恋は諦めました。ですがフレッド様に気付かれまして」

「それは…」

 まずいのでは? そしてどう繋がるのかわからないわ。

「フレッド様、顔の認識ができると機微はすぐにわかってしまうみたいです」

「厄介な兄ですね。すみません」

「直接確認されたことはございません。ただ、かの方についてさり気なく話題にされるので…諦めたつもりだったと思い知らされました」

「だから、破棄したのですねお兄様は」

「最後まで決定的な会話はしませんでしたがフレッド様に振られてしまいましたわ」

「本当に阿呆兄がすみません殴っておきますね」

「あらあら、アデリーン様もお優しいですわね」

「私、ロザリア嬢と義姉妹になるのを楽しみにしておりました。まぁ私は他国へ嫁いでしまいますが、お義姉様とお呼びしたかったです」

「ありがとうございます、わたくしもアデリーン様にそのように呼ばれてみたかったですわ」

 お世辞でも嬉しい。お姉様とは別に憧れの人なので。

「あ…あの、差し支えなければ…その…」

 いやでもそこまで踏み込んでいいものか…。

 もじもじしてるとロザリア嬢は苦笑した。本当に妹までもすみません。

「フレッド様も国王陛下も応援して下さいましたの。なのでこの件が落ち着きましたらかの方に思いを告げようと思いますの」

「ろ、ロザリア嬢からですか?」

「えぇ。陛下から申し出されてしまうと命になってしまうのでそれでは意味がないとフレッド様が仰ってくださいまして」

「だからってロザリア嬢から言わせるなんて…」

「いいえ、これはわたくしの望みなのです。かの方がわたくしをどう思っているかわかりませんし。望まない縁を結ぶ気にはなれないのです。なので政略も何も関係なく、純粋にわたくしの思いを告げたいのです」

「絶対にうまくいくなんて言えませんが、応援いたします」

 意気込む私に、可愛らしく、それでいてやっぱり優雅に微笑んだ。

 そしてロザリア嬢の想い人の名前を聞いて私はマヌケな声を上げるのだけれど。




「王宮を出る僕にはダイがついてくるけど、ウィルは置いていく。いろいろ訳があるのさ」

 そう言っていた意味をこんなところで知ろうとは!


ありがとうございました。


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