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ホールネット家へ そのニ

「一体私に何の用?」


 何とかアイラさんに会うことが出来た。アイラさんの部屋には甘い香りが漂っていた。窓辺に添えられたあの花がこの香りの元なのだろうが、私は淑女ではない。その辺りに居る普通の学生だ。花の名前など全く分からない。天井に吊るされた天体図、桃色で統一された家具。机に積みあがった参考書の山と、落ち葉のように乱雑に敷かれた手紙の束。中にはアスタリアの紋章が刻印されたものまである。質の良さそうなベットの隅には、ピンク色の……


(……待って。あれトカゲ……? それにあれはピンクの……)


「ひいい……! カ、カカ、カエルうう⁉」


「ん……お、女の子なんだし、ぬいぐるみのひとつやふたつくらいいいじゃない……」


 可愛げのある冷酷。彼女の二つ名だ。誰かが言い出したのが定着し、その肩書で有名な魔術師になってしまった。確かに、彼女の小さな体、桃色のツインテール、可愛らしい声色をしているのに、そこから放たれる言葉と眼差しはとんでもなく冷たく、酷なものだ。そして完璧主義な性格。自分な嫌いなものはとことん自分の力で何とか排除する。彼女にピッタリではあるだろう。そんな彼女が頬を赤らめ、視線を下に落としている。あのアイラ・ホールネットもこんな仕草を見せるとは。

 しかし、今の私にそんなことはどうだってよい。


(それよりもなにあれ! ぬいぐるみとは思えないほどリアル。本物にしか見えない……多分オーダーメイドのぬいぐるみ……いや剥製? 剥製をピンクの塗料で染めた何か……?)


「ま、まあそそそ、その、それは置いておいて……」


 怖い。怖い。とても怖い。動かないよね? い。いやきききキット動かないだろう。そうに決まってる。ぬいぐるみなのだから。所持者本人がそう言ったのだか……ちょっと待って。今、今動いた。少し動いた。


「そんな気がする嫌絶対そうだ! 帰りたい目にいれたくない! いやいやいやいや!」


「何騒いでるのよ……」


「え?」


 どうやら口に出てしまっていたらしい。私も先程のアイラさんのように頬を熱くし、顔を両手で覆った。


「もしかして、あーゆーの嫌い? 悪かったわね。見るだけそんなになってしまうみたいだし、隠しといてあげるわ」


 アイラさんはそう言って、あの禍々しい生物のぬいぐるみに優しく毛布を覆いかぶせる。


「それで、話ってなに?」


 アイラさんは横目で私を見て、少しだけめんどくさそうに目を細める。その視線はやはり冷たい。先ほどまで赤面していた女の子はどこに行ったのだろう。錯覚を起こしてしまいそうだ。


「ロひりゅ……ロビー君が失踪してしまったの。丁度アイラさんが学校に来なくなってからの話だから分からないと思うけど……」


 アイラさんのいじめが原因の可能性もある。だから話をしに来た。そう私が言う前に、彼女の手が震え始める。


「ぁ……ああ……」


 先程まで細めていた目をこれでもかと開く。瞳孔がびくびくと震え、彼女はやがて、自身の体を折り曲げて小さくし始める。両手で頭を抑え、そのまま何かに恐怖したように、震え動かなくなる。


「ロビー君の失踪と、あなたの普段の……ごめんなさい。濁さず言わせて。普段の粗暴な行いが関係している可能性があるの。詳しくあなたがしたことを教えて。そしてできるなら、私に協力し――」


「私が何かできるわけがないでしょ!」


 アイラさんは急に私にとびかかり、私の肩を思い切り掴む。私は衝撃で倒れ込んでしまい、馬乗りのような状態になった。


「アイツの失踪? 違うわ! もうアイツは死んだ! ふふふ……殺されたよ、誰にだと思うねえだれだとおもう?」


 ロビー君が殺された。その言葉に、私は今まで感じたことのない怒りで頭が爆発しそうになった。アイラの腕を鷲掴みにし、逆に倒し返す。冗談でも流石に行き過ぎている。アイラの頭が床にぶつかる。きっと痛いだろう。だがそんなことはどうでもいい。


「そんなつまらない冗談を聞いてる暇はないのよアイラさ――」


「冗談なんかじゃないわ! 夢でも何でもないの! 起きても寝ても変わらない! 誰が殺したと思う? 私よ! 私があはは! 私が! あ、ああ、ぐ……私、が……」


 どうやら彼女はまともな状態じゃないらしい。怒り出したと思ったら狂ったように笑い、そして今度は涙を零す。


「特別に話してあげるわ……私、あの日不良に襲われそうになったの。でね、その時、本当に怖くて、叫んだわ。そしたら……アイツが、ロビルガが来たの。何とか助け出そうとしてくれたわ。少しして、私のバッグを漁ってたヤツが私の身分証を見つけたみたいで、私がホールネット家の……ひとり……娘だって分かった途端に、不良どもは私をアイツに投げ飛ばして逃げてったわ」


「その話に何の関係が……」


「でね、タイミングよく警備兵が来たの。アイツは投げ飛ばされた私を受け止めてくれたわ。助けられたのよ。でも、その時私は服を破かれて恥ずかしかったし、それに、私とは真逆の存在。なんの力もない、学んだことも生かせない。人に教えてもらっても成長しないアイツを……ロビルガに助けられたことに、無性にむかついたのよ」


 私の脳がこの先の出来事を完全に理解した。しかし、わかりました理解しましたと言って、この話を止めることはしなかった。きっと、彼女も辛い中で、何とか話しているのだ。彼女が今何か抱えていることは、彼女の自業自得だし、被害者は彼女だけではない。だが、今涙を流している彼女を責めることは出来ない。


「だから、一泡吹かせてやろうと思ったの。勢いに任せて言っちゃったわ。犯人はアイツだって。そしたら、そしたら……アイツは……あいつわぁ……」


 彼女は涙を流す。頬を伝い、髪に混ざり、どこかへ消えていく。目の周りを赤く染め、大切な何かを失ったかのように、声を上げて泣いていた。彼女の声はこの空間から漏れることは無い。最悪何が起こっても大丈夫なように、防音結界を張っておいた。即席のものなので期待は出来ないけれど、この程度なら防いでくれるだろう。


「うぐっ……私……が、手を出したら重罪になる貴族に該当するって、後で、気が付いた……その時、目の前が真っ白になった……」


 彼女はまだ何かを話そうとしていたが、私は彼女の口を塞ぐように、彼女の前に人差し指をかざす。何故だろう。私の手は震えていた。目に水が入ったのか、視界がぼやける。


「……もういい、あとはいい。本当に、もういい……」


 この国には、皇族、上級貴族、下級貴族、平民、罪人と、主にこの5つで人間のランク付けがされている。皇族は王家の血筋の者達。上級貴族は王家に代々仕える者や、人類滅亡の危機を回避する為に重要な人物や実績を納めた人物など。下級貴族は上下問わず、貴族の血が入った者。平民は私みたいな何でもない普通の人間。罪人はそのままだ、何かしらを犯した人間。


 この国では、貴族に手を出すなどした場合と、平民に手を出すなどした場合、罪の重さが変わる。平民の場合は罰金や懲役刑。貴族の場合、階級と、貴族に対して何をしたかで変わってくるが、最低でも無期懲役、死刑。最悪の場合、極刑に値する場合もあるのだそうだ。何故彼女の気が変になってしまっていたのか、理解できた気がする。


 どうやら、もう彼の実家を伺いに行く必要はないらしい。


 私たちは、涙を枯れるまで流すことしか出来なかった、助けに行こうにも大陸は広い。それに粒子のせいで私たちの体は長く持たない。無事会えたとしても、ロビーくんと共に死んでゆくだけだ。もう。彼は助けられない。


 彼は、もう死んだのだ。



 * * *



「ほら、そっち行ったわよ!」


「わかりました! せえい!」


 僕は思い切り木の枝を投げ、ウサギやクマなど、それを模して造られたであろう、魔族が生み出した魔物との戦闘と、この謎の魔力上昇のしっかりとした原因の解明。そしてその膨大な魔力ちからを有効活用する為に訓練をする日々に明け暮れていた。


「グゴガッ……ガ……」


 魔物はびくびくと体を震わせ、紫色の血液を流し、数秒後に動かなくなった。枝は折れることなく、しっかり僕が狙っていた頭部に刺さっていた。


「いいじゃない。手から放してしまうと弱まってしまう性質変化魔法の強度を維持しつつ、動く相手に正確に当てる。これを完璧にマスターすれば、魔力の分配する際の分散率と、魔力を維持する力が手に入るわ」


 僕は死ぬまでの間、今まで魔法を使えなかった分、魔法の訓練をしたり、実戦で魔法を使ったりと、とにかく魔法を使いっぱなしの日々を送っていた。死ぬまでの間、魔法を使って色々楽しもうと決めたのだ。訓練はとても楽しい。成長が毎日実感できるし、完璧にこなせたときの達成感も、ギリギリそこに届かなかった時の悔しさも、全てが新鮮で、今まで感じたことのない位楽しかった。


 今は性質変化という、物の高度、味、色など、様々な性質を変化させる魔法と、魔力を自分の思ったように操作する訓練を行っていた。まず木の枝を性質変化で硬度を上げ、身体強化魔法を使用、体全体に流れている魔力を全て腕に収束し、魔物の弱点めがけて思い切り投げる。

 性質変化は、自分が手に持っていないとその物にかけた魔法の維持が難しく、少しでも意識が散ってしまうとすぐに効果が無くなってしまう。そうならない様、魔力をしっかり、腕に収束していた魔力を高速で飛んで行く枝に送る。最初は魔力を送るのが間に合わなかったり、魔物に刺さらなかったりと、失敗ばかりだったけれど、数日かけてようやくコツを掴んできた。そして、先程の魔物で、現在13回連続で成功させることが出来ている。


「さて、今日はこんな感じね。今日はけっこー獲れたから、沢山食べれるわ!」


 アリガさんはいつものように、魔物を手慣れた手つきで解体し、それを自作だという袋に詰め込んだ。アリガさんが持っている物は、ほぼ全て手作りだそうだ。あの綺麗な本棚も自作らしい。強くて料理もできて家具まで作れるアリガさんの技術力に、僕は毎日感銘を受けていた。


「今日だけで数日分の食べ物は確保できたし、明日は森の木を伐採して、平地を作りましょうか!」


「いいですね! そこに家とか畑とか作って、生活感とか出したいなあ」


 今日もいつもと同じ帰り道。こうして二人で駄弁っていると、不思議と僕の心はどんどん癒えていった。最近では元の状態に戻りつつある。


「みんな、今頃何してるんだろ」


「またその話? でも気になるわよね。あっちでは何してるんだろって」


 アリガさんは暗い空を見上げて、微笑んでいた。うるんだ瞳には何も映っていないが、僕は、アリガさんの目には家族が映っている事だろうと思った。この人の家族はどんな人なのだろう。もしかしたらどこかで会っているかもしれないなんて考えると、不思議と面白く感じる。世界は広いのか狭いのか、わからない。


 ――なんだろう。


 不意にそう思った。アリガさんも僕と同じタイミングで何かに気が付いたらしい。魔力だ。とてつもなく強い魔力を、背後から感じた。


「こんなときに……」


 アリガさんの頬に汗が垂れた。アリガさんは今まで魔物との戦闘で、曇った表情も、汗も見せることは無かった。常に冷静に、僕と楽しそうにおしゃべりをしながらお茶を飲むような、そんな楽しそうな様子で戦闘していた。しかし、今回は違うようだ。僕は無意識に目を瞑っていた。今までこんな気配、感じたことがない。この何か、命の危険を感じるような気配は。どんどんと近づいてくる。それと共に、僕の体が震えてくる。


「ロビルガ! 身体強化! 脚に集中、私の方へ飛びなさい!」


 アリガさんの叫びが聞こえた。それと同時に――


 バキバキバキ……ドドドッ!


 大地に亀裂が走り、地面に大きな穴が開いた。

お読みいただきありがとうございます。


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修正印(対象のエピソードの修正後印は消します、もう少々目障りな印が出てきます。すみません)

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