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第三話:デートとはどんなものかしら?

「白鳥くん、奥にショコラできてるから入れるのお願い」

「はい!」

『パティスリー・ノーマ』でバイトを始めて早一ヶ月。密かに憧れていたケーキ屋さんでの仕事は、覚えることも多いけど楽しい。オーナーを含めたパティシエが二人、ホールはぼく以外に女子大生のバイトが二人のアットホームな職場だ。ガラスケースに並ぶケーキはどれも宝石みたいに綺麗で、それが生まれる工程はまるで魔法のよう……。

「そんなに見つめられると照れちゃうな」

「あっすみません」

 できあがったケーキを取りに来たはずが、ついつい作業に見入ってしまった。クリームを絞る器具でケーキの表面に美しい模様を描いているのは、オーナーパティシエの守谷さんだ。モデルみたいな高身長にニヒルな笑顔がまぶしい。この前なんかテレビの取材で「イケメンパティシエとして特集させてほしい」なんて依頼まで来てた(断ってたけど)。フランスで修行を積み、一流ホテルのレストランに勤めていたこともある名パティシエだ。

「もりやーん、さっき原田青果店さんと電話したんだけどね。今年は八朔のできがいまいちみたい。柑橘のメニューどうする?」

 守谷店長を「もりやん」と気軽に呼ぶのは、もう一人いるパティシエの聖川さんだ。二人は歳こそ離れているけど、ホテル時代からの同僚で旧知の仲らしい。そういえばぼくが最初にこの店に来て、バイト面接をお願いしたときに対応してくれたのも聖川さんだったな。

「うーん、下手に別の柑橘で代用してもいまいちだと思うんだよね、水分量が違ってきちゃうから。だったらいっそ、こないだ試作してた日向夏のコンフィチュール使って新しいの考えない?」

「了解。原田さんに日向夏どれくらい入荷できそうか聞いとくね」

 こうして作られる季節ごとの限定メニューも、この店の魅力の一つだ。春の苺を使ったケーキもおいしかったけど、初夏は柑橘かぁ……あー楽しみ!

 うきうきしながらケーキをケースに並べていると、入り口のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ……ってあれ、ジーン」

「どーも、公園ぶり」

「何でここに?バイトしてるって言ったっけ?」

 昔の大女優が映画で着てそうなベージュのトレンチコートを着たジーンは、大振りのサングラスを少しずらしてこちらを覗いた。

「おれには何でもお見通しなの。席いい?」

「もちろん!一名様、こちらどうぞー」

 ジーンはテーブルに着くと、メニューも開かずに「モンブランとコーヒー、ブラックで」と言った。

 守谷さんが作業している厨房に入って、コーヒーをセットする。

「白鳥くん、あちらお友達?」

「友達というかなんというか……家族ぐるみの知り合いというか」

「せっかく来てくれたんだし、ちょうど時間だから白鳥くんこのまま休憩入っていいよ。注文はおれが持ってくから」

「えっいいんですか。すみません、ありがとうございます」

 一応バイト着を脱いでから席に行くと、ジーンは気怠げにサングラスを外して、対面に座るように目線で促してきた。

「あんたねぇ、この一ヶ月なにやってたの」

 座るやいなや、呆れたような声が飛んでくる。

「へっ?なにって……新しいバイトに慣れるのにがんばってたけど」

「そうじゃなくて。あのお友達にアプローチの一つもしたのかって聞いてんの。わかってんの?タイムリミットまであと九ヶ月しかないんだよ?」

「あ、アプローチって……キノとはしょっちゅう会ってるよ?家でゲームしたり、激辛ラーメン食べに行ったり」

「だぁーかーらー!それじゃ今までと変わんないでしょ!せっかくルックスが変わったのに、いつまでたっても仲良しこよしのお友達のままじゃない。なにか恋愛ムードに持っていけるような策を考えなさいよ、策を!」

 真っ赤なマニキュアの塗られた両手をイタリア人のように動かしながら、もどかしそうにジーンが言った。

「恋愛モードに持ってくって……そんなんわかんないよ経験ないんだから!っていうかなんでジーンがそんな気にするわけ?そもそも呪いをかけたのはジーンじゃん……」

「お待たせしました、モンブランとブレンドです」

 ちょうどそこで守谷さんが来たので、思わず口をつぐむ。呪いだのなんだのの話を聞かれるとちょっとまずい。

「きゃー、おいしそーう。ごめんなさいね、お仕事中に」

「お気になさらず。白鳥くんのお友達?」

「友達というより、宿敵かしら」

「ははっ宿敵っておもしろいね。よかったらまた食べにきてくださいね」

「もちろん」

 守谷さんが行ってしまうと、ジーンはかつてうちのお父さんも惑わされたであろう美しい微笑みをすっかりしまい込んで、びっとフォークの先をぼくに突きつけた。

「とにかく。時間を無駄にしてないで、何か動きなさいよ」


 動くったって……モンブランを食べ終えて颯爽と去っていくジーンの後ろ姿を見送りながら、ぼくは呆然としていた。確かに、せっかく見た目が変わったのにキノとの関係性に何も変化がないのには薄々気づいていた。でも、相手はキノだ。中学の時からの大親友だ。知り合ったばかりの女の子なら「連絡先教えてよ」とか「今度一緒にどっか行こうよ」とか言えばそれとなーく気持ちが伝わるのかもしれないけど(いや、想像してみたらそういうことも自分にはとても言えそうにないな……)、すでに二人っきりでしょっちゅう過ごしている相手と、どうやったらあらためてそういう雰囲気になれるんだ?告白する?いやでも、いきなり伝えてもそれこそ「はぁ?」って言われるか、冗談だと思われて終わりそうだし……。

「白鳥くん、そんなに下向いたら首痛めるよ」

 ぽんっと聖川さんに肩を叩かれて、悶々としているうちに床を見つめていたことに気がついた。

「あ、すみません。ちょっと考え事しちゃってました」

「どうしたの、ひも理論にでも挑んでるみたいな深刻な顔しちゃって。悩み事?」

「なんというか……八方塞がりの状態からどうやったら脱却できるのかわからなくて……」

「なになに、もしかして恋の悩み!?」

 えっという声が聞こえたかと思うと、フロア側にいたバイトの佐藤さんと塩原さんも、ちょうどお客さんがいないのをいいことに寄ってくる。

「白鳥くん彼女いるの!?」

「そりゃいるでしょ。彼女どんな子?かわいい?写真ないの?」

 いきなりテンションの上がった女性陣の圧にちょっとびっくりする。今まで自分は縁遠かったからあんまりわかんなかったけど、みんな恋バナ好きなんだな。

「いや、彼女ではないんだけど」

「えっじゃあ好きな子とか?」

「そんなの白鳥くんから行ったら絶対OKじゃん」

 盛り上がる佐藤さんと塩原さんに、それを見てなぜかにやにや楽しそうに笑っている聖川さん。も、守谷さん、助けて……!

「いやその、相手は中学の頃からの友達で……だから全然、そういう風に意識されてないっていうか。告白しても冗談だと思われちゃいそうで」

 こうなったらせっかくだし、一人でぐるぐる考えるより女の人の意見を聞いたほうがいいかもしれないな、と思って話し始めると、佐藤さんと塩原さんは急に静かになってしまった。えっどうしたの?

「白鳥くんみたいな人でもそんなことあるんだ……」

「この顔面で切なめな片想いしてるとか、ギャップがエグい……推せる」

 はぁ……とため息をつく二人。えぇ、なんで?

「二人でどっか行ったりとかはもうしてるの?」

「うん、お互いの家にもしょっちゅう行ってる」

「あー幼馴染的なあれかー。それならいっそさ、いかにもデート!みたいなところに誘ってみるのは?そういうところは行ったことないんじゃない?」

「確かにないなぁー、ぼく全然そういうの詳しくないから……」

「えーじゃあおすすめ教えるよ!シチュエーションで押すのは絶対ありだよ!」

 ちょうどそこでお客さんが入ってきて、佐藤さんたちは「バイト終わったら会議ね!」と言い残してフロアに戻っていった。



 金曜日の夜九時。日中はだいぶ暖かくなってきたけど、夜になるとやっぱりまだまだ冷える。冷たい海風に吹かれて、私は思わずコートのボタンを一番上まで留め直した。

『仕事関係の人にチケットもらったらしいんだけど、うちの両親が行けなくなっちゃって』とチョウさんに誘われた、東京湾でのナイトクルーズ。船の上から見える夜景をバックに秀さんと花英さんが立ってたら、映画のワンシーンみたいだろうなぁ……なんて妄想しながら、バイト終わりのチョウさんを待つ。乗船を待っている他のお客さんもちらほらいるけど、見事にカップルしかいない。そりゃあそうだよね……クルーザーで夜景、ライトアップされた東京タワーにスカイツリーだもの。デート以外で来てるやつらなんて、私たちくらいのものだろう。

「お待たせキノ!ごめん、ぎりぎりになっちゃった」

 登場したチョウさんは、この前一緒に買いに行ったブルゾンに白いマンダリンカラーのシャツを合わせていた。おぉ、なんかちょっとTPOに合わせてる。イケメンに変身して、ついにおしゃれに目覚めたか?

「おつかれー。いい感じじゃん、その服」

「ほんと?こういうとこあんまり来たことないからさ、服いくつか持ってってバイト先の女の子たちに選んでもらったんだ」

「へー」

 もう職場の人たちとそんなに仲良くなってるのか、さすがチョウさん。

「あ、もう乗れるみたいだよ。はいチケット!」

「マダム・ダイアモンド」と書かれた白い船内にはゴージャスならせん階段やバーカウンターがあって、外の景色がよく見えるよう窓側に椅子が二つずつ並べられていた。さっそく何組かのカップルがいい席に陣取っている。

「お飲み物はご自由にお取りください」

 黒いスーツを着たスタッフさんにすすめられるまま、バーカウンター並べられたパステルカラーのグラスの中から薄紫のカクテルを取って一口飲んでみる。

「あっっっっま」

 甘い。ジュースみたいっていうか、砂糖を溶かしてるの?っていうくらい甘い。実は私は甘いお酒が苦手だ。居酒屋だったらホッピー一択、ドイツワインも飲めないくらい。無言でグラスを差し出すと、受け取ったチョウさんは「いやーなんか喉乾いてきちゃったなぁ!」と一気にそれを飲み干した。

「ぼく、船乗るのすごいひさしぶり。たぶん幼稚園のとき家族旅行で乗って以来かも」

「そんなにひさしぶり?まぁ確かにあんまり乗る機会ないかもね。私は去年、会社の慰労会で屋形船乗ったよ」

 船長のアナウンスと共に、ゆっくりと船が動き出す。窓から見えるビル群のライトに、隣のカップルの女の子が「きれーい」と小さな歓声をあげた。船内に流れる謎のヒーリング音楽。外の景色がよく見えるように少し落とされた照明。しだいにカップルたちは寄り添いあい……。

 き、気まずい……。

 右を見ても左を見ても、いちゃつくカップル、カップル、カップル。窓の外にはきらめく東京の摩天楼、だけどそんなの数分も見れば正直同じようなビルの連続で飽きてくる。カップルたちは周りに人がいるのもおかまいなし、斜め後ろにいる二人にふと目をやったら、まだ寒いのに薄手のワンピースを着ている彼女の腰回りをずーっと彼氏が撫で回していた。あとちょっとで公然わいせつ罪にならない?というレベルのいちゃつきぶりだ。はっきり言ってめちゃめちゃ気まずい。実家で親とテレビを見てたらベッドシーン出てきちゃったくらいのいたたまれなさ。そういえば高校の頃、クラスのみんなで『さくらん』を一緒に観に行ったときもこんな風に気まずくなった記憶が……チョウさんも目のやり場に困るのか、さっきからものすごい真顔で窓の外を見ている。

「ちょ、チョウさん。デッキのほう出てみない?」

「ん?うん、そうだね……」

 船室を出てデッキにつながる階段を登ろうとしたら、思いっきり抱き合ってベロチューしているカップルがいた。ひゃー!すごい。この後はきっと、あの夜景のどこかのホテルにお泊まりするんだろうな。

 船内はずいぶん暖房が効いていたし、異様な雰囲気も手伝ってなんだか暑かったから、外の冷たいくらいの空気が気持ちよく感じた。東京タワーも見えて、やっとなんだかいい感じ。ここでも周りは肩を組み合うカップルだらけだけど。

「あ、ほらチョウさん!スカイツリー見えるよ!あーでもやっぱ私は東京タワーのが好きだなぁ、なんか風情があって」

「……」

 チョウさん、さっきからやけに無口だけどどうしたんだろう。あっもしかして恋愛経験あんまりないし、目の前でチュー見て恥ずかしくなっちゃったのか!?

「あのさ、キノ……」

「うん?さっきのは確かにすごかった、ぜったい舌入ってたよね」

「なんで幼稚園のときから船に乗ってなかったのか思い出した……」

「へ?」

「ぼく、ものすんごく船酔いするんだった……き、きもちわるい……」

「え!?えっうそ吐くの?」

「さっきの紫のお酒ぜんぶ逆流してきた……」

「えええー!?す、すみませーん!エチケット袋ありますか!?」



「白鳥くん。なんかめちゃくちゃ顔色わるいけど大丈夫?体調良くないんじゃない?」

「大丈夫です……ちょっと、精神的なあれなんで……」

 さいっっっあくだ。二十五年の人生の中でも稀に見る大失敗だ。これは絶対に何年経っても夢に見る気がする。

 あのあと、エチケット袋を待っている余裕もなかったぼくは大急ぎで船の端から身を乗り出して、きれいな夜景の反射する東京湾に思いっきりリバースした。近くにいたカップルの小さな悲鳴、デッキ中から集まるドン引きの視線……ものすごーく申し訳ない気持ちのまま、港に着くまでの五十分間ずーっとえずき続けるぼくに付いててくれてたキノは、景色を見るどころじゃなかったはずだ。あぁ、ロマンチックな夜を過ごすつもりだった恋人同士の皆さん、思い出にゲロ男が加わってしまって本当にごめんなさい……。

「もしかして、昨日のデートうまくいかなかった?」

 あまりにも落ちているぼくの様子に、聖川さんも察してくれたらしい。

「うまくいかないの最上級があるとしたらこれだ、っていうくらいうまくいきませんでした」

「そうなの?あはははは」

「笑わないでくださいよ……」

「まぁ、でもそんなもんじゃない?世の中でこれがロマンチックだ!って言われてるものって、実際やってみたらいまいちスムーズにいかなくて、案外がっかりするものだって。私の友達も、イルミネーション見に行ったらあまりに寒くて、怒って彼女が帰っちゃったことあるって言ってたよ」

「えぇ……でもそしたら世のカップルはどうやっていい雰囲気になってるんですかね?」

「そんなの人それぞれでしょー!他の人にとっては「なんでこれが?」っていうようなものが、ある二人にとっては最高にときめく恋の思い出ってこともあるからね」

「そんなもんですかね。聖川さんにもそういう思い出、なにかあるんですか?」

 食洗機から出したばかりでホカホカのお皿を拭いていた聖川さんは、なにかを懐かしむように遠くを見ると、

「牛久大仏かな……」

 と嬉しそうに言った。

「だ、大仏ですか?」

「うん。というか、大仏のおかげで結婚したとも言える」

「えぇ、どういうことですか?」

「ふふふ。私の夫ね、けっこう年下なんだ。白鳥くんの二つ下かな?」

「えっそれは若い!旦那さんまだ二十三歳ってことですか!?えー!出会いは?」



 知り合った時あっちはまだ大学生で、前に働いてたホテルのバイトだったんだけどね。かなり最初のほうに告白されたの、一目惚れしましたって。でもさすがに十個も下の子とは付き合えないなーと思って、その時は普通に断ったんだよね。それからすぐにホテルを辞めてこの店で働きはじめたから、連絡もずっと取ってなくて。

 で、店をはじめて最初の年は箔もつけようって、もりやんとパティシエの大会に参加することにしたんだけど、発注先のミスで使うはずだったブルーベリーが届かなくなっちゃって。コンテストはもう明日ってときで困ってたら、知り合いのつてで茨城のブルーベリー農家さんが、届けにはいけないけど取りに来れるなら用意できるって言ってくれたの。それで私が取りに行くことにしたんだけど、車持ってないから電車で行こうと思って駅に向かってたら、真っ赤な車に乗った彼が通りかかって……。


「なにそれかっこいい……!」

「昔の少女漫画のヒーローみたいな登場でしょ」


 窓開けて「どこ行くんですか」って言うから事情を話したら、「ブルーベリーの箱持って電車乗るの大変だし、一緒に行きます」って言ってくれてね。ブルーベリーって香りも結構強いから電車乗るの迷惑になっちゃうかなーとも思ってたから、お言葉に甘えることにしたの。

 無事にブルーベリーを受け取って帰りの道を車で走ってたら、遠くのほうに黒い塔みたいなシルエットが見えて……あっちが「侵略に来た宇宙船ですかね」なんて言い出して。


「おっそれあれですね。『メッセージ』」

「そうそう!ちょうど逆光になっててね、ほんとにあの映画の宇宙船みたいに見えたの」


 じゃあ近くに行って何なのか確かめようって、その巨大な物体のほうに車を走らせてもらったのね。そしたらだんだん光の位置が変わって、めちゃめちゃ大きい仏像がオレンジ色の夕日の中に浮かび上がって……。

 ちょうど後光が差してるみたいに見えて、すごい迫力だったの。太陽を従えたお釈迦様が、なにもかもお見通し、みたいな穏やかな顔で堂々と立ってて。別に私、仏教徒ってわけでもないんだけど……なんかもう、自分がすごい小さく感じて、孫悟空気分っていうか。

 ものすごくいい景色だったから、車を止められるところで一回外に出て、しばらく二人で並んでそれを眺めてたの。そしたら、ふっと思ったんだよね。「あ、私この子と結婚するな」って。


「えええー!?急に?」

「ふふふ。私にとっては、二人で大仏を眺めてるその時間が最高にロマンチックに思えたわけよ。こうやって過ごせる相手となら、ずっと一緒にいれるなーって。今となっては結婚できてほんとによかったと思ってるから、あの時の大仏様に感謝」

「な、なるほど……イルミネーションより大仏で盛り上がる恋もあるってことですね」

「そ。まーだからさ、白鳥くんには白鳥くんらしい「いい雰囲気」がきっと見つかるはずだから、一回失敗したくらいで落ち込まないで!」

 そう言ってバシバシとぼくの背中を叩くと、聖川さんはお店であまった焼き菓子を袋に詰めてくれた。

 そっか……なんか、恋愛的な雰囲気に持っていかなきゃ!って焦りすぎて、ちょっと背伸びしすぎちゃったのかもしれないな。そもそも、よく考えたらキノってそういういかにも!っていうデートプランとか好きなタイプでもないし。昔、焼肉食べ放題行ったあとに彼氏にバースデーケーキのサプライズされてうってなったみたいなエピソードもあったしな……。キノのことたぶん一番知ってるのはぼくのはずなのに、見当違いなことしちゃってたかもしれない。いい雰囲気がなんとかっていう前に、キノが喜ぶことをしてあげたいなって気持ちが最初に来ないと意味ないんだ。ブルーベリー一緒に運んでくれた、聖川さんの旦那さんみたいに。

「よーし!」

 小さくガッツポーズをして気合いを入れてから、ぼくはキノにLINEをした。



 あぁ、なつかしき学舎。たった三年前まで通ってたのに、なんだかもうけっこう昔のことみたい。チョウさんと通った学校の裏にある桜並木は、もう落ちてしまったピンク色の花びらが絨毯のようになっていた。今年は例年より少し開花も早かったから、枝の上のほうはすでに葉桜になっている。でも私は、満開よりもちょっと遅いこのタイミングで見る桜が一番好きだったりする。

「大学のときも、お酒買ってここでお花見したことあったよね」

「なつみが振られたってやけ酒してたときね。あんま飲めないのにストロングなんとかみたいなのガブガブ飲んで、最後タクシーに乗せるの大変だったよなー。あっそういえばなつみ、結婚するって!」

「えっそうなの?あの軽音の先輩と?」

「そうそう!すごいよね、大学からずーっと付き合って結婚だもん。式は家族だけで海外ウェディングにするけど、二次会っぽいパーティーはするからチョウさんも来てだって。あ、でも……」

「うーん、これで行ったらびっくりされちゃうよな。どうしよう、全身整形したとかって言ったら信じてもらえるかな?」

「いやー、さすがに無理があるんじゃない?」

 ここの卒業生であるミュージシャンが歌にしたことで密かに有名になったこの桜並木は、宴会をするようなスペースもないので意外と穴場のお花見スポットだ。私たちは道沿いの花壇に腰掛けて、コンビニで買ってきたビールを飲みながら夜桜を眺めた。

「あ、そうだこれ、今日バイト先でもらった焼き菓子食べよ。チーズサブレみたいなのもあるよ。あとこれは、昨日のお詫びに……本当に、多大なるご迷惑をおかけしまして……」

「あはは、全然いいよ!なんかもう一周まわっておもしろかったし」

「でも、せっかくの景色とか何にも見らんなかったでしょ」

「いいのいいの。せっかくチケットもらったから乗ったけど、私あんまり夜景とかイルミネーションとか興味ないし」

 手渡された紙袋を開けると、中には赤っぽい液体の入った綺麗な瓶が三本入っていた。

「ざくろジュース?」

「そう。前にもらいもので飲んだことあるんだけど、すごいおいしかったんだよね。さっき買ってきたばっかりだから、まだ冷えてるよ」

「えーおいしそーう!今飲んじゃお」

 キャップを開けて一口飲むと、ざくろの甘酸っぱい香りがふわーっと鼻まで抜けていった。甘すぎなくて、すごく好みの味。チョウさんって本当に、こういうちょっとしたプレゼントみたいなのがうまいよなぁ。おしゃれな女の子みたい。

「いつなんだろ」

「ん?なにが?」

「なっちゃんの結婚パーティー」

「あぁ、年末年始の休みで結婚式しに行くから、年明けって言ってたよ」

「来年かぁ……」

 チョウさんはなぜか遠くのほうを見ると、ちょっと思い悩んでいるような顔をした。見た目が変わっちゃったせいで友達にもすんなり会えなくて、やっぱり寂しいよね。

 どうやって励まそうかと考えてたら、少し強い風が吹いて、また大量の桜の花びらが木から振り落とされた。風にあおられてひらひらと揺れる桜吹雪が、チョウさんの切なげな横顔を包み込んで……。


 ん?


 あれ?んんんん?


 なんだろ、なんか今ちょっと……。


 その瞬間、こちらを向いたチョウさんと目が合った。伸びかけてきた前髪が、形の綺麗な目に少しだけかかっている。


「キノ」

「んっ?な、なに?」

「どう?そのジュース、おいしくない?」

「あ、あぁうん。めっちゃおいしい。チョウさんも一口飲む?」

「やったー、ちょうだい」


 飲み物の回し飲みなんて、いつも全然、普通にしていることなのに。

 一瞬、チョウさんを見て自分の心臓が跳ねたことに気がついてしまった私は、チョウさんが瓶に口を付けるあいだ、羽の生えた動物が体の中を飛び回っているような気分になった。

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