第二話:白鳥にも衣装
あの衝撃の誕生日から四日。最初のうちは朝起きて鏡を見るたびに心臓が止まりそうなほど驚いてたけど、やっと今朝は「あっそうだった」とすぐに飲み込むことができた。慣れたかって言われるとまだ全然だけど。よく晴れた今日は二月なのに春のように暖かくて、ぼくは家から歩いて三十分ほどのところにある大きな公園のベンチでぼーっとしている。目に入るのは砂場で遊ぶ子供たちにそのお母さんがた、ホームレスのおじさん。あぁ、平日の昼間っからこんなところでだらだらしてるなんて、まさしくニートだ。でもこの姿で焼肉屋のバイトに行くわけにもいかないし。店長はオカルトとか全然信じない人だから、それこそきっと通報されてしまう。とりあえずしばらくバイト休ませてくださいとは言ってあるけど……あれ、ていうかそもそも、
「ジーンの言ってた期限っていつまでなんだ……?」
「季節の祝祭と満月が重なる日。って毎年言ってたでしょ、ちょっとは人の話を聞きなさいよ」
「うわっびっくりした」
いつの間にやら、ベンチのすぐ隣にジーンが座っていた。今日は真っ青なタートルネックのセーターにじゃらじゃらといっぱいネックレスを着けている。
「心臓に悪いから、出てくるときはなんか音を立てるとかしてよ……ドロン!とか」
「そんなダサい演出するわけないでしょ。あんたこそ一人でブツブツしゃべって、完全に危ない人になってるよ」
ジーンはそう言いながら、優雅に脚を組み替えた。
「えっ独りごと言ってた?気をつけよう……で、なんだっけ。季節の祝祭?……ってなに?バレンタインとかクリスマスみたいなやつ?」
「デパート商戦じゃないんだから。日本で言ったら春分とか夏至とか、そういうのよ」
「あ、なるほど。で、それと満月が重なる日か。カレンダー見たらわかるかな」
ポケットを探っていると、それよりも早くジーンがキラキラのケースが付いたスマホを取り出して見せてくれた。
「次に季節の祝祭と満月が一番近づくのは、十二月のユール。日本で言うところの冬至ね。満月が十九日でユールが二十一日。満月とか新月のパワーって二日くらいは残るの。だから二十日の深夜、日付が変わるまでがタイムリミット。それまでに真実のキスをしてもらえなかったら、呪いのパワーがあんたの体にぜーんぶ、戻ってくるってこと」
「ほーなるほどー……ジーンずいぶん親切だね。すごい細かく教えてくれるじゃん」
ジーンは綺麗にアイラインが引かれた目で、ちらりとこちらを見た。
「ルールを明確にするのは魔術師としての礼儀なの。騎士の決闘とか武士の合戦とおんなじ」
「魔術師……そうだ、それも聞きたかったんだ。結局ジーンってさ」
お父さんの話であらためて疑問に思ったことを聞こうとすると、ジーンはぼくの目の前に大きな指輪の付いた人差し指を突きつけた。
「どろん」
急に目がシバシバして瞬きをすると、ジーンはいなくなっていた。この手の質問がタブーってのは本当みたいだ。
それにしても、十二月……ちょうど十ヶ月くらい先か。それまでに一体どうやったら、キノに恋愛対象として好きになってもらえるんだろう。っていうか、見た目が戻る戻らないはともかくとして、それまでニートでいるわけにもいかないよな。どこか新しいバイト先探さないとかな……うーん。
悶々と考えながら公園を後にしてぶらぶら歩いていると、可愛らしい外装のお店が目に飛び込んできた。オレンジ色の看板には『パティスリー・ノーマ』と書いてある。も、もしかしてここは!Hanako十二月号のスイーツ特集で紹介されていたケーキ屋さんじゃないか?シブーストが絶品だっていう……。実を言うとぼくは甘いものに目がない。お店にはカフェスペースも併設されているみたいで、テラス席もあってなかなか広そうだ。どうしよう、せっかくだし食べていこうかな……でも、こんな男一人で入ったら変に見えないか?あぁ、いつもだったらキノに一緒に行ってもらうのに。まぁ今日は平日だし、そんなにお客さんいないかも……。うん、最近はなんだか色々あったし、自分へのご褒美だ!
意を決して店のドアを開ける。ショーケースに並んだケーキはどれもキラキラと美しくて、見るからにおいしそうだった。
「いらっしゃいませ。カフェのご利用ですか?」
つぶらな瞳のきれいな店員さんが笑顔で対応してくれる。小さな声で「はい……」と言うと、窓際の席に案内してくれた。店内には他に、若い女性の二人客がいるだけだった。
さて、どれを注文しようかな。とりあえず話題のシブーストは頼むとして、季節限定のもぜひ食べてみたい。いやでも、ぼくみたいなのが二個も頼んだら「だから太ってんだよ」とか思われないか?いやいやでも、今日このタイミングで偶然このお店を見つけたのも何かの縁だし……ええい、乗りかかった船だ!
「ご注文お決まりですか?」
「あ、はい!えーとシブーストと、このガトー・フロマージュ・フレーズを……あと、アッサムティーをストレートでお願いします」
「かしこまりました」
ほどなくして運ばれてきたケーキはどちらも、後光が差してるんじゃないかというくらいに輝いて見えた。一口食べてみると、控えめな甘さの奥に素材のおいしさが溢れている。香料や砂糖に頼らないシンプルな味わいなのに、驚くほど洗練されていた。あぁ、おいしい!ていねいに淹れられた紅茶との相性も抜群。幸せだなぁ……一口ひとくちを堪能しながら食べていると、ぼくの後ろに座っていた二人組のほうからくすくすと微かな笑い声が聞こえてきた。
「ねー、見てあの人」
やっぱりぼくみたいなぽっちゃりが一人でケーキなんて、やばいよな……。
「一人で二個食べてる。甘いもの好きなのかな?なんかかわいー」
「え、ていうかめっちゃかっこよくない?ジャニ系じゃん」
えっ?思わずそちらを振り返ると、彼女たちはちょっと驚いて、でもすぐになんだか照れたように会釈をしてきた。
えええええっっっっっ?
かわいい?かっこいい?ぼくが!?
そこでようやく、もう自分は体重八十キロでも芸人のそっくりさんでもないことを思い出した。そ、そっか……今のぼくだったらケーキ食べてても「なんかかわいい」って思ってもらえるんだ。ちょっと複雑な気もするけど、単純にうれしい。「おもしろい」とか「いいやつ」って言われたことはあっても、「かっこいい」なんて言われるのは生まれてはじめてだ。ぼくはなんだかくすぐったいような気持ちで、黙々とケーキを味わった。
はーおいしかった。レアチーズのケーキもおいしかったし、今度はキノと来よう。キノは甘いものそんなに食べないけど、チーズケーキだけは好物だ。レジのところに行くと、壁に「アルバイト募集」の張り紙がしてあるのに気がついた。な、なんとこのタイミングで!えっどうしよう。これも何かの啓示?えーでもケーキ屋さんって、いやずっと働いてみたいなぁとは思ってたけど、でもさすがに……。
「あ、あのー」
レジを打ってくれていたさっきの店員さんに、恐るおそる声をかける。
「はい、なんでしょう?」
「このバイト募集って、男でも大丈夫ですか……?」
店員さんはすぐににっこりと笑って、
「はい、もちろん!」と応えてくれた。
面接の日時を決めたぼくはなんだかまだドキドキしつつ、でもすごく軽い足取りで店を出た。あぁ、なんか色々がうまく行きそう!今日はこれからどうしようかな。そういえば今朝も無理やりベルトで留めたズボンが、ずっとずり落ちそうになってて歩きにくい。こうなったら思い切って服とか買いに行っちゃうかな!サイズがないとか似合わないとかで諦めてたような服だって、今なら着れるかもだし。ぼくは繁華街に出るために、意気揚々と駅を目指した。
さて、とりあえず渋谷に来てみたはいいけど、一体どこの店に行ったらいいんだろう?今まではほぼユニクロと無印でしか買ったことないもんな……ひとまず駅前にあるメンズ専門のファッションビルに入ってみる。はじめて来たけど、BGMがめちゃくちゃでかい。
「っらしゃいせー。何かお探しっすかー?」
適当な店に入ると、銀髪にピアスを着けた革ジャン姿のお兄さんが近づいてきた。カラコン入りの目で見つめられると一気に緊張してしまう。
「あ、えっと……できれば一式?ほしいんですけど……でもぼく、こういうの全然わかんなくて」
「まじっすか!え、思い切ってイメチェン的なあれすか?つかお兄さんまじイケメンっすねー!服変えたらめっちゃいい感じなる気配ビンビンっす」
意外にもフレンドリーでいい人そうな店員さんにちょっと安心する。
「こうやって見てても、どれ選んでいいかさっぱりで」
「あ、じゃあーおれがお兄さんをトータルコーディネート?しちゃうとかどうすかね?まじお兄さんに似合いそうなアイテム色々あるんで!」
なるほど、どうせならプロにお願いしたほうが確実かもしれない。
「お願いします!」
「おっけーおっけぇー!お兄さん結構タッパあるんでー」
服を選ぶ店員さんの後ろをひよこのように付いていってると、キノからLINEが入った。
『調子どう?ちょっとは慣れた?
今日定時で上がれそうだから、なんもなかったらごはんいこー』
ナイスタイミング!せっかくだから買った服に着替えていって、キノに見てもらおう。ぼくはなんだかわくわくしながら返信を打った。
仕事を終えた夜七時。私は新宿駅の東南口前でチョウさんを待っていた。水曜日の夜の街はなかなか賑わっていて、ただでさえまだ慣れない「新しい」チョウさんを見つけるのはむずかしそうだ。
『ワッフル屋さんの前らへんにいるよー』
LINEをして待っていると、ほどなくして後ろから肩を叩かれた。
「キノ!いたいたー」
振り返るとそこにいたチョウさんは……チョウさんは……。
……どうしちゃったんだ!?
真っ白なパンツにごついバックルが付いたベルト。先のとがり切った革靴。微妙に光沢のある素材のジャケットの袖はなぜか肘下までまくられている。その下に見える黒いTシャツにはドクロのプリント、そしてシルバーのネックレス。あげくの果てには、黒縁に青いレンズのサングラスまでかけていた。
「どうしたのその服……」
「いやほら、体型も変わって今までの服が合わなくなっちゃったからさ。今日買い物行ったんだ。どう?」
どうって……。
「へ、変……」
「えー!!!???まじで?えー、コージさんに選んでもらったんだけどなぁ」
「誰だよコージ」
「服屋の店員さん。なんか意気投合しちゃって、LINE交換したんだ。今度ごはん行きましょうって」
「またそうやってどこでも友達つくってくる……いや、服自体が悪いわけじゃないと思うよ?でも正直、圧倒的に似合ってない。チョウさんのキャラじゃないっていうか」
「そっかー……プロに選んでもらえば大丈夫かと思ったんだけどな。でもぼくも正直こういうの毎日着るのどうかなとは思ってた。さっきからこの靴めっちゃ靴擦れしてるし。あと夜にサングラスかけるとよく見えない」
そう言って眉間にしわを寄せながらサングラスを外すチョウさんに、私は思わずため息をついた。
「どこで買ったの?」
「109MEN’s。あ、今はビルの名前違うのかな」
「そもそものチョイスが間違ってるし……もー!まだお店開いてるし、行くよ!」
「へ?」
戸惑うチョウさんの腕を掴むと、私はLUMINEに向かって歩き出した。
「で、勢いで来ちゃったけど。よく考えたら、今日その服も買ったのに予算大丈夫?」
「あ、それは平気。お母さんから呪い手当てもらったから」
「なにそれ」
「小さい頃に親戚とかからもらって預けといたお年玉。この時のために取っておいてくれたんだって」
「えぇ、さすがは花英さん……」
メンズファッションの階に来た私たちは、カジュアル系のお店に入った。ばーっと店内を見て、黒のワークパンツにマスタードイエローのパーカー、襟付きのブルゾンを選ぶ。
「はい、これ試着してみて」
「えーこの黄色、派手じゃない?」
「着てみたら案外大丈夫だって。っていうか今着てる服のが絶対派手でしょ……」
チョウさんを試着室に押し込んで、対応してくれた女性の店員さんに他のおすすめを聞きながら待つ。
「着れたよ」
シャッとカーテンを開ける音がして現れたチョウさんに、私は思わず一時停止してしまった。
え、かっこいい……。
ぶかっと大きめのシルエットがすらっとした体型によく合ってる。パーカーの明るい色にも全然負けちゃってない、どころか優しげな顔がすごく引き立ってて、まるでメンズノンノの表紙みたいな雰囲気だ。
「わーお客さま、すっごいお似合いですよー」
「ほんとですか?キノ、どう?」
店員さんの明るい声にはっとして、慌てて「う、うん。めっちゃいいじゃん」と応える。
「じゃ、これ買います!このまま着ていきたいんですけど、いいですか?」
「もちろんですー。じゃ、先ほど着ていらしたお洋服は袋にお包みしますねー」
他にも何着か選んだ後、チョウさんは会計に行ってしまった。
「彼氏さん、めっちゃかっこいいですね」
店員さんにこそっと言われて、私は思わず「はは、そうですかね……」と返した。
「いやー、一気に着れる服なくなっちゃって困ってたから、ほんとよかった!キノのおかげでいいのが買えたよ、ありがとう」
「うん……」
「じゃあなんかごはん食べにいこっか。何食べたい?この前イタリアンだったから、エスニックとか?……キノ?聞いてる?」
頭の中で店員さんとの会話を反復してしまって、チョウさんの声も全然入ってこない。
私さっき、否定しなかった。
「前の」チョウさんのときは、必ず否定してたのに。学生時代からいつもべったり一緒にいるのを見て、チョウさんのことを「彼氏なの?」って聞かれることもよくあった。その度に私は、「違うよー、チョウさんは親友!」って答えていた。なのに。
私は心の底では、前のチョウさんの彼女だと思われるのを恥ずかしいって思ってたんだろうか。今のチョウさんだったら、そう見られてもいいって思った?
「……ごめんチョウさん、私帰る!」
「えっちょっとキノ?どーしたのー!?」
もやもやした気持ちを振り切るように、私は一目散に走り出した。
家に着いて、服も着替えずに床に体育座りしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。無視すると、今度はLINEの通知が入る。
『電気ついてるけど、家にいる?キノの好きなクラフトビール買ってきたから、ごはんはUberして一緒に食べよ』
ようやくノロノロと立ち上がって玄関のドアを開けると、スーパーの袋を下げたチョウさんが立っていた。
「お、いた。急に走ってっちゃうからびっくりしたよ。大丈夫?具合わるくなったとか?」
「ううん、違うけど……」
チョウさんは部屋に上がると、ローテーブルの上にクラフトビールの缶を並べてから、「うん?どうした?」と聞いた。こういう時、チョウさんはこちらが言葉をうまく見つけられるまで、絶対に根気よく待ってくれる。話したくないことは無理やり聞かないし、話したいときはどんなに時間がかかっても付き合ってくれる。
「……すごく正直に言ってもいい?」
しばらく自分の頭の中を整理してから、私は口を開いた。
「うん」
「……やっぱりチョウさんのその、新しい見た目にまだ馴染めてなくって。すごく戸惑ってて……さっきはね、今までのチョウさんのときと全然違う反応しちゃってる自分に気がついて、それにショック受けちゃったっていうか。だって中身は同じチョウさんなのに、外見が変わったら態度が変わるなんて、私って実は人を見た目で判断してるのかな、とか思っちゃって。うーん、うまく言えないけど、なんかごめん、みたいな……」
チョウさんはビールの缶を開けて一口飲むと、思い切り顔をしかめた。あ、それめちゃくちゃ苦いやつ。自分の前にあるIPAと交換してあげる。
「なるほどね、なんとなくわかった。確かにぼく自身今日一日だけでも、外見が違うだけで人の反応ってこんなに違うんだなーっていうのは実感したからなぁ。でもさ、それって別に普通っていうか、悪いことじゃないんじゃないかな」
「人を見た目で判断するのが?悪いことじゃんって思っちゃうけど」
「うーん、なんて言ったらいいかな……。あのさ、うちの母親ってなんていうか、美人じゃん」
「うん、すごく」
「若い頃はモデルとかやってたときもあったんだって。で、やっぱりすごくチヤホヤされたし、なんていうか、人より得をすることも多かった。でもね、今の仕事をはじめたときは実力も全然足りてなくて打ちのめされて、そういう時期はむしろ自分の見た目が仇になったこともあったって言ってた。見た目だけって馬鹿にされたし、セクハラみたいなのもいっぱいあって、毎日泣いてたらしい」
「へぇー、あの花英さんが」
いつも朗らかでパワフルな彼女にもそんなときがあったなんて、ちょっとびっくりだ。
「うん。まぁそういう色々を経て行き着いた座右の銘が、「人は誰しも総合点100点」」
「総合点?」
「そう。人ってどうしても、外見がいいとか仕事ができるとか、そういうわかりやすいものばっかり評価しちゃうじゃない?そういうものを持っている人のほうが、人として素晴らしいって思っちゃうというか」
「うん」
「でも実はそんなこと全然なくて、一見わからなくても、人は何か持ってるものなんだって。それは誰も、もしかしたら本人も気が付かないようなものかもしれないけど」
「うーん、うん?それってどんな?」
「たとえばノーベル賞を取るようなすごい研究者がめっちゃ落ち込んでて、もう研究やめようって思ってるところに、誰かが一言、すっごい響く言葉をかけたとするじゃん。それのおかげで研究者が立ち直ったら、その一言をかけた人はノーベル賞を取ったのと同じくらいすごいんだよ。だってそれがなかったら取れてないんだから、ノーベル賞」
「な、なるほど」
「そういうのって地味だし誰にも気がつかれないし、評価されない。けどそのノーベル賞取った人にとっては何よりもすごいことなんだよね。だからあんたもそういう、自分にできることを見なさいって子供の頃よく母親に言われてた。そしたら総合点で100点の人間になるからって。まぁ、なにも取り柄がないぼくを慰めるためにそういう風に言ってくれてたのかもしれないけど」
「ううん、そんなことない。花英さんの言ってること、よくわかる」
チョウさんの黄金の心を知っている私は、花英さんの教育方針に心から感謝した。
「えーと、何が言いたいかっていうと……わかりやすいものに目が行っちゃうのは人として当然のことなんだよ。ぼくだって美人は見ちゃうし、頭がいいとかスポーツがうまいとかって人のことはすげー!って思うし。でもそういうのに本当に価値があるのかって、実のところわからない。うちの母親の例みたいに、環境によっても変わってきちゃうし。すごい単純な、人間としての素直な反応でしかないっていうか」
「……」
「うまく言えないけど、ぼくはそれがわかってるし、キノが今のぼくに対して前と違う反応しちゃってても、怒ったり悲しいとかなったりしないから。気にしないでいいよ。そもそもこんなことが起こるの自体、普通じゃないんだしさ」
チョウさんはそう言うと、目を細めてにこっと笑った。人懐っこい、いつもの笑いかただった。
「……ふふっ」
「ん?なに?」
「チョウさん今の顔だと、笑顔がなんかあざとく見える!アイドル雑誌の表紙みたい」
「えぇー?なにそれ!っていうか今日も昼にケーキ屋さんで言われたんだけど、これってアイドル顔なの?」
「うん、なんかジャニーズにいそう」
「まじか!くそー呪いが解けるのがあと十年早かったら、履歴書送ったのに!」
「ぶっあはははは!だめでしょ、チョウさんめちゃくちゃ音痴じゃん!」
「ライブは流せばいいんだよ、流せば!CDは今、ほんとすごいんだから修正技術が」
歌って踊るチョウさんを想像したらおかしくて、いつの間にかもやもやした気持ちはどこかへ行ってしまっていた。チョウさんと話しているといつもこうだ。自分ひとりじゃ消化できないような何かも、いつの間にかふわっと軽いものに変えてしまう。まさしくこれってチョウさんの「持ってる何か」だな、とあらためて思った。
「ところでキノさー、デトロイトの別ルート攻略してるんでしょ?どこまで行った?」
「あ、けっこう進んだよ!チョウさんちょっとやる?」
「えーぼくがやったら絶対死んじゃうじゃんー」
前のチョウさんと過ごすのと全然変わらない、楽しい夜はふけていった。