「SURAIMU」
『死にたく無い』そう初めて思ったのはいつだろうか。やはり白衣の《《研究者》》に捕まったあの日だろうか。
元々私に五肢は無く丸く柔らかい体で水や草を主食に洞窟や草原というた場所で静かに暮らしていた。
そんなある日、私の目の前に突然地面に垂直な円盤状の黒い穴が現れた。ソレに奥行きは無く、突如として私の体は呑み込まれてしまった。
そして気づけば元々いたのとは違う場所にいた。空は黒く、辺りにはガシャコンガシャコンと何やら駆動音が響いていた。
それが何なのか解らず恐怖を覚えた私は、擬態を繰り返して駆動音が遠のいた瞬間を見計らって移動を続け、やっと陽の当たる場所に出る事が出来た。陽の下には自然が溢れていたが気を抜く事は許されなかった。未だに続く音に加え、ある疑問が生まれた。
それは自分と同種の存在が見受けられ無いという事だった。草食な自分達からすれば天国の様な場所だが、だからこそ同種が居ないというのは違和感しか無かった。
『此処え来たのは自分が初めてなのか』そんな不安を抱えながら草木の中を進んだ。
そして木々を抜けて広い草原へと出た私は、少し進んだ所で天敵が居ないのを確認すると少しの間だけでも休もうと気を緩め草原に身体を預けた。といっても五肢がないわけなので側から見れば楕円形の何かがフリーズしているようにしか見えないだろう。草原は空気が冷たく澄んでいた。
そんな安らかな時間も長くは続かなかった。
風が止んだ──、そう感じた時には身体に鋭利な物が刺さり瞬間的に爆ぜた。
ソレは草原の半径1キロを焦土に変え、私は核の20パーセントを失った。
三角錐の窪地で擬態も儘ならず、程なくして捕まった私は真空と呼ばれる装置に入れられ、研究者達に実験を強要された。
──
二つの影が瓦の屋根を伝う。
N-221は全身の骨が軋む中無我夢中で走った。
急拵えの人体模倣は意味を成さず、残された道は逃げるか死ぬかの二者択一だった。
追うエルアはこれ以上の逃亡を許さない為に
印を結んだ。
-氷遁 氷棘
とがった氷の塊がエルアの足元から現れ先端がNの右腕の付け根を、枝分かれする氷の棘が右足を貫き、右腕が中を舞った。
Nはバランスを崩したが、前にのめり込むのを左手で防ぐとふらつきながらも空を見上げた。
そして身体の形をヘリコプターへ変えた。
といっても右腕が損失した分、パーツが足りないのかふらふらと上昇して行く。
戦闘機の様な高速機にしなかったのはただ単にNのデータベースになかったからだった。
ババババッ!という音と共に飛び立つN-221に唖然とするエルアだったが、直ぐさま思考を巡らせると、側にあった瓦を右手で掴むと氷の上を駆け抜けた。
先端の少し手前でジャンプした彼女は回転しながら右手にある物を斜め下から振り上げる様に投擲した。
投げたのは重い瓦ではなく、ジャンプ前に錬成で再構築し薄く伸ばした2枚の手裏剣だった。
時間差で放たれたソレはヘリのプロペラの付け根部分にカカッと金属音を鳴らして食い込んだ。
機動力であるプロペラを失ったヘリは近くの路地に墜落し、炎と煙を上げた。その中にまだ移動する影があった。
ソレを遠目に確認したエルアは数十枚の瓦を手裏剣に変えると投げつけた。
手裏剣達は弧を描きながら煙の中へ吸い込まれていった。
数秒後。丸い形をした何かが煙の外へ飛び出し、ソレを追って次々に手裏剣がコンクリートへ刺さっていく。しかし、あと一枚という所で手裏剣が無くなったのか、刃の雨は止んだ。
(約75%の損傷で逃げ切れるか……)
手裏剣の群れを回避したNはそのままの勢いで路地を滑る様に移動し、エルアとの距離を取る。もう以前の人型では無くなっていた。
エルアはNが攻撃をしない事に違和感を覚えた。彼は先程『戦いたく無い』と言った。現に彼女が攻撃をしたとしても避けるだけだ。
攻撃出来ないのでは無いか。という疑問は直ぐに消えた。最初は攻撃をして来たし、上層部からの情報では『危険な存在』な為安全である下層の施設に護衛付きで移送すると聞いていた。
『危険』であるからには特殊な攻撃方法があるに違いない。もしかしたらソレが切り離した身体の一部を爆弾に変える事だとしたら──。
彼女は一瞬寒気に覆われて振り返るが何かが起こる様な気配は無かった。
時刻は午後4時10を過ぎた辺り。休日でもこの時間帯は部活動帰りの学生の姿が増える。早くカタを付けなければ被害が出る事は明らかだ。
瓦屋根から飛び降り再び追跡を開始して直ぐに、路地の直線上にNの姿を捉えた。
生捕り重視の軽い攻撃では避けられてしまう。もし当たったとしてもNはまた逃亡を謀るだろう。
(なら、避けようの無い一撃で……!)
彼女はそう心の中で呟くと印を組みながら右手に意識を集中させる。
-火遁 炎弾
手の平に出来た火球を彼女は思いっきり投げつけた。投げられた火球は空気を吸って更に大きくなって一直線にターゲットへ向かっていく。そしてコンクリート塀に囲まれた路地に逃げ場がない程に火球は成長しNの背を捉えた。
しかし、N-221は地面のコンクリートを溶かし、空いた穴に身を潜める事で火球をやり過ごした。彼も既に疲労困憊。穴から出るのもやっとだった。
「何、あれ?」
両者共に予期していたであろう事態が起きたのはその時だった。
Nが避けた火球の先に人がいたのだ。
(錬成じゃ間に合わない。水遁の印を……)
しかし、彼女が印を組むよりも早くNは動いていた。壁を弾む様に素早く移動し、火の球を飛び越え火球と人との間に飛び込んだ。
爆発にも似た音と共に熱が風にのって流されて来た。Nの行方が気になる所だが、今は人命が最優先だ。
エルアは爆発が起きた現場に駆け寄ると案の定Nの姿はなかった。
火球で見えなかったが、被害者は3人おり2人は無事だったが、1人は爆風でブロック塀に叩きつけられたのか意識が無かった。
救急車が来たのはそれから三分後。
「N-221はどうなった?」
「見失いました……。先生、あれは何だったの?」
先生と呼ばれるた男は報告書を書きながらホチキス留めされた紙の束をエルアに渡した。
「コレは?」
「N-221についての裏文書」
「!?」
「吹っ飛ばした後気になってカナンから盗ってきたんだ。情報元はアルケトスとカナンの秘密研究所、上は秘密が多いな……。 物品番号N-00221仮称『SURAIMU』、君と同じ非検体だ。No.00002」
「じゃぁ、彼が3番目……?」
「恐らく7・8番体だろう。君が助けた1番体、見つかると良いな」
男はエルアの肩を軽く叩くと被害者の方へ向かった。丁度救急車が意識不明の被害者1名を乗せ病院へ向かう所だった。
被害者は確か……、『浅野美柑』という男子高校生だった。