「光」
「キ──、キキキ……」
声に似た音が聞こえた。ただそれだけで全身から嫌な汗が噴き出して私は玄関の階段の一番上でヘタリ込んだ。少し痙攣しながらも手すりを掴んでいた右手にそっと左手で触れると血の気が引いているのが分かる。
(こうならない様に気おつけていたのに、私の馬鹿!)
今も耳元で聞こえる音を無理やり聞き流しながらもう一度右手首に触れるとそこにはブレスレットがはめられており、それが御守りだと気付くのに時間はかからなかった。
(お願い──……、どうか私を守って。 私を、《《私の世界》》を!)
浅間薫は金属性のブレスレットを握りしめ、そう強く願った。
キーン! すると、金属同士がぶつかって共振する様な音が響き、彼女は驚いて顔を上げる。しかし音源は何処にも見つからず、ただ、先刻まで聞こえていた声に似た音が嘘の様に消えていた。
怖かった。誰にも相談出来ずにいた。一生この謎の声達と居なければならないと思っていた。彼女はうつむくと頬から滴る涙を堪える事は出来なかった。
そこで誰かが芝生を走り近づいて来る足音が聞こえてきた。
「大丈夫か、薫……?!」
彼女が顔を上げるとそこにはアパートの隣の部屋に住む浅野美柑が心配そうに覗きこんでいた。
「どうして、ここに……?」
「え、まぁ通りがかったから? それより薫大丈夫!?」
美柑は彼女の問いに疑問形で返すとポケットから綺麗なハンカチを取り出すと彼女に差し出した。
「今日は何か貰ってばっかりだね……」
浅間はハンカチを受け取り目元の涙を拭いながら呟いた。
「気にしないで」
美柑ははそう言うと彼女の横に腰を下ろした。
「ちょっと嬉しい事があったから。 つい感極まって泣いちゃった」
「……そっか。 誰かに悪さでもされたんじゃないかって心配になった」
「浅野君はこの後、予定ってある?」
「いや、後は帰るだけだけど……?」
「じゃあ一緒に帰ろ」
時刻は5時45分を過ぎ、空からは赤みが消え街灯が光を増していた。
二人は雑談を交わしながらアパートまでの3分の2の距離を歩いていた。
「そういえば、明日の予定なんだけど……」
「……うん。 分かった」
美柑は彼女に明日の予定を伝え、薫は軽く頷いた。それから暫くして、美柑は空を見上げながら。
「薫ってさ、『星』見たことある?」
「何ソレ?」
「今朝電車の中で聞いたんだよ。 ソレは空にあって光輝やいていて、とても綺麗な物らしいんだ。 だから一度見てみたいなって」
「生まれは上層だけど育ちが下層都市だから全然そんな言葉知らなかったな。 私も星を見てみたい……!」
「じゃあいつか、2人で見に行こう。上層都市まで」
『約束』
二人は歩きながら空を見上げ、今正に消えようとしている光を眺め、光が消えるのをただ見つめていた。