「消灯」
昼食を終えた2人はテーブルに課題のプリントを並べ、加えて浅野は端末を開きいよいよ本題の勉強に移っていた。
「ベクトルってなんだっけ?」
「例えば車がどの方向へ向かうかとか」
「ナチュラルってどういう意味?」
「自然体っていう意味で漫画のヒーローとかにいたと思うよ」
「この漢字なんて読むの?」
「向日葵」
「じゃあこの織田信長って人を討ったのは?」
「明智光秀が本能寺の変で屠った」
とされる、と美柑は付け足した。
「この歴史ってもう500年も前でしょ。 今更勉強しなくても良くないぃ」
「それは俺も同感だね」
藍羅の不満の声に美柑は単調に頷く。
美柑の反応が気になった藍羅は彼の手元を覗き込んだ。すると端末に何か書き込んでいた。
「それよりミカ何してるの?」
「ちょっと小説書いてる」
「へぇ──、ちょっと見せて」
藍羅は勉強を一時中断し美柑の端末を覗き込んだ。
「怪獣モノ好きなんだぁ」
携帯に書き込まれていた小説の設定は簡潔にまとめると、16歳の青年がある事件をきっかけに龍魔隊師を目指すという話だった。
「もう疲れたから休憩にしよぉ──?」
藍羅はそう言いながら仰向けに倒れ暫くの間目を瞑ると身体を起こした。
「そういえば、右手のブレスレットどうしたの? あの黄色いヤツ」
「? あぁ、アレはお隣さんにあげたよ」
「良かったの? ……もしかしてそのお隣サンは女性じゃ無いわよね!?」
「そうだよ。同い年でハーフなんだって。髪の毛銀色だし下手したらアイよりかわ──、」
言いながら左手の青いブレスレット外し伸びをする俺は、物凄い(例えるならば獣の)顔で此方を睨む藍羅の圧に最後の言葉を発せなかった。美柑は直ぐに話題を変えようと咳払いをした。
「で、そのお隣さんが夏服を持ってないみたいだったから明日ショッピングに誘ったんだよ。藍羅も一緒に来てくれないかな?」
俺は顔の前で両手を合わせた。薄めで彼女の方を見ると、まだ睨め付ける様な視線を送っていた藍羅だが、諦める様に頷くと顔を緩ませた。
「まぁ明日は部活休みだしOK。して美柑よ、その子の名前は」
彼女は背後にあったベットに腰を下ろして脚を組んだ。どうやら皇女を演じているらしい。
「はは!名は浅間薫、と」
俺は片手片膝をつき家臣のポーズをとった。
「私より可愛いじゃない……。 疲れたからもう今日はお開きにしましょ」
勉強が苦手な藍羅にとっては課題をする時間が1時間あるだけで大助かりだった。
帰り際「泊まってく?」と聞かれたが女子寮に泊まるのは気が引けたので断った。
内心泊まりたかったが着替えも無しでと言うのは論外だったので「また暇な時泊めてくれよ」と残念そうに伝える。
俺は左手のブレスレットを確認すると部屋を出た。
ガタンゴトン──、
そういう訳で用事を終えた浅野さんは今電車に揺られ帰宅中であった。
「着替えも持ってくれば良かったなぁ」と心の中でため息をつく。
「少し歩くか」
時刻は4時50分。座り疲れたというより雑念ばかりの脳内をリフレッシュしようと浅野は目的地より1つ前の駅で電車を降りた。
暫く歩いた頃、ウ────っという音が響いた。これは擬似太陽の消灯の合図だった。といっても、直ぐに暗くなるのでは無く5時から6時にかけてゆっくりと陽が落ちていく。
今美柑が歩いている公園の街灯や敷地内に存在する都立図書館は擬似太陽消灯の合図と共に徐々に明かりがつき始めた。
と不意に目を移した都立図書館の出入り口に見た事がある様な外見の女の子がいたので美柑ははその子に声を掛けた。
「おーい、────」
──
──暗い場所。
それが私にとって一番怖い場所だった。何故かと聞かれてしまえば返しようがないのだが、その暗闇からは隙間風の様な微かな声が聞こえ、凄く嫌な視線を感じるのだ。
私は昔から得体の知れない何かの視線に怯えて生きて来た。昼間はどうって事は無いが夜になると視線を感じてしまう。義理の両親にこの音が聞こえないのが少し不気味だった。
読書に夢中になってしまい予定より長く図書館に居た私は陽の入りの合図で現世へと思考を戻され慌てて図書館を出た。
まだ間に合う。そう自分に言い聞かせながら歩き出そうとした時、ふと声が聞こえた。