「親友は女子高生」
時刻は午前8時過ぎ。
いつもなら通勤ラッシュが緩和される時間だが、今日はどの学校も夏休み。初日ということもあり殆ど満席に近い状態だった。なんとか席につけたものの、外の景色は遊びに出掛ける学生群に邪魔されて見えないのに加えて蒸し暑い。
仕方なくコード付きのイヤホンを取り出すと携帯に繋ぎ音楽アプリを選択する。
携帯式端末の音楽アプリの殆どは専用のUSBからダウンロードしなければならず手間が掛かるため、現在では課金してプランに入る人が殆どである。
携帯式端末には色々な機能が付いている。旧世代の電子辞書に用いられた開閉式の物やホログラム式の物があり、音楽・検索・タイマー等の機能は購入時に自分好みにカスタマイズする事が可能である。
CDは時代の変化と共にUSB型の記録装置に変わり、端末に繋いで直接ダウンロードができる様になった反面、ポイ捨て防止のため扱っているのはCDショップしか無い。
美柑の端末はの1691と呼ばれる機種でカラーバリエーションが豊富な上に最新の技術が組み込まれている。例えばカメラモードを使用すると端末に内蔵されたカメラのレンズがデジカメの様に自動でニョキニョキと出てくる。他にも防水防火衝撃耐久性だったり暖房機能だったり縮小拡大モードで自由にサイズを変える事が出来る機能があったりと色々便利なものである。
最新モデルだと何年か前のホログラム携帯式端末があるが俺は好きになれなかった。
音楽を聴きながら夢の世界の門を軽くノックしたところで電車が慣性により少し揺れた。どうやら目的の駅に到着した様だ。
俺は座ったまま軽く伸びると、電車のドアが閉まってしまうかも知れないのでイヤフォンをサッとポケットにしまい急いで車外へと出た。それから階段を登って通路を少し歩いたところにある改札で切符を通し駅の外へ出る。
時刻は9時前。目的地はそう遠くは無く俺は既に校門前に立っていた。親友の通う女子高は駅から徒歩10分もかからず、相当近かった。
狐雅瀬女学園。俺の通う奇峰三玉高校とは中央区を挟んだ反対側の方角にあり、校内に少し大きな泉があるのが有名である。狐雅瀬女学園はこの都市では通称お嬢様が通う高校ではあるのだが関係者証を持っていれば手続きののちに入る事が出来る珍しい女子校でもある。
また、敷地に寮を幾つも設置し学校本体もかなり大きいため初めて来る親御さんにしてみれば天然の迷路である。
俺は校門を抜けて近くの警備室へ行き見知った女性巡査員と軽く話をしながら手続きを済ませると陸上部が練習をしているであろうグラウンドへ足を運んだ。
やけに大きいグラウンドには陸上部が個々の種目に合った練習場所で集団を作っていた。
スターターを使った初速練習や高跳びの歩幅合わせ、砲丸円盤投げの腕力強化で見る砂の入ったボール投げや走り幅跳びの本格的な空中姿勢の練習。誰も素晴らしく超一流だった。
と、円周を走る集団の中に藍羅の姿を確認した俺は部活の邪魔にならない様に、近くの階段で腰を下ろしてアイスバーを咥えている陸上部女顧問兼寮監の側へ歩みよった。
「お、浅野。久しぶりだな。元気か? 就職か進学先は決まったか?」
矢継ぎ早にそう問い掛ける彼女はこの学園屈指の身体強化能力者である。
「……いえ、まだ。それより俺にもアイス下さい」
「私も薄々気づいてはいるんだ、お前が"アレ"だって事は」
「……え?」
「藍羅からはお前の能力について聞いた事は無いからな。悔いの無い様せいぜい悩め。お前の同期や藍羅は『上層』に行くだろうしな。ホレ」
陸上部顧問はピノを一つ美柑に差し出した。
アイスを美味しく頂くと体に冷気が伝わり一瞬暑さが和らいだ。
「コレは独り言だが、なるべく藍羅と一緒にしろよな」
陸上部顧問は俺が理由を聞く前に今更ながら「部活中だ」と言わんばかりに手の甲を上下に振った。
することの無くなった俺は関係者証を下げている事を確認すると校舎4階にあるカフェテラスへと向かった。
時刻は既に9時半を過ぎており、沢友藍羅に寮の部屋へと呼ばれたのはそれから1時間後だった。
ピーンポーン、と俺はチャイムを押した。
ここは狐雅瀬女学園内の寮群の1棟にある603号室前。女子校に男子がいるのは不味いと思うし実際俺も精神的に限界を迎えそうだ。
早く帰りたい。
「あ、ミカ遅かったじゃん。もう待ちくたびれたよぉ────!!」
(人の苦労も知らないで……!)
髪を下ろし部屋着で迎えた藍羅に浅野はそんな葛藤を抱きながらも口に出さずに部屋へ上がった。寮の部屋は美柑のアパートの部屋とそっくりだが、カーテンのカラフルなデザインに加え壁にはパズルやポスターが飾ってあり充実感があった。
「お腹空いたな──、ミカ何か食べるもの持ってない?」
「そう言うと思ってカップ麺持ってきた。早いけど昼飯にしようか」
美柑はバックからカップ麺を2つ取り出しテーブルに置いた。沢友はキッチンからやかんを持ってくるとカップにお湯を注いだ。どうやら準備万端だったらしい。