「平穏な高校生活」
─星暦2100年、夏─
ピ─────────!!
とあるアパートの203号室でアラームが鳴った。
「もう5時、か……」
俺はベットから手を伸ばしてアラームを止めた。それから2・3分した後ゆっくりベットから出ると遮光カーテンを開けて軽く伸びと欠伸をする。
カーテンを開けたからと言って陽光が差して明るくなるという事は無く部屋の電気を点ける。朝5時06分、薄暗い部屋で冷凍食品を温め弁当箱に詰め朝食を摂ると制服に着替え歯を磨く。それから靴を履き玄関の扉を開けた。
ここは東京の地下エリア、第2の東京都である。
アパート2階の階段付近に差し掛かった時ウ────っと甲高いサイレンにも似たような音が辺り一面に響いた。
これは下層都市別に設置された擬似太陽の灯火の合図だ。下層空間の天井に設置された擬似太陽は都市の4分の1の大きさを有しており、今正に擬似太陽を作る装置によって電子同士の衝突により摩擦熱が作られようとしている。
俺は都市の円周を取り囲むように存在する陽光集束拡散装置に目をやった。
高さがビルの10階程ある板に反射盤が一方面だけに敷き詰められ、下方にある台座が回転し光を反射する仕組みになっている。
「……眠い」
俺は欠伸と共にそんな小言漏らすと、薄らと色付く世界に脚を踏み出した。
203号室の錆びたポストのネームタグには浅野美柑と書かれていた。
──
「明日から夏休みですがくれぐれも課題をほっぽって遊ばない様に! 来月には卒業なんですから」
担任の女教師はそう言ってHRを締めた。
ここは下層都市の中心街から少し離れた山の中にある奇峰三玉高校。
HRを終えた担任が静かに教室を出て行った。窓側後から2番目に座る俺は机に頬杖えをつき2階から見える外の景色に目をやった。
アパートや教室から見るこの景色はどことなく古びていると毎度思う。ネットニュースで見る上層の都市は科学が発展しすぎて下層が発展途上国に見えてしまうのである。
この世界は予言で科学が発展したが漫画小説やVR・ゲームは未だ存在する。俺は近年流行りの異世界ものや異界の怪物と戦う漫画や小説が好きで一週間に2回ぐらいのペースで書店に足を運んでいる。
今日は漫画の発売日だなぁなどと考え事をしているとHR終了のチャイムが鳴っていつの間にか高3の1学期が終わっていた。
教室はしだいに騒がしくなって行く。この後は校内清掃があるのだが、教室を出て行くクラスメートの大半は掃除をせずに下校するグループだ。というのも先週末に夏休み前の大掃除をしたばかりだからだ。
「美柑、またな」
「お前らもなー」
俺は教室を出て行くクラスメートに軽く手を振った。それから暫くして教室には数える程の人数しか残っていない事に気がつき机の上にある今しがたやり終えた夏休みの課題『数学のプリント』に数秒間だけ視線を移すとそのまま課題と筆箱をバックにしまった。
すると静けさを放ち始めた廊下から革靴の底を鳴らす音が聞こえて来た。
きっと誰かが廊下を走っているのだろう。しかし、はてこの高校で革靴を履く事があっただろうか。と彼は首を傾げた。
「みぃ〜か、夏休み暇?」
突然の声に驚きもせず、俺は声のした方へ顔を向けるとやはり茶色の髪を後ろで結びポニーテールにした見知った顔があった。
呼吸を荒げドア枠を片手で掴んでいた中学の頃からの親友、沢友藍羅は俺の席より前にある空いていた椅子に座った。
高校からは別々になってしまったが中学の頃とさして変わらず毎週の様に顔を合わせる仲である。俺は彼女の問いに答えた。
「暇では無い訳では無い」
「どっちよ……」
「どっちだと思う?」
「どうせ読書でしょ? 漫画とか小説とか」
「よく分かったじゃん。で、藍の方はどうしたの?」
すると藍羅は椅子から乗り出す様な姿勢に加えて内緒話しでもするかの様に声を潜めた。
彼女の香水の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「実はさぁ、夏休みの課題が終わりそうにないから明日にでも教えてくれないかなと思って。ミカ頭良いじゃん?」
どうやら彼女は周りの目を気にしている様だったが、それに対して俺は普通のトーンで答えた。
「そっちの高校と課題違うでしょ?」
「お願〜い」
「それに女子寮でしょ?」
「そこをなんとか!」
「見つかったら寮主に殺されるよ。あの人絶対殺る側の人ダヨ」
「どうかお願いします美柑様!」
「まぁ暇だから良いけど」
「暇なんじゃん。取り敢えずありがとう! じゃまた明日!」
藍羅は大声でそう言うと席から勢い良く立ち上がり教室を出て行った。
時刻は15時半前。沢友藍羅が通う高校は都市中心部にある有名な女子校で部活の女性顧問兼寮監が時間に五月蝿い人だと前に愚痴を聞いた事がある。
帰宅部に属し夏休みの約1ヶ月のほとんどが暇な俺は行きつけの老舗本屋で異世界ファンタジー小説『黒瀬尾さんと黒魔術 』の最新巻を購入しバイトの面接へ向かった。
──
面接の結果は火を見るより明らかだ。
「適性の無ぇ奴はお断りだよ」
「適性が無いとちょっとねぇ」
「規格外だってぇ? とっとと帰れ能無し! ウチの評判下げられたら困るんだよ!!」
3連敗だった……。施設のパート警備員や資料をタイピングするだけのゴーストライターなんて年中無休24時間働ける俺には楽勝だと思ったし、毎日昼食を作っている俺は料理には自信があった。しかしどれも『適性が無い』という理由で不採用となった。
適性とは個人の能力を指し、規格外は能力を持たず嫌われるだけの存在だ。歳と共に能力を失う能力喪失者とは違い一生能力が芽生え無い者の総称が『規格外』であり俺もその一員だ。
結局採用して貰えたのは新聞配達やモップ掛けと行った雑務だった。
「仕事があるだけマシか……」
能力が認知出来る世界だからこそ、能力が無いものには価値が無い。それがこの世界の暗黙のルール。