第98話 新米貴族は真相を聞かされる
軽い治療を受けていると、医務室の扉が開かれた。
そこから現れたのは子爵だ。
彼女は横たわる僕の前までやってくると、いつも通りの口調で話しかけてくる。
「無事かね」
「あの、一体何が――」
「その前に質問がある」
遮るように言った子爵が顔を寄せてきた。
感情の窺えない冷静な眼差しだった。
その視線に耐えられず、僕は顔を逸らして無言になる。
顔が熱くなるのを感じた。
照れる僕に何の反応も見せずに子爵は問いかけてくる。
「君は誰だね」
「エリスです……たぶん」
「なぜ断言できないのか訊いてもいいかな」
「さっきの戦いで、僕達の人格が大きく乱れました。境界も曖昧になって、目まぐるしく入れ替わりながら殺し合いました」
話しながら心が鎮まっていく。
脳裏に展開されたのは凄惨な戦いの数々だった。
あれを思い出しても照れていられるほど鈍感ではないし、狂ってもいない。
僕の説明を聞いた子爵は意外そうな顔をした。
「ほう、君達はそのように認識していたのか」
「本当は、何が起こっていたのですが? どうして僕は准伯爵を……」
僕は思わず跳ね起きた。
制止する治療係を押し退けて立ち上がると、子爵に詰め寄る。
それだけ知りたいことだったのだ。
自分でも何が何だか分かっていなかった。
子爵なら正しい答えを持っていると確信していた。
焦る僕をよそに、子爵はやはり落ち着いていた。
彼女は僕を制しながら指摘する。
「まあ待ちたまえ。少し慌てすぎだ。まずはその手を下ろした方がいい」
「え……あっ」
子爵の指差す先は、僕の左手だった。
その手は治療係に向けられており、尖った金属片を握っている。
それを治療係の首筋に突き付けているのだった。
少しでも動かせば首を掻き切りそうだ。
無意識だった。
当然ながら治療係を傷付けたり殺すつもりはない。
ルード・ダガンの意識がまだ残っていたのだろうか。
僕は慌てて金属片を捨てて謝罪する。
「す、すみません!」
「少し席を外してくれるかな。彼はもう大丈夫だ」
子爵が告げると、治療係は慌てて出て行った。
目に涙を浮かべていたので、よほど恐ろしかったのだろう。
懸命に治療してくれていたというのに申し訳ない。
あとでしっかりと謝りに行くべきだろうか。
しかし怖がられてしまうかもしれない。