第94話 新米貴族は混沌を狂う
鉈の刺突を放つ。
その瞬間、視界がぐにゃりと曲がった。
ルードの身体ごと曲がっていく。
歪みに巻き込まれた鉈は空を切った。
それどころかひん曲がって手元に戻ってくると、なぜか僕の指を切断する。
中指と親指がぽろぽろと落ちた。
とても痛い。
泣きそうだと思ったが、もうとっくに涙は流れていた。
仮面のおかげで顔を見られないのが幸いだった。
「このクソ野郎がぁッ!」
激昂するルードが這うような姿勢から踏み込んでくる。
上体を伸ばす動きに合わせて斬撃を打ってきた。
しかし、その反撃を僕は知っていた。
軌道から何まですべて把握している。
当然だろう。
僕達は同一人物なのだから。
予定調和の斬撃を見ずに避けると、ルードを目がけて全力で斧を叩き込む。
あれ。
僕が持っているのは斧で合っていたか。
しかし、ルードは大きな棍棒を振りかざしている。
だったら斧で間違っていないはずだ。きっとそうだ。
僕の一撃はルードの肩に食い込んだ。
刃が肉と骨を叩き潰して進み、一瞬で腹のところまで達した。
傷口から臓腑が溢れる。
ルードは笑顔で詰め寄ってくると、僕に膝蹴りを浴びせてきた。
「うあっ」
顔面を蹴られた。
電流でも走ったみたいな痛みと衝撃だ。
目の前が真っ暗になり、それでも辛うじて手を伸ばして相手を掴み、引き抜いた斧をもう一度叩き込む。
声は聞こえなかった。
破壊の感触だけが伝わってくる。
この感触だけが真実だ。
他はもう分からない。
僕は一体何なのだろうか。
夢を見ているのか違うこれは現実なのだろう。
目に入る血を鬱陶しく思って首を振る。
ぼやけた視界の中で佇むのは、身体が両断されかかったエリスだった。
肩から腹まで切り裂かれており、それを両手で押さえて塞ごうとしている。
誰がやったのかと言えば、たぶんもちろんオレだ。
この両手に持ったナイフとナイフでやったのである。
あれは良い一撃だった。
きっと自慢話にできるぞ。
ラトエッダも手放しに称賛するだろう。
「いい加減、諦めてくれ」
エリスが言う。
縦断した傷はもう治りかけていた。悔しい。なぜだ。
奴の持つ槍がオレの首を貫いた。
いつの間に。
まったく気付かなかった。
何か特殊な術を使ったのか。
それはずるい。エリスのくせに。
狂戦士はオレなのだ。
オレだからオレでオレに決まっている。
「ふざけんなよ」
舌打ちしたオレは、両手のナイフでエリスの眼球を抉った。




