第92話 新米貴族は表裏を痛感する
オレの前蹴りがエリスの脇腹を抉った。
肋骨を粉砕したようで、エリスが苦しげに吐血する。
ふらついた隙を狙って鉈を振るうも、奴は素手で受け流してみせた。
さらにやり過ごしながら手刀を打ってきたので鉈で弾く。
鋼と肉が衝突する感触。
エリスの中指と薬指が千切れ飛ぶのが見えた。
断面が蠢いて再生を始めている。
オレは鼻で笑いながら鉈を叩き込んだ。
「強くなるとかほざいた割には、結局オレの力に頼るか。情けねぇなおい!」
「今すぐに力が必要なのに、自分にはそれがない。都合の良い覚醒なんて起きないのだから、手段なんて選んでいられないさ」
「言いやがったなクソッタレ。それがお前の本性だ! どれだけ取り繕っても、薄汚ねぇ狂戦士なんだよ!」
オレは罵倒しながら攻撃速度を上げていく。
残像が残像を掻き消すような連撃だ。
武器を持たないエリスを着実に追い詰めていく。
エリスは懸命に防御しているが、次第に反撃に移る隙を失っていた。
それはそうだ。
いくらオレの能力を手に入れたとは言え、一面を借りた紛い物に過ぎない。
能力の根源を超えることはありえなかった。
「さっさと死ねよ、このクソ野郎が!」
オレは刃こぼれした鉈を執拗に振り下ろす。
エリスの指がさらに飛んだ。
今後は七本連続だ。
さらには左手が半ばほどで断たれて地面に落ちる。
それを踏み付けようとすると、エリスは転がりながら回収した。
断面同士を押し付けて繋げてしまう。
化け物が。
まるで当然のように不死身になってやがる。
刹那、極大の殺意を覚えたオレは跳びかかる。
防御に動いたエリスの腕を二本とも斬り飛ばした。
片脚に鉈を刺し込んで地面に縫い止める。
逃げられなくしたその状態から、鉄仮面に覆われた顔面へと拳を突き込む。
重い金属音。
拳が埋まった鉄仮面が大きくひしゃげていた。
隙間からゴボゴボと粘質な血が溢れて、噴き出す。
灰色の液体もそこに混ざっていた。
エリスの動きが止まって、四肢が断続的に痙攣する。
拳をめり込ませたまま、オレは勝利を確信した。
しかしその直後、くぐもった声が聞こえる。
「――そうだ」
濡れた声。
まるで溺れかけのようだ。
きっと血が喉に絡んでいるのだろう。
潰れた鉄仮面の穴から、見開かれた目がオレを射抜いていた。




