第84話 新米貴族は歓喜する
「はは……ハハハ、アアアアハハッ、アハッハハァッ!」
オレは思わず笑う。
それは次第に大笑いへと変化し、やがて絶叫に近いものとなった。
気付けばランクレイへと一直線に接近していた。
大地を踏み砕きながら突き進んでいく。
「最高だ! 最高だ! それでいい! 悪くないぞ、ああ! ハハハッ」
仮面を目にした瞬間、オレは直感で理解した。
ランクレイとの間に細かいやり取りなんていらない。
力を尽くした殺し合いだけで十分だ。
あいつの目を見ればすぐに分かった。
決闘までの数日で何があったかは知らない。
きっと葛藤と悩みを抱いたのだろう。
自らの死を予感して後悔したかもしれない。
いや、或いは待望の機会に歓喜したのか。
面識もないのにオレと戦いたがっていたのは知っている。
とにかく、ランクレイは強烈な策を選択した。
逃げも隠れもせず、オレとの殺し合いを臨んだのである。
素晴らしい。
どうにも気に食わないクソ女だと思っていたがとんでもない。
極限状態で真価を発揮してきやがった。
もはや親愛に近い感情すら覚えてしまうほどだった。
ランクレイが着けるあの鉄仮面。
オレにとってはただの私物に過ぎないものの、殺戮の歴史が染み付いている。
数え切れないほどの命を奪ってきた狂戦士の"顔"なのだ。
魔術的な観点で捉えた場合、強烈な呪いの類が刻み込まれている。
装着者に何らかの影響を及ぼしてもおかしくなかった。
それに、あいつからは幻惑魔術の香りがする。
ランクレイは自らに催眠を施しているらしい。
それによって狂戦士ルード・ダガンの能力を自らに定着させている。
鉄仮面の力を最大限に引き出すための細工を行ったのだろう。
(……いや、どうでもいい。余計なことを考えるな)
興奮のあまり、思わず分析してしまった。
しかし、そういった理論立ったことは捨て置くべきだ。
ここからは狂気と狂気のぶつかり合いである。
小賢しい考えは無粋だった。
「フヒイィアアアハッハァッ!」
オレは歓喜の声を上げて、真正面から跳びかかる。
ランクレイに目がけてサーベルを横薙ぎに叩き込んだ。
対する彼女は、片腕を上げて防御した。
前腕に刃は僅かに食い込む。
貴族服の袖を浅く裂いたが、それ以上は進まない。
「お」
魔術による身体強化だ。
素手で魔物を殺すと評判だったが本当らしい。
「ルー、ドぉ・ダガぁ、ンっ!」
ランクレイが奇妙な発音でオレの名を叫ぶ。
そして回し蹴りを放ってきた。
唸りを上げて迫るそれに対し、オレは首を反らして躱そうとする。
しかし爪先が掠めて、喉頭が千切れ飛んだ。
鮮血が迸って息ができなくなる。
観客の沸く声。
静寂から一転、これが娯楽であることを思い出したようだ。
「クヒッ」
掠れた笑いを洩らしたオレは、サーベルを斜めに叩き付ける。
ランクレイが両手で挟んで止めようとしたので、寸前で斬撃を止める。
打ち合わせられた両手が乾いた音を鳴り響かせた。
その隙にオレは潜り込むように突きを繰り出す。
ランクレイの胸部に切っ先が沈み、肉を裂いて骨に当たる感触があった。
だが、そこまでだった。
どれだけ力を込めても刃が進まない。
むしろサーベルの刃が悲鳴を上げる始末だった。
「どれだけ硬いんだよ」
オレは再生した喉を撫でながら苦笑する。
ランクレイは答えない。
代わりに鉄仮面の奥で双眸が歪んだだけだ。




