第83話 新米貴族は決闘に出向く
前方で行われる試合が終わった。
オーガの振り回した棍棒が、避けようとした戦士の横腹を捉えたのだ。
短い悲鳴を上げた戦士が軽々と吹き飛び、観客席との境である壁に激突した。
戦士は血を吐いて痙攣する。
兵士が駆け付けて搬送していったが、あれは長くは持たないだろう。
運良く生き延びたとしても後遺症が残る。
最初から勝敗の分かる無茶な試合だった。
戦士はほぼ素人で、たぶん借金か何かの帳消しを条件に参加したのではないか。
そういう連中は多い。
奴隷になりたくないから、一発逆転の手段に頼るのだ。
もっとも、大抵が禄な末路を辿らないが。
あの戦士は動きは悪かったが、体格はしっかりしていた。
特に肩から腕にかけての筋肉が発達していた。
おそらくは鍛冶職人だと思う。
技能さえあれば、奴隷になってもそれなりの待遇だったろうに。
もっと命を大切にすべきだろう。
まあ、本人がその教訓を活かす機会はもうない。
「いよいよだな」
オレはサーベルを片手に立ち上がる。
腰に吊るした鉈を確かめて、たじろぐ兵士達を横目に進んだ。
兵士が何か言いたげだが無視する。
余計な言葉は無粋なだけである。
オレは、身体の内で荒れ狂う戦気を自覚していた。
きりきりと際限なく膨れ上がり、それを僅かな理性で制御する。
ふとしたきっかけで爆発しそうだ。
だから兵士と話したくなかったのもある。
反射的に殺してしまいそうだった。
手荒な真似はしたくない。
兵士達に罪はないのだから。
なんとかしてランクレイを無力化しなければ。
此度の問題は犠牲を出さずに乗り切りたい。
「……またか」
いつの間にか思考がずれた。
それだけエリスが抵抗しているのだろう。
こんな時に出てきたところで意味など無いのに。
舌打ちしたオレは自分の頬を殴り付けた。
ぐらついた歯を何本か吐き捨てる。
うすら寒い思考は消え去った。
オレは熱い吐息を洩らしながら闘技場の中央部へと向かう。
日差しが照り付けてきた。
闘技場に天井はない。
今日は快晴で、雲一つない青空が広がっていた。
オレが登場した途端、あれだけ盛り上がっていた観客が急に静まり返る。
誰もが息を呑むか小声で囁き合っていた。
張り詰めた緊張感が蔓延している。
(もっと歓迎してくれてもいいんだがな)
目に付いた観客に微笑みかけると、数人が泡を噴いて気絶した。
それによって向けられる恐怖が二回りほど大きくなる。
「た、ただいま登場したのは、き、狂戦士ことルード・ダガン……様、です! 現在はあのロードレス領を治めており――」
司会者らしき男の声が反響する。
幾分か動揺しているものの、職務を全うしようと努力していた。
オレの経歴を説明しているらしいが、エリスの野郎と混同している。
それが気に食わない。
今すぐにでも跳びかかって八つ裂きにしてやろうか。
いや、駄目だ。
これから決闘があるのだ。
命は大事に。
殺してはいけない。
だから手足を切断するだけに留めてやろう、ははは。
「くそが……」
思考の混乱に悪態を吐いていると、向かい側の待機場から一つの気配が出てきた。
真紅の貴族に揺れる金髪。
その足取りは緩慢としているが、実に堂々とした姿だった。
「――ほう」
対戦相手を目にしたオレは純粋な驚きを覚える。
次に感心して、最後に狂おしいほどの喜びに貫かれた。
指先までが震えて汗が滲み出す。
半開きの口から涎が垂れそうになった。
木製の仮面を着けていなければ、その醜い笑顔を晒すことになっていたろう。
司会者が相手についての説明をしているが、そんなことは耳に入らない。
もはや耳障りな音でしかなかった。
向かい側に現れたのはランクレイ准伯爵だ。
ただし、その顔は見えない。
前面を無骨な鉄板が隠している。
凹凸の乏しい造形で、視界を確保するための二つの穴だけが開いていた。
その穴の奥には、殺気と狂気の混ざり合った眼差しが潜んでいる。
ランクレイの顔を覆うのは、紛れもなくオレの仮面だった。




