第76話 新米貴族は三人の王を鎮圧する
毒王と睨み合う。
すぐに右腕から違和感を覚えた。
皮膚が黒ずんで、泡を立てて剥がれ落ちた。
ぐずぐずに溶けた肉が露出しており、合間から骨も見える。
(クソッタレな能力だな)
オレは心の中で毒づく。
その際、口内にも腐った味がしたので、余計に気分が悪くなった。
毒王の視線は対象を腐蝕させる。
生物ではない物体だろうが問答無用で腐り果てるのだ。
相手の魔術や異能にも効果が及ぶため、単純だが非常に強力である。
目の動き一つで広範囲を蹂躙できる上に、射程はほぼ無制限。
毒王が目視できる距離はすべて腐蝕させられる。
本人の消耗が無いのも、この能力の凶悪な点だろう。
(まあ、やることは一つだな)
オレは大地を蹴って突進を開始する。
この身が腐っていくのなら、死ぬ前に距離を詰めるだけだ。
毒王に近接戦闘の心得がないのは知っている。
すべてを異能に頼り切りであった。
だから肉弾戦に持ち込めばオレの勝利なのだ。
「……くくっ」
対する毒王は喉を鳴らすような笑いを洩らす。
その場に棒立ちで、昏い瞳だけが収縮していく。
その分だけ眼力が強まった。
唐突に膝の感覚が鈍くなる。
見れば両脚の腐敗が始まっていた。
しかもその速度が異様だ。
白煙を噴きながら肉が剥げていく。
一歩ごとに腐液が飛び散る始末で、膝の骨が擦れて嫌な音を立てていた。
(まずは機動力を削ぎに来たか)
オレは胸中にて悪態を吐く。
その間に身体が前のめりになった。
腐りつつある両脚に力が入らず、走る勢いのままに倒れようとしている。
眼前に地面が迫りつつあった。
「くくっ」
前方に佇む毒王は、やはり陰気な笑みを洩らす。
じっとりとした視線は、瞬きせずにオレを見つめていた。
そこに感じられるのは気の緩み。
明確な油断である。
毒王は勝利を確信していた。
脚を失ったオレを嬲るように殺せると思い込んでいる。
以前の雪辱を晴らせると考えたようだった。
「――ボケが。甘いんだよ」
オレは両手で地面を叩くと、進行方向へ加速した。
弾みで右腕の肉が大きくめくれ上がったが、些細なことである。
獣のように大地を掻いて突き進み、そのまま一気に毒王へと接近していく。
「……ッ」
毒王が驚愕した。
視線をオレの左腕に集中させるも、皮膚や肉が溶けるばかりであった。
こちらの動きを阻害するような被害でもない。
視線がずれたのか、腹が腐って裂けたがやはりどうでもいいことだった。
(いや、ちょうどいいな)
オレは大きく地面を掻いて跳ぶと、反応の遅れた毒王を掴んで押し倒す。
腹の裂け目から腸を引きずり出すと、それで毒王の首を絞め始めた。