第71話 新米貴族は賞金首を狩る
薄暗い洞窟。
血みどろになったオレは、大地を蹴って突進していた。
「ハハハハハハハ、ハハッ!」
大笑いと共に掲げた斧を縦横無尽に振り回す。
怯える連中をすれ違いざまに斬り付けて、胴体を輪切りにした。
もしくは首を刎ね飛ばす。
この戦場は、始まりから一方的な虐殺と化していた。
始末しているのは、この洞窟を根城とする盗賊共である。
オレの行為には正当性があった。
言ってしまえば治安貢献だ。
だから何も問題ない。
木製の仮面越しに、強烈な血と臓腑の臭いが突き抜ける。
むせ返るような濃さで、それらがオレの衝動を刺激してきた。
そしてさらなる殺戮を誘発する。
たまに命中する剣や槍や魔術の痛みすらも、オレを昂揚させるだけだった。
礼として数倍返しの一撃を叩き込むのがむしろ快感になる。
どんな美酒を飲む時よりも素晴らしい瞬間だった。
そうして洞窟の最奥へと突き進んでいくと、革のベストを着た禿げ頭の大男を見つけた。
屈強な体躯で、鍛え上げた筋肉を持つ大男である。
ところが、今は死人のように顔色が悪い。
理由は明白だ。
配下を殺しながら迫るオレに心底から恐怖している。
(確か"鋼鉄"のロブだったか)
オレは手配書に記された情報を思い出す。
人身売買を専門とする盗賊だ。
旅人や商人を攫って売り払う連中で、賞金首としてはそれなりの額だったと思う。
正直、そこに興味はなかった。
オレが重視するのは、殺し合いで如何に楽しませてくれるか。
その一点のみに尽きる。
「畜生が! やってやるよォッ!」
配下を皆殺しにされたロブは、顔を真っ赤にする。
人間の骨でこしらえた棍棒を掲げると、猛然と突き進んできた。
絶望的な状況でやけになったらしい。
全身に帯びた淡い光は身体強化の魔術か。
脳筋に見えて意外と頭も良いようだ。
「来いよクソ野郎」
オレは満面の笑みを浮かべる。
力と力のぶつかり合いは大好物だった。
胸中で膨らむ狂気を隠すことなく斧を振り上げて、横殴りの一撃を無舞う。
人骨の棍棒と斧が衝突する。
刃のめり込んでいく感触。
刹那の拮抗もなく、棍棒が真っ二つに切断された。
斬撃はそのままロブの胴体に割り込んでいく。
身体強化の防壁を叩き割り、革ベストの上半身を斬り飛ばした。
ロブの上半身が高速回転して、洞窟の天井に激突した。
地面を転がって、断面から臓腑がこぼれてくる。
残された下半身は、力を失って崩れ落ちた。
「ったく、物足りねぇな……」
オレは刃の欠けた斧を捨てて嘆息する。
昂りすぎて一撃で始末してしまった。
さすがに後悔してしまう。
手を抜きすぎるのも下らないが、何事も限度があるだろう。
その点、フレッドは理想に近かった。
あれだけの強者とは、そうそう出会えるものではない。
久々に良い体験ができた。
尖った特殊能力を保有するロードレスの王も悪くなかった。
魔術から完全に独立した系統は、その予想外な力が愉快だった。
異能者の中でも最高峰に位置する連中だろう。
オレにしては珍しく一人も殺しておらず、再戦が楽しみである。
洞窟内に保管された盗賊共の財産を漁っていると、入口方面からラトエッダが現れた。
誰も逃がさないように見張らせていたが、戦いの終結を悟ってやってきたらしい。
「満足できたかな」
「消化不良だ。少し弱すぎた」
「手厳しい評価だね。さすがは狂戦士だ」
「黙っとけ」
オレは吐き捨てるように返すと、足元に転がる鉈を拾った。
そしてラトエッダを睨み付ける。
「――それとも、お前が解消させてくれるのか?」
「断らせてもらうよ。私だって命が惜しい。君に挑むほど愚か者ではないよ」
平然と言い放ったラトエッダは、颯爽と来た道を戻り始めた。
その背中を見送ったオレは舌打ちする。
「……よく言うぜ」
かつて自軍の撤退の時間稼ぎで立ちはだかってきたのは、果たしてどこのどいつだったか。
あえて言わないが、あの女も相当な愚か者だろう。