第68話 新米貴族は傭兵ギルドを出る
「まったく、余計な運動をさせやがって……」
オレは悪態を吐きながら傭兵ギルドを出る。
ギルドは半壊していた。
あちこちの窓が割れて、壁も崩れている部分が多い。
端では火の手も上がる始末だった。
今も魔術師が消火活動を進めている最中だ。
口では文句を垂れているオレだが、フレッドとの殺し合いは実に満足のいくものであった。
あの爺は凄まじい暗殺術の使い手だった。
戦闘の最中に姿を消したかと思えば、死角から鋭い一撃を打ち込んでくる。
あれこそが暗殺の神髄と言えよう。
オレすらも惑わせるほどの速度と隠形だった。
おかげで現在は満身創痍である。
片腕が千切れかけて、両脚の骨も砕けまくっていた。
首に穴は開いているし、顔の半分が焼け爛れている。
腹は腐敗して臓腑がはみ出していた。
たぶん毒だろう。
効果が末端まで浸透しているようで、歩きにくくて仕方なかった。
それだけの惨状ながらも気分は悪くない。
むしろ勝利の余韻に浸って清々しいくらいだった。
(あれだけの強者と戦うのは久々だな……)
強者と言えば、ロードレスの五王は異能持ちで、それぞれが一騎当千の強さを誇る連中だ。
一方でフレッドはそういった能力は一切持っていない。
自らの肉体と戦闘技術を極限以上に鍛え上げた末の強さである。
異能持ちも悪くないが、今回みたいな戦いも単純明快で面白い。
オレは足を引きずりながら街の通りを歩いていく。
当然、道行く住人が怪訝そうに眺めてきた。
視線を返せば、彼らは慌てて逃げ去っていく。
その様子に苦笑していると、前方からラトエッダがやってきた。
彼女は立ちはだかるように足を止めて話しかけてくる。
「通報を受けて駆け付けたのだが、何があったのだね」
「知るか。クソ爺が絡んできやがっただけだ」
「フレッドだな。彼は生きているのか?」
「自分の目で確かめてこいよ」
オレは後方の傭兵ギルドを指差す。
ラトエッダはすぐさま向かって室内を覗き込むと、そう時間をかけずに戻ってきた。
「……責任は君が取りたまえ」
「馬鹿言えよ。オレが律儀に責任を取るとでも思ったのか?」
「それを望んでいるのだがね」
ラトエッダが批難めいた目を向けてきた。
もちろん痛くも痒くもない。
今更、悪行を重ねたところで何がどうなるわけでもないのだから。
それにオレは、挑発してきたフレッドを返り討ちにしただけだ。
正当性ならいくらでも主張できるだろう。
強いて言うなら、実力不足だったあいつ自身が悪い。
深々とため息を洩らしたラトエッダは、ふとオレの身体を見始める。
「傷は大丈夫なのかね」
「問題ねぇよ。すぐに治る」
「相変わらずの不死身ぶりだな」
「大したことじゃねぇ。他の連中が死にやすいだけだ」
「……その自信は見習いたいものだね」
オレの返しを聞いたラトエッダは苦笑いするのであった。