第5話 新米貴族は自戒する
腕組みをする子爵は、一瞬だけ窓の外に目を向けた。
その後、彼女は僕を見据えて話を切り出す。
「事情は分かっている。暴走したのだろう?」
「すみません、抑えようとしたのですが……」
「あれは自力で封じ込められる代物ではない。今更、君を責めるつもりはないよ」
子爵は淡々と応じる。
彼女は僕の事情を知っていた。
だから決して追及はしない。
その優しさに感謝すると同時に罪悪感を覚えてしまう。
目を伏せる子爵は、頭に手を当てて唸る。
「私こそ配慮が足りていなかった。昨日の社交界が暴走の原因だろう。君のことを考えていなかった私の責任でもある」
「い、いえ、そんなことは……!」
僕は大いに慌てる。
彼女の責任なんてとんでもない。
子爵はいつもボクを気遣ってくれていた。
社交界での失態は明らかに僕が悪い。
上手く立ち回れなかったのは自覚していた。
周りが何を言おうと、あれは僕の責任である。
昨晩の殺戮もそうだろう。
僕が衝動に屈しなければ、未然に防げた出来事だった。
「彼――レイクの死で街は持ち切りだ。当然、我々のもとにも調査が来るだろう。くれぐれも不審な動きは控えるように。落ち着いていれば、疑われることもあるまい」
「分かりました」
僕は素直に頷く。
これ以上、彼女に迷惑をかけてはいけない。
調査をやり過ごせるようにしなければ。
室内に沈黙に訪れる。
それを破ったのは子爵だった。
「まあ、なんだ。あの男に関しては、前々から鬱陶しく思っていた。個人的な感情で言えば、君に感謝したいくらいだよ」
気休めの冗談だろう。
落ち込む僕を見て、彼女なりに励まそうとしてくれている。
大貴族の子息が惨殺されたのだから、国内全土に少なからず影響が生じる。
実務面だけではない。
彼女の心労は膨大だろう。
静かに思い詰めていると、肩に手が置かれた。
顔を上げると、子爵が僕を見つめている。
子爵は真の通った眼差しで僕に告げた。
「君の面倒を見ると決めた時から、このような事態は予期していた。万が一の策も備えてある。だから安心したまえ」
「あ、ありがとうございます」
僕は震える声で感謝を述べる。
それしか言えなかった。
他にできることなんてない。
さらなる問題を起こさず、ひたすら大人しくする。
それが僕にできる唯一の仕事であった。
(僕は生まれ変わったんだ。ルード・ダガンはもういない)
胸に手を当てながら強く念じる。
意味のない行為だが、心を保てる気がした。
故に僕は指に力を込める。
ルード・ダガン。
かつてあらゆる戦場を蹂躙した一騎当千の"狂戦士"であり、半年前に捨てた僕の本当の名だった。