第45話 新米貴族は空白の半年を知る
僕と子爵は屋敷の階段を下りていく。
途中、使用人の挨拶に困惑しつつ、豪華な玄関を抜けて外へ出た。
そこには豊かな街並みが広がっていた。
石畳で整備されたそこには、閑静な木造建築の家屋が並んでいる。
少し先には噴水のある広場もあった。
辺りは人々が行き交っている。
良い香りが漂ってくるのは、近くに飲食店があるからだろうか。
僕はそれらの光景を前に呆然と立っていた。
「ここは、どこですか?」
「君の知っている村だよ。最初期から発展し続けたのだよ」
「まさか……」
驚きのあまり言葉を失う。
領内の別の街かと思ってしまうほど変わっている。
子爵の言葉が真実なら、あの村がここまで発展したらしい。
「手ぬるいッ! 何たる動きだッ!」
その時、背後から鋭い怒声がした。
僕達の出てきた屋敷の庭にて、杖を持った村長が居並ぶ兵士を叱責している。
戦闘訓練の教官となっているようだ。
僕と目が合うと、慌てて一礼してきた。
他の兵士達にも同じように頭を下げさせる。
僕は曖昧な苦笑で応じるしかなかった。
「信じられないだろうね。しかしこれが真実だ」
「すみません。あまりに違うもので……」
「君の反応も仕方あるまい。それだけの変化が生じているからね」
子爵に促されるままに、僕達は街中を歩き始めた。
特に注目されることがない。
僕が領主であることは周知されていないらしい。
活躍の大きさを考えると、ルードこそが領主だと思われていそうだ。
「この半年でルードはさらに戦線を広げて、ロードレス領の全域に波及させた。争いだらけの地を上書きするほどの戦禍を巻き起こしたのだ」
「相変わらず滅茶苦茶ですね……」
「狂戦士と呼ばれるような男だ。品行方正でいられた方が心配するものだよ」
子爵は皮肉に近い呟きを洩らす。
本人が聞いたら激怒しそうな評価だった。
いや、きっとルードは聞いているだろう。
僕と違って、裏側にいる間も意識が明瞭なのだ。
「各地を練り歩いたルードは、炎王を除く四人の王を打倒した。しかも一騎打ちで勝利してみせた。振り返っても圧巻だったな」
「強力な異能者を相手に、よく死ななかったものです」
「生身で竜を捻り潰すような男が負けると思うかね。私にはとても想像できないな」
「……確かにそうでしたね」
ルード・ダガンは異能者を超える強さを誇る。
度重なる致命傷と荒療治で獲得した再生能力。
闘争に対する飽くなき精神力。
殺戮を望む異常嗜好。
いずれも彼が自力で身に付けたものだ。
まさに戦いのために生まれてきたような男である。
「ルードはなぜ僕に主導権を返したのでしょう」
「領外の事情が少し変わってね。面倒臭がったルードが君に押し付けたのだよ」
「ルードが、ですか?」
予想外の答えに僕は戸惑う。
ルードが面倒臭がったということは、少なくとも戦闘関連ではないのだろう。
暴力での解決が難しい案件で、つまり厄介なことに違いない。
「何が起こったのですか?」
「国王からの召集だ。ロードレス領の運営状況について話を聞きたいらしい」
子爵は苦々しい顔で言った。