第43話 新米貴族は炎王と再会する
前方の人物を目にした僕は硬直した。
冷や汗を噴き出して、思考が止まりかける。
脳裏では、高熱を帯びる炎王の姿が過ぎっていた。
赤くなった大剣もよく憶えている。
僕は無意識のうちに後ずさる。
現実の炎王は、特に殺意を抱えているわけではなかった。
ひどく無愛想な顔は、ただ惰性で僕達を眺めているように見える。
炎王は死んだものかと思っていた。
幻などではないだろう。
意図は不明だが、ルードがわざと生かしたらしい。
少なくない混乱を感じながら、僕はぎこちなく挨拶をする。
「おはよう、ございます」
「ああ」
炎王は短く応じた。
表情にはどこか苦々しさが感じられた。
小さく嘆息した炎王は腕組みを解くと、僕達の前までやってきた。
そして憮然とした様子で発言する。
「言っておくが、俺様が認めるのは兄貴だけだ。お前ではない」
「兄貴……?」
「ルードのことだ。彼はあの狂戦士を慕っている」
子爵が耳打ちをしてきた。
炎王は、ルードのことを兄貴と呼んでいるらしい。
どういった経緯かは不明だが、本人の言い分を聞くにルードを評価しているのだろう。
そして同時に僕を嫌悪しているようだ。
炎王は髪を掻き毟ると、僕達の前を通り過ぎていく。
「兄貴はお前を領主に据え置くつもりらしい。邪魔はしないが協力もしない。よく憶えておけ」
「……分かりました」
僕は俯きがちに呟く。
炎王の主張は正しい。
彼が敗北したのはルードであり僕ではなかった。
立場的には僕の部下のようなものだが、従う義理はないだろう。
強制するだけの発言力だって僕にはなかった。
そのまま炎王は立ち去った。
用件はそれだけだったらしい。
今後の方針を伝えたかったようだ。
廊下を曲がって消えるのを見届けた僕は、そっと肩の力を抜く。
「嫌われていますね」
「安心したまえ。炎王が慕うのは、彼より強い者――ルード・ダガンだけだ。己を超える者の存在がよほど衝撃的だったのだろう」
子爵は愉快そうに言う。
僕が眠っている間に、ルードと炎王の間で何らかのやり取りがあったらしい。
兄貴と呼ぶまで慕うような過程が存在したようだ。
それを思い出して子爵は笑っているらしい。
「あんな態度だが、領地運営にはしっかりと携わっている。忠誠心という点では申し分ない」
「そうなのですか?」
「他の王よりは扱いやすいからね」
子爵は肩をすくめてみせる。
釣られて笑おうとした僕は固まる。
彼女のさりげない発言に、無視できない内容が含まれていたからだ。




