第34話 新米貴族は窮地を転ずる
炎王の大剣が赤熱し始める。
轟々と音を立てて火炎を帯びつつあった。
凄まじい覇気だ。
地面が焼けるような音を伴って、蒸気を噴き上げる。
炎王はその中心で大剣を構えていた。
「なっ……」
「怖がるなよ、雑魚野郎。痛みなんて感じる前に死ぬ」
炎王が吐き捨てるように宣言する。
もはや平和的な会話など望めない状態だった。
完全に僕達を殺すつもりである。
軽蔑の念がこれでもかと言うほどに伝わってくる。
炎王は新人領主に興味を抱いていたが、僕を前にして失望したらしい。
子爵は剣を引き抜くと、刃に魔力を浸透させる。
「まるで蛮族のような所作だな。王とは名ばかりだったか」
「言ってろよ。これがロードレスの常識だ」
炎王は鼻で笑って応じる。
その間も彼の周囲は過熱し続けていた。
熱気のせいで顔を背けたくなるほどである。
これが異能者の頂点――ロードレス領を治める王の一人だった。
僕だけが場違いで、両者の覇気と殺意に怯えながら佇んでいる。
噴き上がる熱気に顔を顰めて、炎王の大剣を注視していた。
(戦いは避けられそうにない。炎王はやる気だ……)
鼓動がうるさい。
強烈な目まいに加えて、指先に痺れが走る。
特殊な術を受けたわけではない。
極度の緊張と焦りによるものだった。
「エリス。君の出番だ」
「わ、分かっています!」
子爵の言いたいことは伝わっている。
この状況で僕が何をすべきかは、痛いほどに理解していた。
震える手を懐に差し込んで、馴染み深い感触を確かめる。
(――やるか。やるしかないのか)
逡巡は一瞬だった。
躊躇っているうちに殺されるわけにはいかない。
何より子爵を危険に晒したくなかった。
僕は幾重にも血の染み込んだ仮面を取り出すと、それを顔の前へと運んだ。
こちらの動きに気付いた炎王が目を見開く。
彼は微かな歓喜とそれを凌駕する怒気を見せた。
「その仮面……替え玉じゃなかったのか。いいぜ、来いよ。どんな能力だろうとぶち殺してやるッ!」
「後悔、しますよ」
「ハハハァ! そいつは良い! お前の力を見せてみろォッ!」
炎王が歯を剥き出しにして咆哮する。
彼はその場から動こうとしない。
一度は萎えた期待が復活したらしい。
僕は半ば無意識のうちに仮面を顔に当てた。
滑るように動いた手が後頭部で革ベルトを留める。
「ぐ、くっ」
刹那、脳内を掻き混ぜられるような不快感に襲われた。
同時に心を沸き立たせる快感が膨張する。
何かが軋むような幻聴に知覚しながら、精神が、裏返った。
途端に肉体が劇的な変容が始まった。
筋肉が盛り上がり、視線も幾分か高くなる。
そして胸中に燻っていたクソッタレな感情も綺麗さっぱりと消え去った。
入れ代わるようにして、はち切れんばかりの衝動が溢れてくる。
己という存在すべてが全能感に満たされていく。
握り締めた拳が喜びに打ち震えていた。
「な、んだ……?」
炎王の野郎が目を見開いて固まっている。
馬鹿みたいな表情で呆けたまま、オレを見つめていた。
例えるなら間抜けな鶏といった感じである。
オレは腰に吊るした剣を手に取ると、堪え切れない笑みを見せびらかす。
「待たせたな。遺言の準備はできたかい?」




