第29話 新米貴族は領主を志す
「しかし、そのような大事な状況で僕に戻った理由は何なのでしょうか」
「私が頼んだのだよ。そろそろエリスに会いたい、とね」
子爵の答えは意外だった。
僕は腑に落ちないものを感じながら訊く。
「なぜですか?」
「領主に任命されたのは君だ。ルード・ダガンではない」
子爵は堂々と述べる。
芯の通った言葉が胸に響く。
「君は相当の覚悟を以てこの地に来た。狂戦士に頼り切りになるのは違うのではないかね」
「し、しかし……」
「戦力的に足手まといであることを憂いているのだろう。なけなしの自信を喪失したのが見える」
「…………」
子爵の指摘を受けた僕は何も話せない。
それが図星だったからだ。
あっけなく村人に負けた挙句、殺されそうになった。
命が惜しいわけではないが、さすがに情けない。
子爵一人なら窮地にすら陥らなかっただろう。
僕という荷物がいた結果、あのようなことになったのだ。
それならば、ルードに任せてしまった方が手っ取り早い。
彼が誰かに敗北することはない。
事実、この短期間でロードレス領を掌握しつつある。
わざわざ僕が出る幕もない。
村長によれば、ルードは僕に期待しているらしいが、きっと勘違いだろう。
嫌味か皮肉を曲解しているだけに違いない。
深い自己嫌悪に呑まれそうになっていると、子爵が僕の頬に触れた。
彼女は左右から挟んで僕の顔を固定し、じっと視線を合わせる。
「大切なのは、覚悟を貫き通す心だ。力不足を恥じることはない。君には君の役割がある」
「そう、なのですか」
「気分を上げたまえ。本当に君が不要なら、ルードも肉体を返還しないだろう」
確かにそれはそうだ。
ルードは僕に対する優しさなんて持ち合わせていない。
いくら禁術で封じ込めているとは言え、彼の精神力なら僕を抑え込めるはずだった。
最近は特に不安定なのだから可能だと思う。
ところがルードは主導権を握った後、こうして元の関係に戻している。
何らかの思惑があるのだろう。
それを知る機会が巡ってくるかは分からないものの、ひとまず安堵する他ない。
対抗策がない以上、見限られないように気を付けなくてはいけなかった。
「すみません。ありがとうございます。僕も、頑張ります」
「うむ、その意気だ。この波乱に満ちた領土を制していこうではないか」
子爵は嬉しそうに頷く。
その時、懐が疼いた。
手を差し込むと、そこには仮面があった。
血がこびり付いた忌々しい鉄仮面だ。
いつの間にか持ち歩いていたらしい。
「……ん?」
僕は仮面を注視する。
何か違和感を覚えたのだ。
少し観察するとその正体に気付いた。
仮面の端に、血の染みを削るようにして小さな文字が刻まれている。
僕は目を凝らして内容を確かめた。
『次はいつ使う?』
間違いなくルードの仕業だ。
僕を揶揄している。
挑発的な文面だが、これに屈するわけにはいかない。
僕は僕の道を進むのだ。
背負った業も捨てずに生きるつもりである。




