第21話 新米貴族は洗礼に喜ぶ
村人達が馬車の向こうで何かを準備している。
目を凝らすと、杖を持っているのが分かった。
そこから山なりに魔術が発射された。
渦巻きながら拡散し、豪雨のように降り注いでくる。
その光景を前にしたラトエッダは腕組みをして感心する。
「魔術の一斉投射とは。まるで軍隊だな」
「これがロードレスの住民ってことだろうさ」
オレは火炎魔術を眺めながら言う。
速度は遅々としているが、範囲がかなり広い。
一つひとつが分裂する性質から考えるに、破壊力より命中率に重点を置いた術だろう。
ただの村人が放ってくるとは思えない規模だ。
本格的な戦場でも使えるような魔術である。
おそらく自前の魔力ではなく、杖による増幅効果に頼っているに違いない。
他の領ではなかなか見られない高性能な魔術武器だ。
さすがはロードレス領といったところだろう。
暴力に次ぐ暴力で紡がれてきた歴史背景の通り、武具も洗練されているらしい。
オレは斧と鉈を弄びながらラトエッダの前へ出ると、魔術の豪雨を睨みながら呟く。
「邪魔だから動くな」
「任せていいのかね?」
「当然だ」
直後、魔術が一帯に炸裂した。
オレは左右の武器を連続で動かして炎の雨を防御する。
攻撃は一瞬ですぐに止んだ。
荒野の大地は焦げて、僅かに生えた草が焼けて黒くなっている。
一方でオレ達は無傷だった。
命中する術は残らず叩き斬ったのだ。
ゆったりと落ちてくる炎の対処なんて、目を閉じたままでもできる。
直撃したところで軽傷未満だったろう。
「クソが。脆いな」
オレは左右の武器を一瞥する。
赤熱した斧と鉈が硬い音を立てて刃が折れた。
無理な使い方をしたオレが悪いものの、こんなにあっさり壊れると苛立ってしまう。
「さすがだな。魔術付与のない武器でここまでやれるのは君くらいだろう」
「下らない世辞はいらねぇよ。それよりさっさと解決方法を言え」
オレは武器を捨てながらラトエッダを睨み付けた。
我ながら皆殺しにする方法でしか解決できない。
ラトエッダの頭脳なら、場の沈静化も図れるはずだ。
彼女には軍師の才もある。
その技能でオレを手こずらせた唯一の存在だった。
嫌味を言わせるために連れてきたのではない。
そろそろ役立ってもらわないと困るのだ。
当のラトエッダは村を指差すと、あっさりと見解を述べた。
「敵の攻撃を無力化しながら前進する。まったく敵わないと悟れば、会話の余地も生まれるだろう」
「ったく、簡単に言いやがるぜ……」
嘆息するオレに対し、ラトエッダはここぞとばかりに囁いてくる。
「あの"狂戦士"ルード・ダガンなら朝飯前かと思ったのだが?」
「ハッ、つくづく頭に来る女だなァ!」
オレは殺意を胸に爆笑すると、地面を蹴って疾走を開始した。
這うような姿勢で村へと駆けていく。
「背後は私に任せたまえ」
「クソ女の助けなんざいらねぇよッ!」
追従するラトエッダを振り切るように加速していく。
途中で石を拾うと、そのまま止まらずに投擲した。
全力で放った石は盾代わりの馬車を粉砕し、驚く村人達の顔を露わにする。
目前まで迫るオレは、連中に向かって吼えた。
「さっさと降伏しやがれ! 狂戦士様のお通りだァッ!」




