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第2話 新米貴族は報復する

 オレは暗い路地を選んで進む。

 見通しの悪い道を選ぶのは、目撃者を出したくないからだ。

 別に始末してもいいが、オレは殺人鬼ではない。

 見境なく襲いかかるのは矜持に反する。


 オレが狙うのはあくまでもレイクだけだった。

 邪魔する奴らはぶっ殺す。

 それ以外はどうでもよかった。


 レイクは相当な酒豪と聞いている。

 この時間帯も飲んでいるのではないだろうか。

 或いは連れ込んだ女と楽しんでいるかもしれない。

 どちらにしても隙だらけには違いなかった。

 オレからすれば好都合である。


 路地裏を進むうちに、肉体が変容を始めた。

 背丈が伸びて筋肉が膨れ上がる。

 貧相な身体が、屈強なものへと切り替わっていった。


 あのチンケな状態は偽りのものに過ぎない。

 これが本来の姿である。


 路地の端に外套が落ちているのを見つけた。

 マントにできそうな大きさのそれを纏う。

 砂埃が舞って少し咳き込んだ。


 少し引っ張っただけで外套は裂ける。

 あまりにも粗末だがこれくらいでいい。

 仮面もつけているので正体を隠すには十分だろう。

 何より薄汚い狂戦士にはぴったりだった。


 闇から闇へと移りながら移動するうちに目的の屋敷が見えてきた。

 醜態を晒した場所だ。

 思い出すだけで気が狂いそうなほどの怒りに襲われる。

 一刻も早くこの感情を発散しなければいけない。


 堂々と接近していくと、巡回する兵士を発見した。

 こんな時間にご苦労なことだ。

 向こうもこちらに気付いたらしく、兵士が誰何の声を飛ばしてくる。


「止まれ。何者だ」


 不審な目を向けられる。

 ただし、兵士の腰は引けていた。

 オレの殺気を感じ取り、本能的に恐怖しているのだろう。


「怯えるなよ。嬉しくなっちまうぜ?」


 言い終えると同時に突進する。

 驚愕する兵士が槍を構えて、咄嗟に刺突を打ってきた。

 穂先を見切ったオレはそれを片手で受け流すと、兵士の胴体に拳をぶち込む。


「ぐあっ!?」


 吹き飛んだ兵士が鉄柵に激突した。

 そのまま赤い泡を噴いて気を失う。

 もう動くことはないだろう。


「ふむ」


 オレは地面に転がった槍を拾うと、軽く回してみた。

 何の変哲もない武器だが、嫌味なクソ貴族を嬲り殺すのには最適である。


 仮面の下で笑うオレは、鉄柵を軽々と跳び越えた。

 手入れされた芝生に着地し、真っ直ぐに屋敷へと進んでいく。

 玄関扉を槍で粉砕して室内へと侵入した。

 そのまま一気に疾走を開始する。


 室内の気配は概ね掴めていた。

 レイクの野郎はおそらく二階にいる。

 たとえ逃げられても追いかけるのは容易だった。


 破壊音を聞いたらしく、すぐに兵士達がやってきた。

 オレは立ちはだかる彼らを次々に殺戮する。


 心臓を貫き、首を刎ね、頭部を潰し、窓から投げ落とす。

 あらゆる方法で排除していった。

 オレの邪魔をするなら容赦はしない。

 逃げ出す臆病者は放っておいた。

 追い回すだけ時間の無駄だろう。


 兵士の中には魔術師もいたが、特に問題にはならなかった。

 奴らの術を躱しながら間合いを詰めるだけだ。

 おまけに欠伸が出るほど動きが遅い。

 接近して槍を叩き込んで仕留めていく。


 過去にオレは、戦場で何百人もの魔術師を仕留めてきた。

 連中の動きは熟知している。

 何をされようと跳ね除けられる自信があった。

 そして、現実として実行している。


「張り合いがねぇな。もっと死ぬ気でかかってこいよ」


 血みどろになった廊下をオレは闊歩する。

 挑発に乗った兵士を串刺しにしつつ、感覚を研ぎ澄ませた。


 逃げようとするレイクの気配の位置が変わっている。

 一階の奥だ。

 怯えが伝わってくる。

 複数の兵士を連れて、屋敷を逃げ出そうとしているようだ。


 もっとも、逃がすつもりはない。

 オレは壁を破壊しながら突き進み、最短距離で屋敷の奥を目指した。

 そしてレイク達の進路上に先回りしてみせる。


「そんなに急いでどこに行くんだ?」


「ひぇあっ!?」


 レイクがぎょっとした顔になった瞬間、尻餅をついた。

 彼は後ずさりながら兵士に怒声を浴びせると、彼らを前に押し出す。

 少しでも俺から離れようとしていた。


 オレは肩をすくめると、血みどろの槍を弄びながら笑う。


「そんなにオレが嫌いかい?」


 突進の経て、一瞬にして護衛の兵士を解体する。

 オレは死体を踏み越えてレイクに歩み寄った。


「ひ、あああ……っ!」


 レイクは震える身体で廊下を這っていた。

 なんとも情けない後ろ姿だ。

 抵抗してくるくらいの気概は見せてほしかった。


 社交界での態度は、まったくの虚勢だったらしい。

 いざという時には弱虫な男である。

 こんな男のせいで社交界で恥を掻いたのだから、失望どころの話ではない。

 怒りが一周して冷静になってしまう。


 オレは逃げようとするレイクの右膝を槍で貫き、床に縫い止めた。

 悲鳴を上げたレイクは血を流しながら喚く。

 ただし槍が深々と刺さっているため、その場からは動けない。


「情けねぇな、おい。大貴族様なんだろう? もっと頑張ってくれよ」


 オレは刺さったままの槍を掻き混ぜるように回した。

 傷口が抉れてレイクの悲鳴がさらに大きくなる。

 流れ出す血が床を染めていく。


 レイクは泣きながら何かを呟いていた。

 顔を寄せて内容を確かめると、どうやら命乞いであることが判明する。

 それを聞いた俺、思わず吹き出してしまった。


「この期に及んで助かると思ってんのか? そいつはめでたい頭だなァ!」


 レイクは想像以上に小物だった。

 ここで嫌味や恨みの一つでも返すなら喜んで応えたものだが、本当に価値がない男である。


 冷める心を自覚していると、廊下の向こうから兵士達が駆け付けてきた。

 レイクの悲鳴を聞き付けてやってきたのだろう。


 オレは槍から手を放すと、雪崩れ込む兵士達を素手で皆殺しにする。

 何も難しいことではない。

 攻撃を残らず躱し、一撃を叩き込むだけだ。

 人体の急所はいくらでもある。

 どこかを突けば致命傷になってくれた。


 三十人ほどを始末したところで、廊下に静けさが戻った。

 増援が途切れたのだ。

 少し離れたところにまだ生き残りはいるが、ここへ来るつもりはないらしい。

 命惜しさに気付かないふりをすると決めたようだ。

 素晴らしい忠誠心だった。


 オレは絶望するレイクを見下ろすと、兵士の死体から剣を奪った。

 レイクの横に屈み、その腕を掴んで持ち上げる。

 彼の血に濡れた手に注目する。

 そこには見覚えのある指輪がはめられていた。


「竜の涙、だったか」


「……え?」


 レイクが涙に濡れた顔で見上げてくる。

 呆けた面であった。

 痛みで馬鹿になったのかもしれない。


 オレは内心をよそに笑みを作ると、クソ野郎に要求する。


「ご自慢の指輪なんだろう? 俺にくれよ」

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