第16話 新米貴族は逆襲する
俺はゆっくりと立ち上がり、仮面の下で笑う。
すぐに肉体が変容を開始した。
軋みながら骨格が逞しくなって、筋肉が膨れ上がって密度を増していく。
さらに力が無限に漲ってきた。
破裂した衝動が狂気となって全身へと浸透する。
脇腹の裂傷も塞がっていた。
オレは何もしていない。
自前の回復力で自然に治ったのである。
かつて"狂戦士"と呼ばれていた頃、オレはいつも傷だらけになって生還していた。
そのたびに大金を払って高度な回復措置を取った。
魔術による再生やポーションの治癒など様々な方法を試してきた。
結果、肉体が傷の治し方を覚えてしまった。
それ以降、致命傷からでも再生できるようになった。
だから斧を食らったくらいで死ぬわけがない。
オレは傷の消えた脇腹を撫でる。
「てめぇ、何者だ……?」
斧使いが鼻血を噴きながらオレを睨む。
激怒しているのは明らかだった。
片目を抉られたというのに、なかなかの気概である。
そのまま斧を振るってきやがった。
ただし、その動きは遅すぎた。
首を薙ぐ軌道の刃を、オレは片手の五指で挟んで食い止める。
「何っ!?」
斧使いが驚愕する。
まさか見切られるとは思わなかったらしい。
慌てて斧を引こうとしているが、それは叶わない。
オレが指で止めているのだから当然だろう。
「そんなに焦るなよ」
オレは斧から指を離しつつ、斧使いの胴体を蹴り飛ばした。
転がった斧使いは身体を丸めて嘔吐する。
落とした斧を掴むその姿は、本気の殺意に彩られていた。
目の前の存在を、侮ってはいけない相手だと認識している。
「うおおおおああああああっ!」
絶叫する斧使いが突進してきた。
大上段からの振り下ろしを、オレは半身になって躱す。
加えて反撃として、首に掌打を叩き込んでやった。
捻じり込むような一撃から、頸椎を粉砕する感触が伝わってくる。
斧使いは仰け反って硬直して、後ろに倒れて絶命した。
首が歪んで、割れた頸椎が皮膚を破って飛び出している。
間違いなく即死だったろう。
オレは死体から斧を奪う。
その柄を握って重さや刃を確かめた。
(悪くない武器だ)
長柄なので間合いも広い。
頑丈そうなので、多少は乱暴に扱っても問題ないだろう。
斧の観察を終えたオレは顔を上げる。
血気盛んな村人共は静まり返っていた。
死んだ仲間とオレを交互に凝視している。
彼らに応戦していた子爵――ラトエッダも固まっていた。
誰もが動きを止めてオレ達に注目している。
視線を集めるオレは、声を張り上げて宣告した。
「かかってこいよ。まとめて相手をしてやる」