第15話 新米貴族は逆転の一手を掴む
(不味い……っ!)
武器を失った僕は、一瞬の判断で馬にしがみ付いた。
棒立ちでは斬り殺されると予感したからだ。
子爵のように鮮やかな反撃ができるほど、僕は武人ではなかった。
しかし、この判断は悪手だったらしい。
「ははっ、しっかり掴まっとけよォ!」
しがみ付いた僕をそのままに、斧使いが馬を走らせた。
あっという間に子爵から離れて、僕だけが孤立してしまう。
さらに脇腹に強烈な衝撃が走った。
食い縛った歯が緩み、喉の奥で息が詰まる。
見れば斧の刃が食い込み、刃と傷口の隙間から血が滲み出ていた。
「舐めんなよ小僧が!」
「うぐっ!?」
激痛のあまり僕は馬から落下した。
勢いよく地面を転がり、全身を打ちながら止まる。
倒れている間にも出血が進み、地面が濡れていくのが分かった。
「エリス!」
「あんたの相手は俺達だぜッ!」
子爵の叫びと他の村人の声がする。
きっと子爵は包囲されたままだった。
僕のもとへ駆け付けたいのだろうが、それができずにいるようだ。
「間抜け野郎め! どこの田舎者か知らねぇが、その弱さでロードレスに来たのが間違いなんだよ!」
霞む視界に人影が映る。
馬から下りた斧使いが、僕のそばまで歩いてきたのだ。
そして、掲げた斧を振り下ろしてきた。
満身創痍の僕は、斬撃を鞄で防いだ。
幸いにも刃は身体に当たらなかったが、鞄が引き裂かされて中身が散乱する。
力尽きた僕は頭を打ちながら再び倒れた。
「お、何だぁ?」
斧使いが僕の荷物を見下ろす。
破れた衣服や書類、保存食の中に手を突っ込むと、怪訝そうに何かを取り上げた。
それは薄汚れた鉄仮面だった。
仮面を眺める斧使いは、嘲るように鼻を鳴らす。
「こいつはお守りかい? 随分と汚ねぇが」
「返し、てくれ……」
僕は血を吐きながら呟く。
すると斧使いは、僕の顔に仮面を押し付けてきた。
鼻が潰れて痛いも、それを無視して力を込めてくる。
一方の手で仮面を固定しながら、彼は斧を振り上げていた。
「ひひっ、いいぜ。大好きな仮面をつけたまま死にやがれ!」
嗜虐的な声がする中、僕は猛烈な吐き気を覚えていた。
四肢が張り詰めて地面を掻き、引き攣った頬が無理やり笑みを作る。
頭の中が掻き混ぜられるような不快感と共に心が震えていた。
死の恐怖とは別の感情が、襲いかかって、くる。
(も、もう駄目だ。違う。そうだ。僕が、裏返って――)
斧が動き出すその直前、片手が動く。
汚い間抜け面を殴り飛ばしつつ、親指で片目を抉り抜いた。
「あぐぁ……ッ!?」
斧使いの悶絶する声が上がる。
それを聞きながら、オレは上体を起こした。
仮面をベルトで固定しつつ、片手に載せた目玉を握り潰す。
「どうした? さっきまでの威勢を見せろよ、クソ野郎」