第13話 新米貴族は洗礼を受ける
ロードレス領を目指して僕と子爵は移動を始めた。
途中から乗合馬車を使って進んでいく。
他の貴族からの妨害も警戒したが、何らかの問題が起こるということもなかった。
それからほどなくしてロードレス領の近くに到着する。
これ以上は馬車が向かうことができない。
御者に拒否されてしまったからだ。
悪名高きロードレス領に入るのは嫌らしい。
仕方がないので以降は徒歩を選んだ。
二人で野営をこなしながら、寂れた街道に沿って進んでいく。
「この先からロードレス領だ。国内最悪の治安を誇る悪所となる。くれぐれも注意したまえ」
「はい、分かりました……」
僕は神妙な面持ちで頷く。
横を歩く子爵は腰の剣に触れていた。
彼女は英雄に比肩するほどに優れた剣士だ。
きっと僕が守られる形になるだろう。
一応は僕も剣を持参しているが、この貧弱な身体では何もできない。
せめて足手まといにならないように気を付けなければ。
やがて街道が消えて灰色の荒野が目立ってきた。
ついにロードレス領に到着したのである。
(薄気味の悪い光景だ)
乾いた風が肌を撫でていく。
死んだ土地、というのが最初の印象だった。
遥か先を望むと、点々と建造物らしきものが見える。
近付けばそれが廃墟であるのが判明した。
焼け落ちた痕跡が多く、白骨死体も多い。
略奪でもあったのだろうか。
そのような光景が延々と繰り返されていた。
「酷いですね。噂通り……いえ、それ以上です」
「闘争に次ぐ闘争で成り立っている場所だからな。いくつもの街が生まれては滅びているのだろう」
そう言って子爵は懐を探る。
彼女が取り出したのは古めかしい地図だった。
所々が破れており、文字も掠れている。
「地図はあるが十年前のものだ。あまり頼れるものではないだろう」
「近年に作成された地図はなかったのですか?」
「悠長に地形を調べられる環境ではないからな。誰もやろうとしない」
子爵の答えはもっともだ。
ロードレス領は地形調査が困難で、そういった行動ができる環境ではない。
領主が不在の完全な無法地帯である。
たちまち殺されかねない場所だった。
さらに言えば、地形が分かったところで誰も得しない。
「地図だけではない。ロードレス領に関するあらゆる情報が不足している。まずは調査から始めていくべきだろう」
「確かにそうですね」
「それと領主になったことは公表しない方がいい」
子爵の忠告に僕は首を傾げる。
「なぜですか?」
「住民達の敵意を煽ることになる。彼らは領主による統治を望んでいない。君のことを嬉々として殺しにかかるだろう」
「なるほど……」
彼女の意見は正しい。
指摘されると僕にも容易に想像がついた。
大前提として、ロードレス領主は望まれていない。
だから三十年も不在――否、暗殺されてきた。
今度は僕の番とならないように考えねばならない。
まずは地盤固めが優先だろう。
領主を名乗るのは、かなり後になる。
それからさらに移動すること暫し。
夕闇の中に廃墟以外の建物が見えてきた。
明かりが設置されており、遠目にも人影が望めた。
僕は目を凝らしながら呟く。
「村がありますね」
「待て。何か嫌な予感がする」
「え?」
僕は足を止める。
隣では子爵が剣を抜いて構えていた。
すると村の人影がこちらを見る。
何か騒いでいるようだった。
そのうち彼らは馬に乗ると、かなりの勢いで接近してくる。
距離が詰まるごとに判明する。
彼らは手にそれぞれ武器を携えていた。
子爵は僕の前に陣取って身構える。
「そら、来たぞ。盛大な歓迎だ」