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第12話 新米貴族は出発する

 一週間後、僕はロードレス領主に任命された。

 これが正式な発表となる。


 貴族達の間で驚きの声は少なかったらしい。

 准伯爵が事前に根回しを行って、不測の事態を防止したのだろう。


 当然、他の貴族達から異論は出なかった。

 問題だらけの領地を欲しがるはずがない。

 むしろ無名の名誉貴族に押し付けられて安堵しているだろう。


 僕がどれだけ生きているか賭けでも行っている頃かもしれない。

 それについては別にどうでもいい。

 僕は僕の仕事をこなすだけだ。

 他のことに気を取られている暇はない。


 整理した荷物の中身を最終確認していると、唸るような声が脳裏で反響した。


(――クソ貴族共が。後で全員ぶち殺してやる)


 僕は我に返って顔を上げる。


「……!?」


 咄嗟に辺りを見回すも、ここは私室だ。

 誰もいないのはよく知っている。


 今の声は間違いなくルードだろう。

 無意識の中で浮上し、僕の思考に反応したようだ。

 精神が裏返ったわけではない。

 兆しとも言えない僅かな声だったが、確かにルードが応じた。


「……不味いな」


 心が不安定になっている証拠だ。

 ルードが抑え切れなくなっている。

 これから利用するつもりだというのに、暴走するのは論外である。


 僕が目指すのは良き領主だ。

 決して力による征服は望んでいない。

 この調子ではいつか破綻してしまう。


 僕は頬を叩いて気を引き締める。


「よし」


 不安は多いものの、やるしかなかった。

 もう決意したのだから、それを揺らがすのは駄目だ。


 自信を持たなくてはならない。

 ここで挫折するために生まれたのではなかった。


 僕は荷物を持って私室を出る。

 使用人達の礼に応じながら外へと向かう。

 敷地を出ようとした時、後ろから僕を呼ぶ声がした。


「エリス」


 足を止めて振り返る。

 そこに立っていたのは子爵だった。

 どうやら僕の見送りに来てくれたらしい。


 多忙だと分かっていたので、昨夜のうちに挨拶は済ませている。

 だからさっさと出ていくつもりだったが、彼女の気遣いは純粋に嬉しかった。


 子爵は目の前まで歩み寄ると、僕の胸に手を当てる。


「私もついていこう」


「……え!?」


 数瞬の間を置いて僕は驚く。

 予想だにしない発言だった。

 見送りだけかと思いきや、まさか同行を希望するなんて。


 当然、そのような話は聞いていない。

 よく見ると子爵は、後ろ手に回した手に荷物を持っていた。

 本当にロードレス領へ赴くつもりらしい。


 子爵は冗談を言う性格ではない。

 彼女は本気なのだ。


 混乱する頭を働かせた僕は、辛うじて疑問を口にする。


「あの、どういうことでしょうか」


「近頃は激務続きだったからね。休暇ついでに君の領地を視察しようと思ったのだよ」


 子爵は微笑を湛えて述べる。

 彼女はその顔のまま詰め寄ってきた。


「もちろん許可してくれるだろうね?」


「いや、それはその……」


「心配せずとも休暇の手配は済ませている。私の仕事には何の支障もない」


 子爵は得意げに語る。

 きっと色々と無理を言って部下に任せているのだろう。

 彼らの悲鳴が聞こえてきそうだった。


 こう見えて子爵は意外と頑固だ。

 こういう時は必ず考えを曲げようとしない。

 僕が説得したところで簡単に論破されるだけだろう。

 不毛な言い争いになってしまう。


 それを悟った僕は胸中でため息を洩らした。

 少しの迷いを切り捨てて、潔く頭を下げる。


「分かりました……よろしくお願いします」


「うむ。こちらこそ期待しているよ」


 頷いた子爵は、良い笑顔で僕の肩を叩くのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の後援者である子爵の覚悟がうかがえる点。 [気になる点] エリスはルードを利用するつもりでいるが、 ルードもまた同じ事を考えているだろうという点。 あるいは、仮に「片方が死ねばもう…
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