第11話 新米貴族は領主の覚悟を決める
僕の言葉を聞いた子爵は少し驚いた顔をした。
まさか即決するとは思わなかったのだろう。
我ながら弱腰で優柔不断な性格をしている。
ましてや今回の領主任命はかなりの大事だった。
きっと僕が決断できないものだと考えたに違いない。
「大丈夫か? 私から反対意見を飛ばすこともできるが」
「問題ありません。やってみせます」
僕はしっかりと頷いて応じる。
子爵の権力があれば、此度の任命を帳消しにすることもできる。
ただ、根回しに資産を投じることになるはずだ。
彼女に少なからず負担を強いてしまう。
それは望ましくない。
だから僕は任命を呑むつもりだった。
かと言って、ランクレイ准伯爵の思惑通りに進ませる気もない。
彼女はとにかく子爵の妨害がしたい。
僕はそれをさらに阻止する。
最も手っ取り早いのは、子爵の支援を受けないことだ。
自力でロードレス領を運営し、彼女の力を借りずに盛り立てていくのである。
かなり危険を伴う行為だが、仮に失敗したところで致命的な損害が生じるわけではない。
無論、失敗するつもりもなかった。
(僕には秘策がある)
決して過信や依存はできないものの、無力な僕はとっておきの手段を持っている。
それは、狂戦士ルード・ダガンの人格だ。
僕の裏に秘めた精神は何よりも悪辣で、ただの一度も敗北を知らない戦神である。
……厳密には半年前に敗北を味わったが、あれは戦いに負けたのではないから違う。
本人も頑なに認めようとはしないだろう。
とにかく、ルードを凌駕する暴力は存在しない。
それは悪名高きロードレス領でも同様だ。
彼の能力を活かせるなら、僕は領主としてやっていけるのではないか。
非常に危険な策だが、子爵の支援に頼らないとなるとこれしかない。
本来、ルードは頼るべき存在ではない。
しかし事情が変わった。
恩人である子爵に迷惑をかけるくらいなら、僕は危険を冒すつもりである。
ルードという毒を制して、己の目的を為す。
自らを律することができなければ、貴族としてやっていくなんて夢のまた夢だろう。
これは未来に向けた試練だ。
また、見方を変えれば好機でもある。
名誉男爵から一気に領主となれるのだ。
僕に出世欲はないが、子爵を支えられるような貴族になりたい。
もしロードレス領が発展すれば、彼女の助けにもなれる。
それこそが恩返しとなるだろう。
色々と予想外ではあるものの、此度の任命は恩返しへの近道と言える。
(准伯爵には感謝しなければいけないな)
彼女とは実際に会ったことはない。
此度の任命について、いずれ挨拶しようと思う。
いち早く情報を伝えてくれた子爵に礼を言うと、僕は部屋を出た。
僕の相当な覚悟が伝わったのか、子爵は引き止めようとしなかった。
おそらくルードの利用を察したのだろう。
きっと心配させているに違いない。
ただ、ここは僕だけで乗り越えるべき局面だ。
早く結果を出して、子爵の不安を払拭するのが一番だろう。
与えられた私室に戻った僕は出発の準備を始める。
今日や明日に向かうわけではないが、いつでも動けるようにしておいた方がいい。
鞄に荷物を押し込んでいると、指先から電流のように疼きが走った。
「……ッ」
荷物の隙間から薄汚れた鉄仮面が覗いている。
鞄の底に入れたままのそれに触れてしまったらしい。
軽く深呼吸をした僕は、衣類を押し込んで仮面を隠す。
ロードレス領では凄惨な暴力が横行している。
僕の内側に潜むルードは期待しているはずだ。
闘争本能が刺激されていると思う。
その狂気を抑えつつ、最大限に利用する。
なんとも困難なやり方だが、僕にはやり遂げるだけの覚悟があった。
正々堂々、立ち向かう所存だ。