第100話 新米貴族は平穏を望む
最終話です。
「やっと終わった……」
謁見の間を出た僕、誰もいない廊下で人知れず呟く。
胸に手を当てて鼓動を確認する。
だんだんと落ち着きを取り戻そうとしていた。
やはり不特定多数に見られる場は緊張してしまう。
以前よりは苦手意識も払拭できたが、得意と言えるほどではなかった。
とりあえず大きな失敗をせずにやり過ごせたのだから十分だろう。
安堵しながら廊下を進んでいると、前方から子爵がやってきた。
彼女は涼やかな調子で話しかけてくる。
「長かったね。退屈だったのではないかな」
「そうですね……ちょっと疲れてしまいました」
「ああいった儀礼はもっと簡略化すべきだと私は思うのだがね。まあ、伝統を重んじるのも大切だが」
子爵が神妙そうに言う。
少し冗談めかしているが、本気でそう思っているのだろう。
彼女なら国王に意見しそうだ。
「内容にも問題はなかったようだね」
「はい。打ち合わせ通りの条件でした」
ランクレイ准伯爵との決闘から数日が経過した。
渦中の人間であった僕は公式の場で国王と相対し、そこでロードレス領から戦力や資材の提供を約束させられた。
損失のように聞こえるが、王国に属するのだから当然の義務だろう。
それに今後は陰ながら国王の援助を受けられるようになった。
様々な方面で意見を通しやすくなり。要望を出せば各種支援を受けられると思う。
見返りとして暗殺組織に加入する羽目になったものの、損益を考えた場合は大きく得をしている気がする。
ロードレスの領地経営に口出しすることはないと言ってもらえたので、僕達の生活が大きく変わることはないだろう。
「他の貴族はさぞ驚いただろうね。君と国王がなぜ親しげなのか探り始めているだろう」
「別に隠すようなことではありませんけどね」
僕が笑って応じていると、子爵が顔を寄せてきた。
何かを見極めるような鋭い眼差しで問いかけてくる。
「ところで今の君はエリスかな」
「――残念だったな、オレだよ」
肩をすくめて言葉を返す。
すると子爵、いやラトエッダは顔を離して感心した。
「以前までのような負荷はないみたいだね」
「狭間がぶっ壊れやがったからな。入れ替わるとかそういう関係じゃなくなった」
オレとエリスは精神が癒着した。
再び一つになったわけではないが、完全な二重人格とは言えない状態になってしまった。
あの決闘で徹底的に殺し合い、破損した互いの精神が合体したのである。
それでだいたい一人分となった。
禁術による精神分離には無理があったので、現在は半端だが本来の形に近い。
安定性も抜群だった。
「体調は平気かね」
「ああ、意外と悪くない。エリスの野郎が勝手に飛び出すのは困るが」
境目が無くなったことで、オレ達は自由に主導権を握れるようになった。
同席している、と言えば分かりやすいか。
オレが行動している間もエリスは眠らず、しっかりと現実を認識できている。
その気になれば会話に口を挟むことだって可能だ。
この状態のことをラトエッダは"厄介なこと"と評したが、あながち間違いではない。
二重人格以上に複雑であり、悪いことではないとは言え、症状としてはより深刻な気がする。
片方が消えるということもなく、互いに受け入れて噛み合ったのだから。
「そういえば、ロードレスの三王はもう帰ったのか?」
「毒王は観光していて、雷王と屍王は他国の侵略に乗り出した。ちなみに事後承諾で国王の許可も取っている」
ラトエッダの話を聞いたオレは苦笑する。
オレ達の決闘で盛り上がっていたのは知っていたが、まさか既に国外へ出ていたとは。
今までロードレス内で活動していたのが嘘のようだ。
場所にこだわらずに暴れまくるオレを見て、連中の考えが変わったのかもしれない。
標的となった他国にとっては災難なことである。
「楽しそうじゃねぇか。こうなったらオレも参加して――」
「君にはやってもらう仕事がたくさんある。戦争に出向く余裕はない。残念だろうが我慢したまえ」
「我慢……はしていませんよ。僕には僕の責務がありますから」
頭を振って答える。
滑らかな反転だった。
以前のようにずれるような違和感がなかった。
「驚いた。流れるように変わるのだね」
「決闘の直後からさらに安定しつつありますね……喜んでいいのか微妙ですが」
「急に人格が切り替わって暴走するより安全だろう。君達の関係性も改善されているのだから」
「そう、なんですかね……」
あの決闘を経て、僕達の仲も改善された気がする。
借り物の力とは言え、ルードと互角以上に渡り合って勝利を掴んだのが大きい。
何度も入れ代わりながら殺し合って、互いの本心も知れて隠し事もなくなった。
決して友人とは言えない関係だが、今までみたいに拒絶するようなことはなくなった。
僕はルードの要素を、ルードは僕の要素を得た。
それが最たる要因なのだと思われる。
僕達自身について考察していると、子爵が肩に手を載せてきた。
「さて、晴れて君も大貴族の一人だ。今後もよろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
僕は頭を下げて、歩き出した彼女についていく。
(子爵に並べる立派な貴族になれた、のかな?)
ふと考える。
きっとまだまだ追いつけていないだろう。
僕達は彼女に借りを作ってばかりだ。
だからこそ、これからも頑張り続ける。
狂戦士だった僕達は、こうして貴族になった。
国内における地位も着々と上がりつつある。
――平和のため、地道に功績を築いていこうじゃないか。
これにて完結です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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