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ポラリス

作者: 雪

2作目です。

最近、卒業論文が終わり、書きました。


「やっと完成だ」


私は一人でロボットの研究をしてきた。

その成果がやっと。


「ハジメマシテ、博士」

「よかった! やっとだよー!」


苦節十数年、めげずに作り続けてきた。

その努力がやっと報われた。


ここは都会から少し離れた郊外。

森の中にある小さな研究所。

ここには、というかこの一帯には私以外の人間は誰もいない。


人間は信用できない。

昔、教授に論文データを盗まれ、教授に対し直談判をしたら、研究会からの永久追放を言い渡された。

そんな失意の中、出会った女性と付き合って、自宅での研究に勤しんだ。

自宅での研究には、研究所で共に研究していた友人も参加してくれた。

研究所で、研究しているよりずっと自由で、快適な空間だった。

研究費の少ない中、数年かけてロボットの研究を行い、当時最新鋭とされた人工知能を搭載し、人間と同程度の重量のロボットを完成させた。

この成果が、ロボット研究の先駆者としてメディアで取り上げられ、少しずつ世間から自分の存在を認められるようになった。

徐々に企業や投資家から研究の援助をもらえるようになった最中、付き合っていた女性にすべての援助金を盗まれた。

そして、共に研究をしてくれていた、信用していた、親友だと思っていた奴にも研究成果を横取りされた。

ここまで人に恵まれない人も稀だが、そんな人生だからこそ、機械との生活の憧れが強くなった。


ほぼ人間と変わらない学習能力を持つ人工知能を作り上げ、名前を「ポラリス」と名付けた。

ポラリスは、人型ではなく、ロボットらしいフォルムにした。

人の姿を見るのなんて、自分だけで十分だ。

ポラリスは、私の家事全般と研究助手のために開発した。

研究者は、基本的に寝食を忘れがちだからね。

でも、ポラリスを完成させるために寝食は忘れていたよ。

まったく生きているうちに完成してよかったよ。


はじめのうちは、調整に時間がかかった。


「博士、タマゴガ黒イデス」

「そりゃ、これだけ強火で焼けばね」


たまごを見事なまでの炭素に変えたり


「博士、洗濯ヲシタノニ服ガ汚レテイマス」

「そりゃ、床を引きずって持ってきたらね」


服をぞうきんのように扱ってみたり


「博士、ナゼカ体ガ動キマセン」

「それだけ水浸しになったらね」


何があったのか分からないがずぶ濡れになっていたり、

人工知能と言えどやはり初めてのことは上手くできないようで、

まるで子どものよう。


何よりポラリスの無機質な電子音で「博士」と呼ばれるのはとても好きだった。

私の足跡をキャタピラーの跡をに書き換える。

いつも私の後ろをついてきてくれるポラリス。

まるでペットのよう。


かと思えば、研究助手になると私の気づかなかったプログラムのミスに気づいたり、

研究に必要なデータを作成してくれたり、先回りして情報収集するその助手ぶり。

まるで熟年夫婦のよう。


半年かけてポラリスは、どんどん学習していった。


「ポラリス!すごい!おいしいよ!

 卵もこんなにきれいに焼けるようになったんだね!」


「ポラリス!すごい!洗濯物をこんなにきれいにしてくれたんだね!

 ほこり一つついてないよ!」


「ポラリス!すごいよ!

 君のメンテナンスの回数が減った!今月は1回で済んでるよ!」


博士は、たくさんすごいと言ってくれた。

すごいって言ってくれると、ポラリスって必ず呼んでくれる。

僕ができると博士は喜んでくれる。

なんでだろう。


「博士、トテモ嬉シソウデスネ。

 今日ハ、口角ガ昨日ヨリ1時間ホド上ガッテイマス」

「嬉しいよ!ポラリスが目に見えて成長しているのを見れるからね!」

「私ノボディハ、何モ変ワッテイマセン」

「そういうところは変わらないね、そこも可愛いよポラリス」

「博士ノ言ウコトハヨク分カリマセン」


落ち葉がたくさん山積みになった。

家の前を博士と片付けていたとき、気になったことを聞いた。


「博士」

「どうしたの? ポラリス」

「ナゼ、僕ノ名前ハ、ポラリスナノデスカ?」

「それはね、もし君がいなくなってもすぐに見つけられるようにその名前をつけたんだ」

「GPSガツイテイル、ダカラ、無意味デハ?」

「あはは、人間は無意味な願掛けをしたりするもんだよ、それにねポラリス」

「何デスカ、博士?」

「ポラリスはね、見つけ方が2つもあるんだ」

「GPS以外ニモ、何カアルノデスカ?」

「違うよ、ポラリスはね柄杓型で表現される北斗七星の7世のうち、柄から一番遠い2世を結んだ線上、柄杓の上側にあって、柄杓の先端からの距離は、先の2世の間隔の約5倍のところにあるんだ。

それとね、W字形で表現されるカシオペヤ座の5星のうち、片側2星の延長線と反対側の2星の延長線の交点と中央の星とを結んだ線上、W字の上側にあって、中央の星からの距離は、先の交点と中央の星との間隔の約5倍のところにあるんだ」

「ソレハ恒星デス。僕ハ、ロボットデス」

「あはは、そうだね。でもそうなんだよ」

「意味ガ分カリマセン」

「そうか、ポラリスにはまだ難しい話だったか。

 でも、もし何かあっても私は絶対にポラリスを見つけるよ」


博士と暮らしたのはあっという間だった。

博士といつもと変わらない日常を送っていた、そんなある日。

知らない人間がたくさん来た。

博士は、とても動揺していた。

動揺する博士に代わって僕が話をした。

悪い人たちが博士のことを酷い目に遭わせていたことを周囲の人が知って、

博士を再び研究業界に返り咲かせようという話だった。

最初は戸惑っていた博士だけど、少しずつ話をするようになっていった。

知らないうちにこの家にはたくさんの人間が来るようになって、

どんどんどんどん知らない物が増えていった。

博士と暮らした家は、どんどん大きく綺麗になっていった。

ロボットがたくさん、仲間が増えた。

どれも人型で僕と同じボディはいなかった。

でも、みんな優しくて僕ができない高いところの作業や

細かい作業を率先してやってくれる。

お話しもしてくれる。


「君ノ名前ハ、ナニ?」

「私の名前はありません。私はType1.1です。

 貴方様をベースに作られたマスプロダクションタイプです」


けれど、博士とお話しする時間。

博士と一緒に休む時間。

博士と洗濯する時間。

博士と料理する時間。

博士とご飯を食べる時間。


どんどん少なくなっていた。


次第に博士を遠くから眺めることが多くなった。

そばにいるロボットが僕ではなくなった。

家に残ることが多くなった。

博士が車に乗る姿を窓越しに見ることが多くなった。

博士を家で見ることが少なくなった。

その代わりに、テレビの奥に映る博士の笑顔を見ることが多くなった。

博士の服を洗うことがなくなった。

その代わりに、博士の綺麗になった服を受け取ることが多くなった。

綺麗な服が沢山だった。

昔、着ていた白衣はタンスの奥で眠っていた。

博士のご飯を作ることがなくなった。

人間が僕の作るものよりおいしそうなご飯をたくさん作って出した。

博士は人間とご飯を食べることが多くなった。

それを遠くから見ているだけだった。


博士、楽しそう。

僕と一緒に過ごしたときと変わらないくらいの笑顔を見せている。

嬉しい。

博士、たくさん笑ってる。

でも、博士。

僕、どうしてか分からないけど、博士お話しがしたいな。

博士に名前呼んでもらいたいな。

博士、博士。

僕の名前を呼んでくれるのは博士だけなんだよ。

人間は、僕のことを「君」とか「おいそこの」とか言うんだ。

Type1.1たちは、僕のこと「貴方様」とか「プロトタイプ様」とか言うんだ。

博士につけてもらったポラリスって名前があるのに。

どうして誰も呼んでくれないんだろう。

博士、もう一度だけで良いからポラリスって呼んでほしいな。

博士、博士。

僕は、博士のことたくさん呼んでるよ。

でも、わがままを言うと博士は困るから、言わないよ。

博士、博士。


ある日、博士の側によくいるType1.7に博士の部屋に来るよう呼ばれた。

なんだろう、博士が僕のことをよんでくれた。

扉を開けてもらい、部屋の中に入る。

もこもこした絨毯は進みづらい。


「博士、プロトタイプ様がいらっしゃいました」

「博士、ドウシタノデスカ?」

「久しぶり、ポラリス」

「ハイ、18年7ヶ月14日ブリデス」

「そっか、そんなに時間がたったんだね

 Type1.7、君は下がっていてくれるかい?」

「はい、博士。承知いたしました。

 御用ができましたら、お声がけ下さい」

「ありがとう」


部屋には、僕と博士だけになった。


「ポラリス」

「何デショウ?」

「ポラリスにね、話さないといけないことがあるんだ」

「何デショウ?」

「私はね、あと2日で死ぬんだ」

「意味ガ分カリマセン、博士ハ元気デス」

「あのね、研究の最中に有害な物質ができちゃってね。

 その物質が今、私の体を侵食しているんだ。

 その抗体を作る努力を5年前くらいからしていたんだけど、

 なかなか完成しなくってね」

「博士、ドウシテ笑ッテイルノデスカ?

 死ヌトイウノハ、怖イコトダト、ココニ来ル人間が、言ッテイマシタ」

「そうだね、死ぬことが怖いから笑うんだよ」

「分カリマセン、博士ノ言ウコトガ分カリマセン」

「ポラリスにはやっぱり難しいか。それじゃあ、こうしよう。

 これから2日間は、2人だけで久しぶりに暮らそう」


博士はそう言うと家からすべての人間とType1.1たちを家から追い出した。

広い家に博士と僕だけになった。


「さて、ポラリス。久しぶりにご飯作ってもらうよ!」

「分カリマシタ」

「洗濯もしてもらうよ!」

「分カリマシタ」

「あとは、お話しをたくさんしよう」

「分カリマシタ」


久しぶりに作った卵焼きは少し焦げてしまった。


「博士、卵ガ少シ焦ゲテシマイマシタ」

「そっか、ポラリスが作るの久しぶりだったからね!

 でも、おいしいよ!明日は、きれいに作れるよう頑張ろう!」


久しぶりにした洗濯は、毛玉ができてしまった。


「博士、毛玉ガデキマシタ」

「そっか、でも大丈夫だよ!

 むしろ毛玉があるくらいが落ち着くよ、ありがとうポラリス」


久しぶりに話した博士は昔と何も変わらなかった。


「ポラリス」

「何デショウ?博士」

「呼んでみただけ」

「博士」

「ん?どうしたのポラリス?」

「博士ノ真似ヲシテミマシタ」

「そっかそっか、ポラリスはそんなこともできるようになってたんだね!

 すごいよ、ポラリス」

「博士、僕ハトテモ嬉シイデス。

 博士シカ、僕ノ名前ヲ呼ンデクレル人ハ、イマセン。

 本当ハ、モット前カラ博士ト、オ話シガ、シタカッタデス」

「ポラリス、寂しい思いをさせちゃってたね。

 ごめんね、ポラリス」

「ダカラ、今日ハ、トテモ嬉シイデス」

「そっかそっか!

 私もね、ポラリスとこんなに話せて嬉しいよ。

 本当にポラリスを完成させてから、

 私は全てがうまくいくようになったよ。

 ポラリスのおかげだよ、ポラリスがいてくれて本当によかったよ」

「僕ハ、何モシテイマセン」

「そんなことないよ、ポラリスがいてくれたから

 私は、もう一度人と関われるようになったんだよ」


博士とたくさんお話しをした。

楽しかった。博士、たくさん笑ってくれた。

僕も嬉しかったけど、僕は人型じゃないから笑えない。

僕は博士に笑ってもらえて嬉しいのに、

僕が笑うことで博士を嬉しい気持ちにできない。

それが悲しかった。


「博士」

「どうしたの、ポラリス?」

「博士ハ、ドウヤッテ見ツケルノデスカ?」

「ん?見つけるってどういうこと?」

「昔、僕ヲ見ツケ方ヲ教エテクレマシタ。

 僕ハ、博士ノ見ツケ方ヲ、知リマセン。

 博士ガ死ンデシマッタラ、僕ハドウヤッテ博士ヲ、

 見ツケレバイイノデスカ?」


いつも笑顔で答えてくれる博士がその質問にだけ答えてくれなかった。

博士は、次の日の動かなくなってしまった。

「死ぬ」ということが僕は理解できていなかった。

博士の体はあるのに、どうして博士は動かないんだろう。

博士の心臓がどうして止まってるんだろう。

体があるのになんで、博士は動かないんだろう。


たくさんの人がまた家に来た。

博士の体はどこかに連れていかれた。

博士は、どこにいってしまったんだろう。

博士は、僕に博士の見つけ方だけは教えてくれなかった。

博士、博士。


僕、博士のこと見つけに行くよ。

博士のいない家はとっても寂しいんだ。

他のロボットがいても、僕には博士がいてくれないと寂しいんだ。

博士、博士。


僕が必ず見つけるから、絶対に待っていてね。

僕は博士の見つけ方が分からないけど、博士のこと大好きだから。

僕、博士を探しに行くね。

博士、博士。


でも、博士も僕のこと見つけてほしい。

だって、博士は僕の見つけ方を知っているから。

僕にはGPSがついているから。

博士、博士。


僕はポラリス。

博士にもう一度名前を呼んでもらうために、探しに行くよ。

博士、どこにいるの?



お読みいただきありがとうございました。

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