第三章 「貨物362号事件 後編」
事件の続き?です。
「大丈夫ですか!大丈夫ですか‼ おーい、こっちに生存者がいるぞ!」
気がつくと俺は運転室に倒れていた。割れた気圧メーター、折れ曲がった運転室の扉、すぐそばには警備隊の人が俺の容態を聞いていた。
「あぁ……あ!列車は、みんなはどうなったんだ!」
「落ち着いてください、近くに救護列車が来ています。起き上がれますか?」
「ああ、」
どこか強く打ったのか、少し体が痛かったが問題は無さそうだ。
「私が肩を組むのでついてきてください。」
意識がもうろうとする中、隊員に言われるがまま、俺は救護列車に乗せられた。
検査を受けた結果、特に異常はないということで救護列車から急いで降り、あまつばめ号の様子を見に行くとそこには…
「なんだ、これは…」
あまつばめ号は先台車が橋からはみ出てぶら下がっていた。奇跡的に車両は一両も落ちていない。
しかし、除煙板は凹み、逆噴射装置は煙があがっていた。貨物列車の方も同様に壊れていた。
「怪我のほうは大丈夫でしたか?」
声を掛けられ振り返ると、そこには警備隊とは少し違う袖に赤いラインの入った制服を着た人が立っていた。
「警備隊?の方ですか⁉みんなは、他のみんなは!」
「心配ありません。今救護列車で手当てしていますので。」
「そうでしたか、どうもありがとうございます。」
「いえいえこちらこそ、大事ならなくてよかったですよ。超大型貨物列車が暴走したのに死者が0名だったなんて、正に奇跡としか言いようがありません。」
「それほどでも……というかあなたは?」
「ああ、申し遅れました私、運輸警備局、司令局長の 多釜 京矢 と申します。」
「司令局長⁉」
それは驚くべきことだった。司令局長というのはシュートネル帝国に本部を置く運輸警備局の顔とも言える存在だ、それがなぜこんなところに…
「近くで用事があったものですから様子を見に来たんですよ。」
多釜局長はニコニコしながら言った。
「は、はあ、そうだったんですか、ご苦労様です。俺はこの車両の運転手の1人の 線上 拓真 です。」
「初めまして拓真さん、早速なのですがあなた方の車両についてです、動輪の損傷、蒸気バルブの破損、モーターの焼き切れ、見ての通り走れる状況ではありません。しかしあなた方はただの学生です。これらを修理する費用など到底出せないでしょう。」
「はい、」
なんだ?いきなり、いや、でも蜜柑のおやっさんならこれくらい直してくれそうな気がする。
「そこで今回の件なのですが、我々運輸警備局がこの車両を修理費を出させていただくのはどうでしょうか、暴走したのは帝国鉄道の車両です。しかもあなた方は被害を最小限に抑えてくださりました。ここは我々からのお礼ということで、」
「本当ですか⁉それなら是非お願いします。」
まあ蜜柑のおやっさんに毎回迷惑をかけるわけにはいかないからな、ここは1つ頼んでおこう。
「では詳しい話はこちらで、」
俺はひときわ重厚感のある帝国鉄道警備隊の車両に乗せられた。この車両にも赤いラインが入っている。
「局長!困りますよ部外者を乗せては、この車両は他の鉄道警備車とは違うんですから。」
注意してきたのは女性の警備隊員だった。同じく赤いラインが袖に入っている。
「ちょっと話をするだけですよ事情聴取も踏まえてね、それに、見られて困るものなんてないんですから。」
「…そうですが……分かりました。でも、この車両が運輸警備局の物というのを忘れないでください。」
女性隊員は少し不機嫌そうに返した。
赤いラインは運輸警備局のトレードマークなのか?
「了解です。では、こちらへどうぞ。」
「あ、はい。」
あの人は気難しそうだが、局長は言葉は堅苦しいが割と優しいところがあるようだ。
「まず、今回の事件ですが脱線した貨物列車は貨物362号、帝国鉄道が運営している大型貨物列車です。あなた方はこれを止めようとしたんですよね?」
「はい、通報はしたんですがこっちで間に合わないと判断してしまって、停車命令を無視したのは反省してます。」
「いえ、勇気ある判断によってたくさんの命が助かったんですから、問題ありませんよ。」
「そういえば貨物列車の運転手はどうしたんですか?走っていた時は必死で気づきませんでしたけど、」
貨物列車には運転手が乗っていなかった。普通は4人以上が乗車しているはずだ。
「運転手はウズイ大橋から5km以上離れた地点で発見されました。命に別状はないのですがまだ意識が戻っていません。警備隊としては走行中に落ちたのだろうと。」
「なるほど、」
変な話だ、運転手が全員落ちるなんて、
「話を戻しますが、あなた方の列車の状態についてです。こちらで損傷状態は確認したのですが少し判断できないところがありまして、変わったブレーキ方式を採用していますね。」
「ああ、高圧逆噴射装置ですか?あれはうちの自慢なんですよ~壊れましたけど……」
「その逆噴射装置なんですが、仕組みが分からないことには負担額が見積れないんですよ。ですからその設計図を見せていただきたいのですが。」
「設計図ですか……」
高圧逆噴射装置はまだあまり知られていない、大手メーカーが試作品をいくつか発表したくらいで製品化はされていないのだ。蜜柑のおやっさんは前先重工の名を掲げる大企業、俺たちが設計した逆噴射装置も、蜜柑のおやっさんがサポートしてくれたからこそ製品化へと話が進んでいるのだ。
いくら帝国鉄道機動隊だからと言って、はいどうぞ、とは言えない。
「駄目ですかね。」
「あれだけはちょっと、企業秘密って言えばいいんですかね?」
「なるほど、では逆噴射装置を抜いた金額を負担させていただきます。」
「すみません……」
「こちらこそ無理を言ってすみません。それではあなた方の車両の届け先なのですが、この先のクーレ村にある前先重工の修理工場でよろしいでしょうか。」
「はい、問題ないです。」
クーレ村か、小規模だが約15ほどの修理工場がある村だ。自家用車を持つ人にとっては重要な修理スポットになっている。他にも世界中に修理スポットが存在している。
「話は以上です。修理工場へは私たちが連絡しておきますので拓真さんは救護列車でクーレ村に向かってください。」
「本当にありがとうございます。」
その後、俺は救護列車でみんなと合流し、クーレ村へと向かった。
ガタガタン ガタガタン……
・クーレ駅
「お待たせしました、クーレ村です。私たちはここまでしか送れませんので、前先重工まではみなさん自身でお願いします。それとみなさんの車両ですが、多釜局長が現場の状況をもう少し調べるとのことだそうで、工場への搬入は明日の朝になるそうです。」
「ありがとうございました。」
俺たちはクーレ駅に到着し、前先重工の修理工場を目指した。
「……………」
みんないろいろあって疲れたんだろう、駅から歩いている間誰一人喋ろうとしない。だがこんな気まずい空気のまま歩くのはごめんだ。俺は大きく声を張り上げた。
「いやー大変だった。だがみんなが無事で本当によかったな!」
「なにがみんなが無事でよかったーよ、あんたがみんなを危険にさらしたんじゃない。」
予想通り佐江美が突っかかってくれた。
「結果的には多くの命を救ったじゃないか、終わりよければ全て良しなんだよ。」
「全て良しって、あんたね…」
「まあまあ、僕も正直怖かったけど人を救ったことに変わりはないんだし。」
「野浮の言う通りだ、助けたことに変わりはない!」
「でも、みっちゃんの列車壊れちゃったじゃない。」
「あれはちゃんと話がついている。多釜局長が負担してくれるってな。」
多釜局長についてはクーレ村に来るまでにみんなに話していた。もちろん高圧逆噴射装置の話もだ。
「その多釜局長なんだけどさ、なんか怪しい気がするんだよね~」
「なんだ?加奈は気に入らないのか?」
「だって運輸警備局のお偉いさんだよ?そんなとこが裁判無しに全額負担なんて、怪しいにも程があるよ。」
「それはそうだが…運輸警備局は世界の鉄道の平和を守る存在だぞ?そんなところの何処を疑おうってんだよ。」
すると斗吉がタブレットを取り出した。
「………多釜 京矢……運輸警備局局長………国際鉄道アカデミー卒業………帝国鉄道機動隊入隊………検挙率85%………」
「ほら見ろ!斗吉だって怪しくないって言ってるぞ?」
「………運輸警備局長就任後……………詳細不明………」
「お前な、俺の味方なのかそうじゃないのかはっきりしろよ。」
まったく、相変わらず考えが読めないやつだ。
「で、でも、その局長さんは私の代わりにお金を払ってくれるって言ってくれたんだよね?」
「『私』の代わりーではなく『私たち』の代わりだ蜜柑。そこを間違えると大変な誤解を生むことになる。」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。」
そういうことにしといてくれ…
「まあ、別に何もされてないんなら問題ないんでしょうけど。」
「当たり前だ。さっ、もうすぐ着くぞ。」
話を強引に切りつつも、俺たちは修理工場に着いた。3、4階ほどの高さにトタンの屋根がかかったこげ茶色の建物は、周りの風景と比べてひと昔前の雰囲気だった。
「ようこそいらっしゃいましたーねー、私はここの工場長の 富田 寛平 っちゅうもんですー。みなさんのことは鉄道機動隊から聞いとりますんで。」
ものすごい癖が強い人だな、その伸ばし音の上げ下げは何とかならんのか。しかもゴーグルにすす汚れたつなぎ、腰に下げた工具の数々……The 工場長!
「今日からよろしくお願いします。って言っても車両の搬入は明日らしいけど。」
「はい、わかっとりますよ。私らは修理するのが仕事ですんで、受けた依頼はしっかりやらしてもらいますー。」
大丈夫なんだろうか、こんな人が工場長で…
「あのー寛平さん、私たちの泊まるところは…」
「あー前先社長のお嬢さん、お久しぶりですー。お部屋なら第2寄宿舎に用意しとりますー。」
「なんだ蜜柑、知り合いだったのか?」
「うん、工場長の人たちとは昔お父さんと会ったことあるから。」
工場長の人たち⁉蜜柑は前先重工にいる他の工場長にも会ったことあるのか⁇
「そ、そうか、まあ顔が広いことはいいことだな…」
「では、案内しますー。」
「はい。」
スタスタスタ…
「私らはーここでたくさんの車両を直しとりますー。貨物車、客車、機関車、鉄道機動隊の装甲車、種類も様々ですー。」
「前先重工は大手メーカーのトップですから、それだけ注文も多いでしょうね。」
「1ヶ月の修理車両数は約3000両ほどですー。帝国にある工場はその倍ですがーねー。」
3000両か、さすがだな~
俺は周りの車両を見渡しながら感心していた。設備も古いながらしっかりと手入れされている。
「使っている機械は古いみたいですが、どうやって手入れを?」
「機械は毎年手作業で手入れしとりますー。確かー50年くらい前からですかねー、私よりも年上ですわー。」
50年って、前先重工ができた時からじゃないか、すごい長持ちだな。
「それじゃあ…」
俺は他にもいろいろ質問し続けた。実際に車両を扱う現場についてもっといろいろ知りたかったからだ。だが案外すぐに寄宿舎についてしまった。
「へ~そうなんですね。なら次は…」
「拓真!もう、工場長さん困ってるじゃない。そのくらいにしときなさいよ。」
「……仕方ない、工場長、ありがとうがざいました。」
「いやいや、こっちも楽しかったですー。また聞きたいことがあったら言うてください。」
「はい!」
癖は強いがいい人だ。ここにいる間はもっといろいろ教えてもらおう。
「着きました。ここがみなさんのお部屋ですー。」
「おお、」
2、寄宿、までしか字がかすれて読めない。みんなも古い見た目に少しうろたえている。だがまあこういうのも時代を感じるので良しとしよう。
「第2寄宿舎まるまる貸し切っとりますんで、ここだけ自由に使ってもらって構いませんー。では今日はもう遅いんで、また明日ー。」
そう言って工場長は歩いて行った。
「よし、今日はいろいろあったし、さっさと飯食って寝るか!」
「そうね、服も汚れちゃったし。」
「ちなみに拓真くん、晩御飯は誰が作るの?」
そういえば朝の運転当番は野浮と蜜柑だったな、ということは午後は俺と斗吉か。
「もちろん、みんなで作るに決まっているだろう?」
「なに言ってんのよ、あんたと斗吉でしょ。」
「くっ、忘れてなかったか、」
「ほら、まずは中に入ろ?」
「野浮!お前も一緒に手伝えよ?昼飯抜きだったんだからな。」
「はいはい、」
俺たちは笑いながら寄宿舎に入った。昼間に脱線事故があったなんて信じられないくらいだ。だが翌日、その脱線事故が恐ろしかったことを、俺たちは改めて思い知ることになるのだった。
途中の局長との会話が少し強引になってしまったかもしれません。