序章 対天使人類救世組織・セヴィア 2
「今日もいい天気だな。そういや、俺ってどれくらい寝てたの?」
二人は展望エレベーターに乗る。
宇宙を突き抜ける勢いで聳え立つセヴィア本拠地、ステリアス・ヘリドの上層に向かっていた。
エレベーターは雲を突き抜け完全に地上が見えなくなり、太陽の日差しが瞳を貫く。
「丸一日寝てた。そのお陰で私も隊長と一緒に怒られることになったわ。だから今度買い物に行く時はしっかりと荷物、預けさせて貰うね」
「う~ん。これは完全に俺が悪いから謝っとくね、ごめんなさい。……で、魔力回復弾を使った事に操作部隊の方は何とケチをつけてきたのでしょう?」
侑咲が怒っているのは魔力回復弾の件だ。アレは製造が困難で無闇な仕様は制限されている。
「べーつに、大した事じゃないわ。一発、脳幹に銃弾お見舞いしたいな。程度よ」
「それ考え得る一番最悪のパターンじゃん。やめてよね」
大真面目な顔で冗談と言わない侑咲だが、これは彼女なりの冗談なのだ。本気と冗談の区別がつかないのは勘弁していただきたい。
まあ、つまりグチグチと言われたのだろう。ギュッと握られている右拳を見て判断できた。
そんな、いつものやりとりをしていると、エレベーターは第一会議室のある階に到着したと音を鳴らす。
二人は目的の階に足を降ろすと無駄にだだっ広い廊下が待ち構えており、それに負けじと隊員もだべっている。この階は第一会議室と第三食堂。それにちょっとした娯楽が設備されているから、沢山の隊員が集まっているのだろう。
二種類の制服が目立つ。
白黒を基調とする制服は戦闘部隊。それに対し、緑と桃色を基調とする制服は医療部隊の隊員だ。
所属する隊は違うが皆仲良く暇を持て余している。
「今日も暇してるな……。仕事しろよ」
「寝過ごそうとしてた奴が何言っているのやら」
「その前に天使を大量に倒してんだから多めに見てよ」
長い、真っ直ぐな廊下を過ぎると次は蛇のようなクネクネとした曲がり角だ。
ここまで来ると滅多にすれ違う人はいない。
「ふう。やっとのんびりできる」
会議室は既に目と鼻の先。
いや、会議室とは名ばかりか。第一部隊での通称は――溜まり場だ。
「片桐茜。魔力数値、体調。共に問題ありません。ご迷惑をおかけし申し訳ございません」
会議室のロックを腕時計をかざして解除し、自動ドアが開く。
すると、そこに居る男女合わせて四人が同時に入り口に目をやった。
「おお、ご苦労さん。指揮官殿の説教はだるかったぞ~。まあ耳にしか通してないけどなっ。ははっ」
真っ先に口を開いたのは、第一部隊隊長・佐野村輝樹。黒髪黒目の何処にでもいるおじさんだった。今日は剃っていないのか薄い髭が生えている。
そして、頭にはサングラスを掛けてソファに寝転がりながら漫画を読んでいる。
「すみません」
まずは、隊長に頭を下げた。
「侑咲は殺したいって言ってましたけどね……」
「そんなストレートに言ってないでしょ」
直ぐにそんな冗談を交える。が、いやいやそこは「冗談に決まってるでしょ」と返してもらわないと怖い。
「侑咲なら言いそうだね。でも茜くんに異常がなくてよかったよ」
次に口を開いたのはテーブルでガールズトークを繰り広げていたであろう一人の少女。クリーム色の長い髪を左の髪を巻き込み後ろで一本に結んでいる。それにより右サイドの髪は鎖骨に触れるくらい垂れて、所謂アシンメトリー状態だ。
そんな彼女の名前は結城未那。とくに役職にはなく、言ってしまえば男女問わず目の保養係だ。
「侑咲だったらべちゃくちゃ言う前に引き金ひいてそうよね」
その少女の言葉に賛同したのは、少女の向かい側に座りガールズトークの相手のおばさん。……ではなくお姉さんだ。
佐野村隊長と同じく黒髪黒目のスラッとした女性。名前は佐野村恵美。そう佐野村隊長の奥さんだ。
隊長は三十代だが奥さんの恵美さんは二十代後半……ではなく、茜たちと同年代の十六歳という設定でこの部隊で最年少らしい。そのくせに副隊長だ。
「私ってどれだけ極悪なイメージなのっ!?」
「ふふふ、ごめんごめん。侑咲もこっち来なよお菓子いっぱい用意してあるよ」
「ほんとっ!?……でも遠慮しとくわ、最近太ってきた様な気がするし……」
手でお腹をさすり少し苦い顔をしている侑咲だが、茜から見てみると太っている様には感じない。
「んな太ってないって上宮~隊長はそれくらいが好みだぞ」
それを口にだして言うか。
侑咲の方をチラリとも見ず漫画を読んでいる佐野村隊長が無神経に言った。
上宮というのは侑咲の名字だ。そんな上宮さんは上を見やり直ぐに目線を下に落とし、大きなため息を吐く。
と、まあこんな感じで会議室に籠もり天使から人類を守る仕事をしているわけだ。
天使が来たらお迎えにあがり、殺す。それだけが仕事なので、それ以外することがない。だから、こうしてだらけているのだ。
そしてもう一人、茜たちが入ってくるのを見たものの、声も掛けずに一瞬で目をそらしゲームに夢中の少年がいる。
侑咲は未那の隣に座り茜はそのコントローラーと格闘している少年の下に向かう。
年齢は茜と同じくらいで、紫紺の髪、瞳、それに紫のイヤリングをしている。
どうやら、レースゲームをしているらしく、コントローラーと一緒に体を傾けるている。
「うわっ!? くっそ、黒甲羅当ててくんな! おいぃぃぃ!」
メチャクチャキレてる。しばくとかも言ってる。
「一位狙えよっ! これ喰らっとけ紫三連発!」
自分は五位だ。そんな彼の名は一条晄。
茜は隣に腰を下ろし画面を眺めるがどうやら最終レースの終盤だったらしくもうレースは終了していた。
「ん?ああ、茜か。体は大丈夫なのか?」
存在に気づき体調を尋ねてくる。
「うん。異常なしって言ったよ。それにしても魔力欠如ってあんなにも……」
案の定話を聞いていなかった晄に対し、ため息交じりに話を続けようとすると警報がなる。
「な、なんだ!?」
「こちら、操作部隊。至急、各個部隊の隊長は最上層に集合してくれ」
何が起こったのか、警報が鳴ったことなど一度もない。何か信じられない様な異常事態が発生したのだろう。
「ちっ。今、面白いとこだってのに」
と口では面倒くさそうに言いつつも、佐野村隊長は指示に従い会議室を飛び出て行った。
それから、一時間は経過しただろうか。佐野村隊長が戻ってくる。
その表情は別段青ざめておらず、わざわざ帰ってきたという事は急を要するわけではなさそうだ。
「宝珠が故障したらしい。もしかすっと、近々やばいのが来るかもしれない……だってさ」
その言葉にこの場にいた一同は驚愕した。
説明しよう宝珠。それは――
「天使が発する魔力を降臨前に察知して、降臨する場所を表示する球体の魔力装置だよ!」
あっ、またアメルか。
「そうだよ~。アメルちゃんだよ! それじゃあ宝珠の説明するね!」
説明を買って出てくれるのはありがたいが、一体何処から出てきてるんだ……?
「宝珠はさっき言った通りの機能で、その指示によって戦闘部隊が現場に向かうんだ!でも、その宝珠が壊れてしまったらどうなると思う?」
天使が降臨する場所がわからない?
「そう! 天使が現れる場所がわからないと戦闘部隊が向かえないんだ。ん? 監視カメラを設置すればいい? 勿論設置してるさ。だけど不思議なことに天使は映像に映らないんだ。だから監視カメラでは代わりにはならない」
天使が降臨したとの通報を受けてからの出動じゃ遅すぎる。
「その間に何人殺されるかわからないからね。最後に修理についてだけど……。その可能性はゼロと思ってもらって構わないよ! アレは人が手を施せる程、安いモノじゃないからね! じゃあ私はこれで、宝珠の故障で戦闘部隊の皆はめんどくさい事になりそう。特に茜くん達は……。バイバイ!」
佐野村隊長の説明に戻る。
「各所の支部には既に宝珠が故障したと連絡がいっている。で、俺ら戦闘部隊はいつ天使が降臨してもいいように、見張りをしろと……」
「めっちゃ面倒くさいじゃん」
晄が嫌そうに頭を掻きながら言った。
「そういう問題じゃないよ。宝珠が壊れたって一大事!」
「未那の言う通り。三年間、セヴィアの装置は一台も故障したことないのよ?それが何の前触れもなく、突然……。しかも宝珠が故障するなんて」
未那と侑咲は戸惑いが隠せないようだ。
そういえば、アメルは言ってなかったが宝珠は人造ったモノじゃない。三年前の人類崩壊後に何故かあった不可思議な魔力装置だ。
人が造ったモノなら操作部隊も騒ぎわしない。正体がわからないモノが壊れたから一大事なのだ。
「それはそれは想像がつかない原因なんでしょうね。……アレ、便利だったのにな~良くわからない構造だったけど」
恵美さんは意外と落ち着いている。人生経験の差というやつか。
「俺達の見張りはいつですか?」
茜は宝珠の事には一切触れずに聞いた。良くも悪くも皆の性格が出ている。
「明日だ。だがお前らは行かなくてもいい」
「え? どうしてですか?」
「お前ら四人。上宮侑咲、結城未那、一条晄は。隊長を片桐茜とし、特殊部隊を編成する事になった」
名前を呼ばれた四人は宝珠が故障した事より驚いた様子だった。