序章 対天使人類救世組織・セヴィア 1
目が覚めるとそこはふかふかなベッドの上だった。
体の重みは重力に従順で低反発のベッドにズッシリとめり込む。指一本動かそうと思っても心地が良すぎて動く気は毛頭ない。
まるで、体とベットが一体化している様な感覚。
眠りについた時間はわからないが、かなり眠ったという満足感はある。
「やばい……この時間最高」
ボーッと真っ白な壁を眺めながら呟き、茜は記憶が途切れる前の事を思い出す。
最後に現れた槍を使う天使。アレは恐らく中位の天使だろう。
そう判断できる理由としては、三つある。
一つ目は、他の天使とは違い服を纏っていた。二つ目は、こちらとの意思疎通。茜と槍使いの天使との間には確実に会話は成立していた。
そして、三つ目。これは決定的だ。
旋転せし裁炎の槍を会得していた。
それで、何とか中位の槍天使を倒し、帰還して侑咲に会った所までは覚えている。
つまり、そこで魔力も体力の尽きたのだろう。
そうこうしていると、室内に個別アナウンスが流れる。
「片桐茜! 早く魔力管理室に来い! 起きてるのはわかってるんだから! ベッドの上でゴロゴロしてるのもバッチリだからね!?」
寝起きの頭にはとてもキツい一撃だった。
頭の内部に直接訴えるような声の主は侑咲。
「ちぇっ。視界共有とかプライベート覗き放題じゃん。……ずっと局部見るっていう新手のセクハラ思いついた……。やってやろかな、マジで」
侑咲の特別な能力により、茜の視界は侑咲に共有される。
だから茜が目を覚ましたことにより眺めていた壁が見え、起床していることがわかったのだ。
「魔力管理室に来いっても、まだ体が動かないっての……」
なので寝たふりをする為、瞼を閉じる。こうすれば、侑咲がこちらの視界を捉えることは不可能だ。
もう少し眠ろうと意識を深い所に落とそうとした時、部屋のドアが自動で開き怒号と共にある人物が侵入してきた。
「二度寝するなぁあああ! 早く魔力管理室に来なさいって言ったでしょ!?」
「うわぁぁっ!?」
赤色の髪で赤の瞳。右サイドで髪を短く結び、黒いニットに赤色の短いスカートを穿いた女の子だ。全面的に赤を推している少女の名は侑咲。
部屋にドカドカと入り込んできた侑咲は布団を剥がし、寝ようとしていた茜をベッドの上から引きずり下ろし、そのまま部屋から引きずり出そうとする。
「ほら、行くわよっ」
「まま、待って。魔力と体力が回復してないからまともに動けないんだよ!」
「は?何言ってんの? これだけ……抵抗、してんのに。……体力がないわけないでしょーがっ!」
侑咲が一気に力を入れマグロの一本釣りのように茜が引き寄せられ、その勢いで廊下の壁に激突する。
「いでっ! ……痛てて。ったく何言ってんだよ……指先一つ動かすことも……ってアレ?」
壁に後頭部を打撃した茜は痛い部分を撫でつつ、自分が普通に動いている事を確認した。
「もしかして、ただただ動くのが億劫ってだけだったのか……?」
指先一つ動かすことがめんどくさいと思っていた、怠惰過ぎる自分に呆れ渋い顔をする。
体は動ける筈なのに脳が拒絶していたのだ。しかし、本来ならそんな事はないのだが、やはり魔力欠如の代償だろう。一種の防衛反応だと思うことにした。
「丸一日寝てたんだから。体力も魔力も満タンでしょ?だったら早く立って、行くわよ」
「う、うん」
向かう場所は魔力管理室。そこは魔力が欠如したり、通常通りに魔力が回復しなくなったりすると立ち寄る、言わば魔力専門の病院みたいな所だ。
二人は真っ白な飾り気のない廊下を歩き、二人で喋りながら手を繋ぎながら歩くこともなく別段、特異なことはせずに目的地へ到着した。
そこでは一通りの体調チェック。
最後に魔力数を数値で表す魔力計に少し魔力を注入して、それで異常がなければ問題なしだ。
「それじゃあよろしく」
魔力管理室担当の白衣を着た女性が魔力計を茜の前に差し出した。茜は魔力計の上に手をかざし、魔力を注入する。
正常な数値だ。
「うん、異常なしだ。この調子で頑張って。ただし、夜更かしは厳禁だよ?」
「は、はい。すみません……」
しっかりと注意を促され、茜は肩を狭める。
「ふう、何もなくてよかった。……てか何でついてきたんだ?」
「隊長命令よ。ありがたく思いなさい」
「何もありがたく思うことされてないんだけど……」
魔力管理室を後にする。
続いて二人が向かうのは第一会議室。そこで茜と侑咲の所属する対天使人類救世組織・セヴィアの第一部隊、集合場所となっている。
二人が会議室へ向かっている間に対天使人類救世組織・セヴィアについて説明しよう。
単刀直入に言うと、人類壊滅と襲ってくる天使を殺して、人類を守る魔術師の集団だ。
「そうなんだよ! でね! セヴィアが何処にあるかって言うとー」
誰だコイツは。
「エクセクラって都市のど真ん中にあるんだ! で、そこを本拠地として各国の首都に支部が設置されてるんだよ! 私はアメル、ちょくちょく出てくるからよろしくね!」
妖精。のような紫色の手の平サイズの女の子。何処にいるのか正体もさっぱりわからない。
「そして、セヴィアは戦闘部隊と医療部隊、操作部隊の三つの部隊からなっていて~」
茜達が所属しているのは現場へ出動する戦闘部隊。
先程の魔力管理室の女性などは医療部隊。主に魔術師の体調を管理しているが、セヴィアが取り扱っている魔力装置などの修理も行っている。
最後に操作部隊。これは指揮官と呼ばれ、各部隊に指示を下したり魔力装置の操作を担当している。
「ああ~! 何でアメルの台詞とっちゃうの! 酷いよ、最低だよ、最悪!」
うるさいな……。服を剥ぎ取って放り出してやろうか。
「聞こえてるからね! アメルを思い通り動かせると思わないで! ぷんぷん!」
アメルと名乗る紫色の妖精みたいな少女は、頬を膨らませ何処かへ行ってしまった。