序章 新生天襲械都エクセクラ 3
宙を浮く魔法陣から巨大化した炎槍の穂先が茜を切り裂き、貫くため襲いかかる。
恐らく擦りでもすれば焼かれて死ぬ、それが数え切れないほど発生し逃げ場を奪う。
「ちょ、これ大丈夫なの!?」
茜の視界を共有している侑咲は光景を見て、思わず心配の声を上げた。その声は鼓膜が破れそうな程耳に響いたが返事はしなかった。
その代わりにただ一言、ポツリと呟く。
「――無尽蔵の太刀」
右手に握っていた剣が光だし、その蒼光が新たな剣となる。茜を我先に焼き払おうとする炎槍はすでに、直接熱さを実感できる距離に迫っている。
「ッ――」
ソレを見向きもせず一振り。炎槍と蒼剣は衝突し爆音を立て消滅。
「剣よ。――冴えろ」
一瞬の隙で炎槍は連続する。それを意思を持った蒼剣が斬り伏せ、茜はその場を微動だにしない。
茜と視界を共有している侑咲は凄まじい攻防を見て、感嘆の声を上げる。
「すごい! ソレっ、そんなに強いんだ!」
「これは耐えられないでしょう」
「よし! 茜、やっちゃいなさいっ!!!」
炎が爆ぜる音がする。光が生まれる音がする。
槍が縦横無尽に移動する音。蒼剣がぶつかる音。
「了解」
剣を握る音がした――。
「最期ですっ」
天使は一層、槍に魔力を回し移動速度を上昇させる。しかし、その額からは血が垂れており、体はもう既に限界に達しているのだろう。
「ハァッーーー!」
目に入る血に構いもせず、魔力を振り絞る。
それは、槍が何本もあるような錯覚に陥る程の速度で、降りかかる炎槍は連続ではなく。
同時。
瞬きの間どころではない。数多の炎槍が逃げ場なく一斉に向かってくるのだ。
「――制裁完了」
空を振動するような強烈な音が鳴り止む。連爆し、誰も居なくなった正面を向き天使は乱れた息を整え、白い閃を描き飛び帰ってきた槍を右手でキャッチする。
一時の静寂が流れ、
「さて、狙撃手はどうしましょう――――ッ!?」
突如、天使を縛るように蒼い光が周りを取り巻いた。
「これはっ!?」
「天魔集いし明星の失堕……なんてね」
その囁く様な声は自分の背後から、胸をひと突きされた様な痛みと共に脳へ伝達された。
「クッ……!」
痛みが走る下を見ると胸から剣が飛び出てるではないか。このままじゃ、死んでしまう。早く傷口を塞がなくては。
「あれ、再生しない……?」
それもそうか、天使といえど核となる心臓を貫かれれば機能は停止するのは免れない。
痛みは強まるどころか徐々に和らいできており、口の中が血の味でいっぱいになって今にも溢れそうだ。
「悪いけど、俺の勝ちだ」
しかし、不思議と痛みはなくなっている。手足の感覚も胸の痛みも意識も殆ど留めていない。
「そのようね……。貴方との力量は互角だと思っていたのだけれど。やはり、奇跡に頼ってはいけないのかしら?」
朦朧とする意識の中で天使は尋ねた。
この問いの真意はわからない。奇跡というのは大天使様のお力というヤツなのだろうか、それとも奇跡にが起こると信じて運に頼ったということか。
「そんなことないさ。俺だって数え切れないくらい助けられた。ただ、奇跡ってのは一発逆転の最強技なのに対価が必要ない卑怯技だ。そんなモノに縋る必要なんて、あんたにはなかったんじゃないのか?」
答える義理はない。ただ、互いに死の瀬戸際で勝負した敬意が半分と何となくが半分。
「それはですね、貴方を殺した所で一時も私から目を離さない狙撃手に射殺されるでしょう。なら最後に奇跡を使ってみようかなと……」
天使は人の形を留めていない。光の靄だ。
「それと、貴方は奇跡に対価は必要ないと言いましたが、間違いです。対価はもう誰しもが払っています。……それは過去、つまり今までの努力ですよ」
刺し殺された天使は星砂となり、数多の星舞う夜空へと溶け込んでいった。
「ん。……ちょっと納得」
茜は天使の跡を意味もなく手で掴む。だが、その光の粉も手を開けば既に消えていた。
「ふう。これで敵は殲滅完了。それじゃ帰還します」
「オーケー。待ってるわね」
そう言うと、茜は雲よりも更に上空へと姿を消した。