序章 無絶 絶望からの救世
見慣れた景色は崩れ去り、目の前には破壊しか残っていなかった。瓦礫は積み上げられ、それと同様に死体が無造作に量産される。その光景を眺め絶望を感じ、打ちひしがれない者はいないだろう。
空は血で塗ったような茜色に染まり白い羽を羽ばたかせる生物が蠢いて、地上では絶望の炎が燃え広がる。
痛みに耐える声や苦しむ声。恐れ戦き凍ったようにその場を動かない者。自分だけは生き残りたいと必死に逃げ惑う者。
その誰も平等に殺して殺して、見えなくなるまで殺し尽くす。
それはまるで、地獄を具現化したような無惨な光景だった。
「人間……発見」
一体の殺戮マシーンは獲物《にんげん》を見つけた。
「ひっ――」
「制裁……します……」
「やだ……やめてッ!」
女性はデコボコになった道を走り出す。
必死に必死に……。瞳から溢れ出る涙は横に流れ、空中に飛び散る。
「死にたくない! まだ生きてッ――」
――一刀――。
殺戮マシーンの振った縦一閃で女性は真っ二つに裂かれ、地面に倒れ込む。
血は噴き出さず、切り口からドロドロと垂れその場が赤く染まった。
「執行……完了……」
殺戮マシーンは一切表情を動かす事なく、その行為を淡々と行った。
「人間の姿……確認不能。次のエリアに向かいます……?」
背中に生えている白い羽を動かし、上空へ飛び立とうとした時、何かが動く音を感知した。
「……人間……確認」
瓦礫の下に埋もれる蒼髪の少年を発見。少年は何とか脱出しようと試みているが重すぎて、身動きが取れない。
頭からは血を流し、両目も潰れて開く事もままならなず、放っておいても自ずと息絶えるだろう。
だが、虫の息だろうが逃すことはしない。必ず殺す事が命令だ。
「制裁、開始」
そう言うと手に持つ剣を振り上げ、振り下ろした。衝撃が少年に向かい、このままでは先ほどの女性と同じ運命を辿る事になる。
「おわっと。やっと抜け出せ――――え?」
瓦礫から抜け出すことに成功はしたが、勢い余って体勢を崩してしまう。
そのお陰と言った方がいいのか。衝撃は青年の中心を避けるが両足を断つ事に成功した。
「ぐあぁぁぁぁぁああああああッ!」
上半身が地面に伏せ、想像を絶する痛みが襲いかかる。断面からはドバドバ血が垂れ、手で押さえようとするが、それで出血が止まる訳もない。
「……失敗。再度制裁を」
剣を振り上げ……。
そこから先のモーションはなかった。それ以降は切り刻まれ血が噴き出し、消滅した。
少年は間一髪助かったのか?足を切断され、悶える少年のもとへ殺戮マシーンを消滅させた誰かが向かう。
「いだいいだいッ! どうなってるんだぁ……!」
「可哀想に……。君は両足を切断されている」
それは余りにも非情な言葉だった。そんな事を言われても信じたくないし認めたくない。
「そんな君と取引したいのだが……いいかな?」
そいつは少年が苦しんでいる間も落ち着いた声で喋る。
「君のそばに落ちている、その。もう使い物にならない足がほしい」
切断された足を指さしそう言った。
「代わりに私の足をあげる。私の足は君たちのより高性能だよ?どうする?」
少年はその言葉を一切聞いていない。痛みの強さに意識を保つ事に精一杯だ。
「聞こえないか。困ったなぁ、丁度よかったのに……。まあいいや、折角助けたのにもったいないからね。君にはとても強い意志を感じる。何とは君の前では言えないけど」
自分の足に手を当て何やら光が発生し、何やら不可解な言葉を喋る。
「☆@:*¥ぐろーありふぇるかさりど。……よし。次は君の番だ」
続いて少年の太もも辺りの切断面に手をかざす。そして、先ほどと同様光が発生し同じ言葉を発する。
「終わったよ。調子はどうかな? 立ってごらんよ」
「え……?」
なんと少年の足が元に戻っている。
「痛みが……ない。どうして?」
「君の足と交換したんだ、私の足と。それでどうかな、違和感はない?」
「交換? ……違和感はないですけど……」
足を交換と言った言葉に違和感を覚えるが足の違和感はない。全力で走ることも可能だろうし、なんなら今までよりずっと動かしやすい。
「これ、どうなってるんですか……? 目が見えなくて」
「ああホントだ気づかなかった。ごめんごめん。何しろ目もさっき交換したばっかりだから」
さっきから何を言っているのかさっぱりわからない。
「でもそうか。目が見えないのは重大な問題だ……。ふむ。よし、こうしよう!」
何か閃いたように誰かは手を叩いた。
「私の目を持っている娘と視界を共有させよう。といっても君は君の視界だけ。共有できるのは彼女だけだけど……」
そういって少年の目に手をかざし、また不可解な言葉を発する。
すると、徐々に少年の瞼が開き始め、蒼色の瞳が世界の景色を見ていく。
「これでいいでしょっ。ありがとね。君にはこの世界を護る義務がある。だから、私の力を十分に行使してみんなを護ってくれ。壊れた世界は天使を駆除したら戻しとくから。より良くね!それじゃ、またいつか」
その声は耳の裏から聞こえたので、咄嗟に後ろを振り向いたが誰の姿も見当たらなかった。
「誰だったんだ……? 世界を護る義務……?」
開いた目が絶望の景色を叩きつける中、僅かな揺らぎもなく見つめ続ける。
「これは……地獄だ」
無意識に涙が垂れる。家族は? 友達は? どうなった。周りを見ても肉片しかない。
「武器を握れ。足を前に出せ。気持ちは揺らがない。一歩後ろは地獄だ」
瓦礫の中から鉄の棒を抜き取り、付け替えた右足を一歩前に出す。この絶望という言葉が余りにも似合いすぎている世界を救うため。
今なら神にでも勝てるとその目が、心臓が言っている。まるで、機械のように敵を殺せと体が動く。
「循環、開始。停滞、試行……完了」
どういう意味かはわからない。ただ、唐突に口が動く。
「接続、基本性能問題なし。魔力構築、完了。術式」
全身が蒼く光り出し、足へと光が集まる。
「実行。詠唱開始」
そして、こう言った――――。
――――救世蒼光ッ!
最後まで読む、又は目を通していただき誠に有難うござます。