螺旋(らせん)日々
前話のあらすじ 無気力、死にたがりな男子高校生が図書館で一人の少女と出会った。
この世界の地理においての高さは、海水面の高さを基準とした標高を海抜という。海水面より高かったら海抜+(プラス)○○m、低かったら海抜−(マイナス)○○mと表記できる。しかし、海水面より低い場合は深度や水深を使うのが一般的だ。
そして深海とは、一般的には水深200mより深い海を指す。がしかし厳密な定義は存在しない。つまり漢字が意味の通り『かなり深い海』の解釈でいいだろう。この地球の海の平均水深は3729mで深海と呼ばれる海面面積は全海面面積の約80%を占める。光合成に必要な太陽光が届かないため、植物性プランクトンが存在できないので、表層とは大きく生態系が異なる。また、高水圧、低水温、暗黒などの過酷な環境条件に適応するため、生物は独自の進化を遂げており、生物は特異な形態、生態を持つものも多数存在する。
〈『※1』
この海の奥深く 君が思うより奥深く
僕はここで生かされているのか
冷たい水 ここではすべてが冷たい
暗い景色 ここではすべてが暗い
重い圧力 ここではすべてが重い
そして 乗ってはいけない流れが存在する
この世界で育ってしまった僕は
成長という名の逃げ道を得てしまった
この耳は音のない世界でも音を聴き逃さず
この鼻はどんなモノの匂いでも逃さず
この眼は光をかろうじて感じれる程度の視力で
この眼はヒトの心を見透かせる
聞きたくない音もある
嗅ぎたくないモノもある
見たくないモノもある
信じたくない真実もある
痛いから僕は逃げることにした
そうさ僕は 醜い深海魚
『※2』〉
※1・・・タイトル不明
※2・・・ここの一行不明
確か続きもあったような・・・・
2章
初夏の眩しい太陽光を浴びながら、家路に着く。市立北図書館から『我が家』と言えるかどうかはわからない団地、『夢香瑞団地』までは、実際徒歩で15分程度の距離だ。団地から学校までが15分。学校から市立北図書館までが10分。市立北図書館から団地までが15分。地図上だと位置関係は、見事な二等辺三角形になる。どうでもいい雑学だ。図書館から団地に着くころにようやく下腹部の痛みは治まり、より深い思考をこなせるようになった。
冷静に振り返ると、図書館で出会った少女と自分の行動は、常軌を逸していたことに気付く。まず自分の行動だが、普通「〈届かないから〉あれ取って下さい」と言われたら、素直にとるよな。なのに何故少女後ろに回り、脇から手を入れ、子供にやるような『たかいたかい』をした?。いつもの自分だったらそんな行動はしないのに…。そして、少女は何故持ち上げている自分[一人称]の股間をを蹴った?。転倒の危険があるに。結果自分は転倒したわけだが…。
いろいろあったので礼については言及しないことにしよう。
考えごとをしながら歩いていると、体感時間が短くなる体質なのか、いつも苦痛のはずの徒歩が楽に感じられた。午後二時半頃に我が家(?)がある夢香瑞団地に着いた。まだ授業中のはずだが、自分はここにいる。形式上は、何も連絡しないで学校を早退したわけだ。C-203の玄関を開け一番最初に目についたことは、固定電話のランプが光っている。留守番電話がある合図だ。いつもなら聞くことはないが、今日は気が向いたので再生してみることにした。
「ピー、一件です。」
機械音声の後に
「こんにちは、真一君の担任の坂本です。今日、何も連絡も無く早退したようなので、理由を聞かせてもらいたくお電話いたしました。本日でしたら七時ごろまで学校にいますので、連絡待っています。」
と、甲高い声が再生された。
担任の何先生か忘れたが、仕事熱心なことで・・・。
理由といわれても・・・自分の中では理由としては十分な理由だが、財布を忘れただけじゃ一般的には通用しないことぐらいはわかる。金の持ち合わせがなければ、教師に借りるとかできるはずだ。ましてや、一般的な高校生が昼食に1500円を超えることなんてまずない。借りた金を返すのも容易なはずだ。なのでこの話は無かったことにしようとの結論に至り、何も言わずにこの留守電を消去した。
さて、家に着いてもやることは特にない。テレビを付けても地上波は、視聴者層のよくわからない、くだらないワイドショーか、再放送のドラマしかやっていない。結局は学校に居ても、家にいても暇なのには変わりないんだ・・・。
鬱陶しい制服を脱ぎ、パンツ一丁になり自分のベッドの上に乗る。冷房を付け忘れたことに気づき、エアコンのリモコンを探す。いつも定位置に置かないせいか、よく見失うは自分だけじゃないはずだ。
枕の下にあったリモコンでエアコンの電源を付け、仰向けに寝転がり一段落ついた。
天井を仰ぎながら、額の上に左手の甲を置いた。これが癖になっているようだ。この度に目障りな痕が見えてくる。なぜ目障りなのか明確な理由はないが、どう見ても切り傷が治癒した痕だ。
形成外科の先生に任したら、こんな痛々しい傷痕にはならなかっただろう。左手の甲に刻まれた、十文字の傷跡は・・・。
親指を下にしたら、ドラキュラも一目散に逃げ出しそうな、きれいな十字架のように見える。手の骨を見たことあるだろうか?手をX線照射装置で撮影すると手首からが指と言えそうな骨でできている。その中指から手首までの骨の甲の部分に3cmぐらいの傷が一本と、その線の中心を89°:91°ぐらいのほとんど直角に交差する、長さ5cmぐらいの傷で左手甲の十文字は構成されている。触れると神経も通っているので、ちゃんと感じる。人体の神秘でもある。
さてこの件はひとまず置いてといて、楽な姿勢を取ったのは、寝るためではなく、考え事をするためである。議題は二つ。一つ目は、担任にどう言い訳するか、二つ目は、あやつのこと。
前者は、捨て置いても然したる問題はないが、後者は、そうはいかない。どうでもいいことと自分でもわかっているのだが、自分の感情がそれさせてくれない。たかが一つの出来事で、自分の脳が支配されているは、腹立たしいことなのかはよくわからない。今まで思考を停止して流れるままに、虚無に、死にたいと思いつつ生きてきたのはずなのに、一つのことに気になってしょうがないという感情は、初めてだ。相手は、年下かもしれないのに。いや、むしろ外見は、年下以外ありえないだろう。そうなると馬鹿馬鹿しい。
「ホントになんなんだろうな・・・。」
独り言をつぶやいた。
ベッドの上で、言葉にするのは恥ずかし過ぎる妄想や憶測を考えているうちに、いつの間にか寝てしまった。起床したころには、夏の太陽でもすでに西に沈んでいるころで、長時間寝たつもりはないが、起きたら頭がすっきりしていたのは、何故だろう。
携帯の時計を見ると18時を示しており、正味3時間は寝ており、昼寝として人の価値観によっては長時間になる時間だった。この日は日が高く、この時間でも容易にキャッチボールができるほどの明るさで、日の朱が心に染みいる色合いだ。もっとも一般論でしかないが。
脳も完全に覚醒したころ、自分の体にある異変を感じた。この感じは人間として良くあることであり、この原因を探ってみることにした。
『今日の昼に財布を忘れたことに気付き音もなく早退して、帰り道の途中で図書館に寄って、特殊な事件を体験し、その後はまっすぐ家に帰り、睡眠。』
「腹減った・・・。」
空腹感だ。そういえば昼食食ってない。
寝起きの重い体を起こし、閉め切っている自分の部屋の引き戸を開け、隣りの部屋である冷房の全く効いてない団地によくあるダイニングキッチンの、冷蔵庫の中を覗いた。別に料理が出来るわけではないので、覗いたって空腹が満たされるわけではない。冷蔵庫に入っていた水出しの麦茶の容器を取り出し、コップを出すのが億劫だったので、容器に口をつけ、直飲みをした。男には良くあること。
本能のまま麦茶を飲んだおかげで、多少胃が膨れて、それに伴い体内で消化活動が再開された。冷房の効いてない夏の室内で大量に水分を取ったので、体中の汗腺から汗が吹き出し、尿意も催した。トイレに入り、放尿しながら『晩飯までどうするか?』を考えている時に、古い団地によくある、鉄の熱で膨張して重い玄関のドアを開く音がした。トイレという個室でも聞こえる耳障りな音だ。
もちろんドアがひとりでに開くことはなく、誰かが開けたわけで、入ってきたのは自分以外のもう一人の住人の初老の男性だ。
「ただいま」
誰もいないかもしれないのに、律儀に挨拶をして、入室してきた彼は、多分法律上、自分の父親であろう人だ。頭髪の比率は白髪のほうが多く、顔には深い皺がいくつもあり、手は異様に大きい50〜60代の男性だ。トイレから出るとダイニングキッチンのテーブルの上に、駅前のスーパーのビニール袋が置いてあった。中には半額のシールが貼ってある弁当2つと30%引きのシールが貼ってある中華クラゲとポテトサラダが入っていた。男性は冷蔵庫を開け、ビール風の『その他雑酒』を一本取り出して、椅子に腰かけ、袋に入っているものをすべて取り出し、テーブルの上に並べた。見るからに栄養バランスの悪そうな夕食で、いかにも半額で安かったからという理由で買ってきたような弁当と惣菜だ。そんな献立でも、弁当を見ただけで、自分の脳が空腹を思い出したようで、胃がキリキリと痛み出した。ビール風『その他雑酒』を飲んで中華クラゲをつまんでいる男性の対角のイスに座り、弁当のビニールを乱暴に破った。
普段なら冷たいおかずは耐えがたい苦痛で、レンジで温めてから食べるのだが、余程空腹だったのか、サバンナに居る実はネコ目のハイエナのように、弁当を貪った。
そんな食いっぷりを見ていた男性が
「お前、行儀悪い。」
と、もう高校生になる自分に注意しているが返事はしない。
空腹ゆえにではなくもともとそうだ。いつからかは、もう忘れたが、この男性と会話しなくなった。この男性だけ例外ではなく、ほとんどの人間と会話しなくなったと言ったほうが、状況は正しく伝わる。
(だから今日の事が気になるのか・・・)
箸を走らせながら、思った。
ものの5分程度で弁当を食べ終え、弁当のゴミを捨てに台所に向かい、捨てた後冷蔵庫に入っている麦茶をコップ1杯飲み、自分の部屋に入った。男性はビール風『その他雑酒』を飲みながら、そんな自分を目で追っていた。
部屋に入るとダイニングキッチンのほうから、テレビの音が聞こえだした。音から察するに、夕方のニュースで6時半ごろに民放各局(一部を除き)がこぞって放送している特集コーナーで、今日のテーマは『激安!大盛りの店』と、よく職業のわからないリポーターがタイトルコールをしていた。
その後、チャンネルをあちこち変えてる音が聞こえたが、どうやら消去法でこの局に決まったようだ。
そんなBGMを背に、自分は退屈を持て余していた。いつもそうだ。今毎日が、生きることが、退屈にしか感じられない。人には『若いからやりたいことが見つかって無い』か『死んでいるようだな』と比喩されそうな状態だが、前者はできれば何もしたくないし、後者は生命活動はしているのでどちらとも当てはまらないと勝手に思う。
「死にたいな・・・」
ベッドで横になりながら、ため息混じりの常套句を吐いていた。
最近身につけたテクニックで、今考えられる最大の暇つぶし方法がある。それは、『何も考えない』ことだ。
目を開けてはいるが眼球に映っている景色は脳内に通さず、思考を完全に停止して、随意運動を抑え、できるだけ不随意運動のみをしいてる状態に持って行く高等テクニックだ。さながら、禅寺で修行している僧が住職に「心を無にしなさい」と言われる『無』の状態に近いかもしれない。
こうでもしなければ、本当に消えていただろう。この『何も考えない』という行為は、潰れないように、消えないように本能が取った『逃げ』なのだと気付いたのは数か月後のことだった。
いつの間にか寝てしまい目覚めたのは朝だった。朝日がカーテンの下の隙間から差し込み、それだけでも体内時計が目覚めの時間を示していた。うるさい目覚まし時計も鳴り出し、半目でふらつく足を引きずり台所に行くと誰もいないが、温かい粗末な朝食が置いてあった。黄身がつぶれたハムエッグ、付け合わせにはラッキョウ、そしてごはん、汁物は毎度のことながら無い。まあ「朝は食欲がないからこんなもんでも十分だ」と体内はおっしゃっている。
テレビを付けると芸能情報ばっかりの朝の情報番組がやっている。韓国のスターが来日?知らないしどうでもいい。この情報を求めてる人はいるのだろうか?
だらだら朝食を食べていると時計の針は8時過ぎを指し、制服を着て家を出た。徒歩で起伏の激しい道を進む。
ほ ら、 ま た、同 じ 毎 日 の 繰 り 返 し だ。
それから1週間ちょっと経ち、気象庁は正式にこの地域の梅雨明けを発表し、学校の夏休みまであと1週間半に迫った木曜日。少し前に出会った女のことなんかとっくに忘れていた時のことである。学校からの帰宅中に、いつも読んでいる週間のマンガ雑誌の発売日なので、通学路を少しはずれた大学のキャンパスに面している交差点のコンビニ『ko大学前店』に立ち読みを目的に向かった。
この大学のキャンパスは山の中にあり、付属高校も同じく山の中にある。蚊が多そうだ。
コンビニで立ち読みを終え、店を後にし、交差点の信号で待っていると背中を突かれた。後ろを振り返ると肩越しに少女の顔が見えた。
「お〜お、やっぱりキミだったか。」
見覚えのうっすらある幼い顔、顔の割には低めのテンションの高い声、あっ股間蹴ったやつだ。
突然の再会、思いもよらぬ場所での再会に自分の体が固まるのがわかった。『鳩が豆鉄砲を食らったよう』という慣用句があるがまさに今の自分の状況を言うんだろう。しかし、少女はお構いなしに
「今度の日曜の11時にここ集合ね。頼んだよ。あっ信号が青だ、じゃあねえぇ。」
少女は高速で去って行った。
少女にいろいろ聞きたいことがあったはずだった。でもとっさに出てこなかった。こんな再会を想定していなかったせいで固まってしまっていた。チャンスを逃した自分に憤りを感じていた。
(あれ?そう言えばあいつなんか言ってなかったか?)
頭が混乱していたせいか思い出せず、自分の進行方向の信号は点滅をしていた。
読んでもらいありがとうございました。ぜひ次話も読んでいただけたら幸いです。ブログ→http://ameblo.jp/eropez/