ゲームセンター【宴/木下亜子編】
夏のホラー2018投稿作品、第二弾です。
視点が途中で変わる部分がありますm(__)m
単独でお楽しみ頂けますが、第一弾の〈ゲームセンター【ピエロ/仲堂優花編】〉を読んだ後の方が、より一層、お楽しみ頂けると思います。
あたしは昔から、幼馴染みというだけで親友面してくるあの女、仲堂優花が心底大嫌いだった。
憎んでた。
目の前から消えて欲しいって、ずっと願ってた。
だってあの女は、あたしから一番を取っただけじゃなく、いつも邪魔ばかりしてくるから。嫌って、何が悪いの。あたしはこれっぽっちも悪くないわ。
あの女に会うまでは、あたしがずっと一番だった。
容姿もかなり良い方だし。にっこりと笑えば、大概皆信じてくれる。親もね。あたしが嘘吐くなんて、端から思ってもいない。欲しい物もおねだりしたら買ってくれるし、男の子たちもあたしをたててくれた。なのに、あの女はいつも邪魔ばかりしてくる。
「ぶつかったのは、亜子の方だよね」
「小学生なんだから、そんな高価な物を持ってどうするの?」
「黒木君とお絵描きのペア組んでるの、美代ちゃんだよね。美代ちゃん待ってるよ。皆も早く描かないと、時間無くなっちゃうよ」
ってね。
少し美人なのをひけらかせて言ってくるんだよ。ほんと腹立つ。あたしから見たら、平凡な顔してるのに。勉強も出来るからって、生徒会に入ってるし。生徒会に入ってるせいで、大人や他の生徒から受けがいい。あたしが生徒会に入ったら、当然、皆はあたしを見てくれるよね。結局、面倒だから入んなかったけど。それに、あたし優しいから、あの女の居場所盗ったら可哀想でしょ。
何度も言うけど、あたしは仲堂優花が大嫌いだった。
そんな優花に彼氏が出来た。大学を卒業したら婚約するらしい。
ばっかじゃないの! 大学出て婚約ってさぁ、どこの時代だよ。そう思ってたんだけど、相手は地主のボンボン。ても、お金もあるし容姿もカッコイイ。あの女には勿体ないよね。あたしの側に居るべきでしょ。だからね、盗る事にしたの。だって、あたしが一番なんたから。それに、あの憎い女の絶望する顔が見たいしね。
だけどあの女は平然としていた。
泣き叫ぶ顔が見たかったのに、拍子抜けしちゃった。でもまぁ……あれから大学来てないところをみると、かなりのショックを受けたみたいね。ほんと、いい気味。ざまぁみろ。
ーー最後に勝つのはあたしなんだから。
あたしはこの時、心底そう思ってた。
あの女が居なくなって一か月が経ったある日、啓司君が別荘に行かないかと誘った。別荘近くに新しく出来た、遊園地のプレミアムチケットを見せながら。
(遊園地ね……。遊園地なんて全然興味ないけど、あたしをアピールするには調度いい場所よね。お化け屋敷があれば、可愛い子アピール出来るかも)
「ありがとう。啓司君」
心の中でそんな風に思ってても、儚げに笑みを作ればコロリと騙される。ほんと、男って馬鹿な生き物よね。
「頑張ってる亜子のご褒美だ。楽しもうな」
気付いてない啓司は優しい目で囁く。
そんな彼に、甘えるように少し体を密着するだけで、啓司は蕩けるような笑みを浮かべる。
(ほんと、馬鹿な男よね。私があんたのために頑張ってるって、本気で思ってるの? まぁでもそこが、可愛いんだけどね。……可哀想な、優花。代わりに私が楽しんで来てあげるわ)
本当に啓司が信じているような女性なら、まずは絶対しないだろう狡猾な笑みを浮かべる。しかし、残念な事に啓司の位置からは見えなかった。
もし見えていれば……少しは変わっていただろうか……。
金曜の午後の講義がまるまる休みになったので、大学からそのまま啓司の別荘に行く事にした。
「お待ちしておりました。啓司様、木下様」
出迎えたのは、二十代後半の若い男性だった。それも、かなり容姿が良い男性だ。啓司よりも見映えは良い。それに低過ぎないその声は、艶があって、一瞬であたしを魅了した。
「見掛けない顔だな」
「はい。お初にお目に掛かります、啓司様。中山と申します。この別荘を管理していた田口が病気のため、急遽、私が代わりを担当させて頂きます」
「そうか。三日程だが、宜しく頼む」
「はい」
「それから、紹介がまだだったな、大学卒業後、婚約する予定の木下亜子だ」
「……承っております」
(その間は何なの!?)
腹が立ったが、勿論顔には一切出さない。啓司君のお父さんやお母さんに告げ口されたら嫌だしね。あの女を蹴落としたのに、こんなところでミスなんて出来る訳ないじゃない。
「……啓司君。少し疲れたから、休んでもいい?」
少し悲しそうな顔をして、啓司の腕を軽く引っ張りながら甘える。すると啓司は、中山を睨むと無言のまま、あたしを部屋に連れて行ってくれた。
(どうやって、中山さんを落とそうかな……)
啓司に寄り添いながら、新しい獲物に心の中で舌なめずりしていた。
「中々、強烈な方ですよね、彼女は……」
戻って来た男は、率直な意見を述べる。
でも、その声に疲れた様子は微塵も感じない。それどころか、反対に、もの凄く楽しそうに見えるのは、私だけかな……?
「実際、楽しいですからね」
相変わらず、人の考えを勝手に読む男だ。
彼は艶のある顔でにっこりと微笑む。普通の人間なら、この笑みを見ただけで、虜になる程の色気だ。
しかし、免疫のある私には一切効かなかった。この男の正体と本性を知っているからか。まぁ、それはどうでもいいんだけど。
「酷いですね」
何故か嬉しそうに、男がポツリと呟く。当然、無視だ。
(それにしても、やっぱり楽しいんだ……。まぁそうだよね。ある意味、偏った自己愛の激しい人間を料理するんだから。調理しがいがあるよね。差し詰め、珍しい高級食材を手に入れたコックの気分ってとこかな? 私には悪食に見えるけどね)
「……灰汁が強い食材は美味ですからね」
うん。そのままの意味だわ。彼らにとって、人間は餌だ。だけど、山菜と一緒にするなと私は内心毒づく。
そんな風に毒づける私は、僅か一か月足らずで、人としての大切なモノを無くしたのだと悟った。
次の日。
あたしと啓司は昼前に遊園地に到着した。
土曜日だからか、結構な賑わいだ、やっぱり、親子連れかアベックが多い。
乗り物を幾つか乗ってから、あたしと啓司はお化け屋敷にやって来た。
お化け屋敷の前に、スタッフの帽子を目深に被っている若い女性が立っていた。紙を二枚手渡される。
「こんにちは。お越し頂きありがとうございます」
何処かで聞いた事のある声だ。まぁ、いいか。それよりも。
「……体験型のお化け屋敷なんだぁ~。怖いよ、啓司君」
怖がる振りをして、左腕に体を密着させる。
「大丈夫。俺がついてる」
怖がるあたしを安心させるように、啓司は微笑む。
(男って、惚れた女に良いところを見せたがるんだよね~~)
「うん。啓司君が一緒なら怖くない。何処に行っても安心だよ」
「……ほんとに?」
「うん!」
「じゃ、入ろうか?」
啓司はあたしの答えに満足気に微笑むと促す。
そしてあたしは、促されるままにお化け屋敷に入った。
結構、細かい場所まで正確に再現している。入口は校門だったし。靴箱もちゃんと置かれている。白い上履きもあった。
今流行りの体験型のお化け屋敷。人が演じるパターンの新型アトラクションだ。
舞台は夜の小学校。勿論コンクリートではなく、木造だ。
設定は、体験者の妹が学校に忘れ物を取りに行ったきり帰って来ない。それを心配した姉か兄が、妹を探しに夜の学校に赴く。そこに出没する怪異な現象に負けずに、妹を救出するというのが、このお化け屋敷のメインストーリーだ。
ストーリーと一緒に、一枚の紙が手渡されている。
その紙には、その小学校にまつわる七不思議と、小学校の簡単な見取り図が書かれていた。
「……まずは、妹のクラスに行かないとな」
「うん……」
(まぁ、そこからよね)
「大丈夫。怖くないから。亜子は俺が守る」
「ありがとう、啓司君」
(お化け屋敷に入ったくらいで、何が守るよ。ほんと、笑える)
お化け屋敷内は、薄暗く、隣にいる啓司の顔がどうにか認識出来る程の暗さだ。廊下の電球が伐れ切れ掛かっているのか、チカチカとしている。凝った演出だ。前の組と時間をあけてからの出発だったせいか、悲鳴も聞こえてこない。本当に、夜の校舎に来た感覚が味わえる。
地図によると、妹の教室は四階の4ーB。
薄暗い校内を歩き、妹の教室までやって来た。恐る恐る啓司はドアを開ける。中には誰もいなかった。懐中電灯で室内を照らす。真ん中の席の椅子だけが、後ろに引かれていた。そこが、妹の席か。
啓司と一緒に教室に入り、妹の席に近付く。鉄分の臭いがやたら鼻に衝く。不快な臭いに、二人は顔を歪める。これも凝った演出だと思っていた。
妹の席に近付いた瞬間、突然、さっきまで開いていた筈のドアが派手な音をたて閉まった。同時に、二人の体がビクッと強張る。
「……吃驚した……」
「ああ。中々の演出だな」
閉まったドアに視線を向けたまま呟く。
あたしの手が妹の机に触れた。ぬめっとした何かが、手にべっとりと付いた。生温かい何かが……。
「何これ……?」
薄暗くて、手に何が付いているのか、はっきりと見えない。隣にいた啓司が、持っていた懐中電灯であたしの手を照らした。
「…………えっ、赤い……もしかして、本物の血……嫌ーーーーーーーー!!!!」
悲鳴を上げた瞬間、教室の電気が点いた。
照らし出される教室。
妹の机の周囲には、血溜まりが出来ていた。机にも。床にも。椅子の上にも。当然、啓司とあたしの服や靴にも血が付いていた。
「落ち着け!! 亜子! これは皆作り物だ!!」
落ち着かせようと、啓司は亜子の上腕を両手で掴み、自分の方を向かせた。徐々に焦点が戻る。
「…………そうよね。お化け屋敷にいるんだよね。リアル過ぎて、一瞬、本物だと思っちゃった」
「ああ。凝ってるな。……服が汚れてしまったな」
「ほんと。この服、啓司君が選んでくれて気に入ってたのに……」
「服なら、幾らでも選んでやる。にしても、これはやり過ぎだろ」
「早く出ようよ。もう、こんな場所いたくないよ~~」
「ああ」
啓司はそう答えると、あたしの手を取った。その力強さにあたしは安心する。肩の力が抜けた時だった。
【一度入ったら、逃げられませんよ。……宴は始まったばかりなんですから。私たちをもっと楽しませて……】
スピーカーから若い女性の声がした。
「……嘘でしょ。途中で抜け出せないって事?」
「そんなアトラクションがあるか!?」
「普通、ないよね」
「取り合えず、入口まで行こう」
「うん、分かった。啓司君頼りになるね」
(服と靴、弁償してもらわないとね。高かったんだから)
この時まで、あたしはここがいき過ぎてるけど、人が造ったアトラクションだと思っていた。
一階まで降りて来たあたしと啓司は、入って来た入口から出ようとした。
直ぐ前には係員が立っている。
まだ昼過ぎだから、外は明るい。行き交う人たちの楽しそうなはしゃぎ声が聞こえる。
ーーなのに。
出られない。見えない壁が邪魔で出られない。
(何で。何で。何で。何で。何で。何で。何で。何で。何で。何で。何でーーーーーー)
「出してよ!! 聞こえてるんでしょ!!!! ここから出して!!!!!!」
「おい!! 聞こえているんだろ!! 早く出せ!!!! さもないと、訴えるぞ!!!!!!」
見えない壁を必死で叩きながら、あたしと啓司は半狂乱になりながら怒鳴る。
「……そんなに大声で怒鳴らなくても聞こえてますよ。お客様」
係員が答える。帽子を目深に被って目線を下げているので、見えるのは口元だけだ。その口元が、愉快そうに上がっている。その声に聞き覚えがあった。
「さっきの放送の人ね!! ほんと、悪趣味!!!! 早くここから出さないと、クビにするわよ!!!!」
「そうだ!! 客を不愉快にする係員は最低だな!! 今すぐ、俺たちをここから出せ!! さもないと、本当にクビにするぞ!!」
恫喝する二人を嘲笑うかのように、係員は答える。
「クビですか……されたいんですけどね」
「はぁ!? 何言ってんの!? 頭おかしいんじゃない?」
見下した目で、あたしは係員を睨み付ける。
「フフフ」
係員はおかしそうに笑う。
「何がおかしいのよ!! このキチガイ女!!」
「キチガイ女ね……。随分口が悪いお客様だこと。クスッ。普段している、可愛らしい仮面が外れてますよ。亜子」
(……亜子?)
確かに今、この女はあたしの名前を呼んだ。
(何で知ってるの!? それにこの話し方……まるで……)
「今回の宴は、頑張ってる私のために皆さんが用意して下さったもの。心行くまで楽しんで下さいね。亜子」
ゆっくりと、係員の女が顔を上げる。
その顔は、あたしが最も憎んでいる女だったーー。
「お話はここまで。皆さん、舌なめずりをしながら待ってますよ。ほら」
楽しそうにそう告げると、係員はにっこりと微笑みながらあたしの後ろを指差す。
恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、あたしに向かって伸びる無数の白い手があった。
恐怖で硬直しながらも、必死で隣にいる啓司にすがろうとした。そんなあたしを、啓司はスッと避ける。空を切る手。
「…………えっ………どうして…………?」
呆然と呟くあたしを、啓司は愉快そうに微笑んで見ていた。
「……亜子。因果応報って言葉知ってる?」
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
少しでもヒンヤリして頂けたら、とても嬉しいです("⌒∇⌒")
九日までに、啓司編を投稿したいと思っています。