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影法師

作者: 志桜浬

 -叶いっこない。

 俺たちの出会いは、突然だった。

 ずっと孤独で、それを埋めてくれていたのが人間だったから、俺は人間が大好きなんだ。

 でも、この出会いは気持ちを埋めるどころか、心の奥底を少しづつ、削るように、また穿つようにキリキリと痛むものとなった。

「出会わなければきっと……」


 私は、この山間部の街で暮らしている。小さい頃から〝神隠し〟の話が民話として残っているからか、妖怪がいると信じている人が多いらしい。

 実際、母は「ただの民話でしょう?おばあちゃんの言う事なんて信じなくたっていいからね」というので全くと言っていいほど信じていなかった。

 -あの人が忽然と、姿を消す前は。



「傘、忘れて来ちゃったな……」

 ただ、錆びてバス停とわかるレベルのバス停だ。雨を防ぐようなものなどどこにもあるはずがない。

「傘、ないの?」

「うわぁぁあ‼」

「ち、違うよ!怪しい者じゃない!って言っても、女の子に突然声をかけた時点でとっても怪しい者なんだけど」

「変なの。怪しい人は自分で怪しい人なんて言いませんよ」

 でもちょっと不思議な人だなって思った。傘を持っているのにささずに、ずぶ濡れなんて。

「使って。俺はいいから」

「ダメです。貸していただいくのにそれはできません!」

 私は強く反対し、傘を開くと半分傘を貸してくれた男の人に差し出した。

「こんな怪しいお兄さんを気遣ってくれるなんて君はとっても優しい子なんだね」

「そういうの気分悪いんで」

「はは。参ったなぁ……ほらバスが来た」

 水飛沫を飛ばしながら、オレンジ色のライトが向かってくる。この光景に既視感を覚えて思い出すと、さながら某となりのなんとやらに見えなくないので、プッと吹き出すのを堪えていた。

 バスの扉が開くと、二百円を料金箱に放り込んだ。

 チャラチャラと小銭の落ちるいう音が、今日はその音が多いことに違和感を感じてしまう。

 利用者数が極端に少ないバスで、まだ某猫バスの方が綺麗なのではという状態のおんぼろバスだ。

「どこまで行くんですか?山から離れたところの街ですか?」

「うんん。E町まで」

「降りるところ一緒じゃないですか」

 今まで1回も、この人と帰りのバスが一緒になったことは一度もない。つい最近越して来たのだろうか。

「あはは、そうなんだ」

 どこか笑いに含んでいるところがあるのではと疑ってしまう。

「E町なんか何にもないところなのに、物好きな人ですね」

「君も言うなぁ。俺は好きだなぁ、みんな優しくて。暖かい集落だと思うよ」

「そうですけど…」

「雨強くなって来たね」

 バスのワイパーが激しく動き、バチバチと雨が音を立ててバスを打ちつける音が大きくなってきた。

「そうですね。でも、家、バス停の近くなので平気です」

「そっか」

 次は〜次は〜。という、アナウンスが流れ、彼はわたしの最寄りのバス停の手前で降りた。

「じゃあ」

「傘ありがとうございました」

 と軽く会釈し、独特な雰囲気を持つ彼を静かに見送った。


 下車すると、バスが自分から遠ざかるのを見送ってから-自分を本来の姿に戻す。

「面白い子に会っちゃったな」

 旅傘を深く被り、人が来なくなってしまった神社に向かうのでった。


 雨が上がり、今日はその蒸気のせいか蒸しっと暑い日であったが、見事に晴れていたのが凄く心地よかった。

 高校から近い(と言っても、30分以上は歩く)バス停に向って歩いていると、昨日の事をふと思い出して「また会えないかな」などと、期待している自分が可笑しくて、「いやいや。たまたま一回会っただけの人でしょう」とツッコミを入れながら歩く自分も可笑しくて。

 ようやくバス停がみえて来たが、昨日の彼はどこにもいない。

 ちょうど、バスのブウ〜という音がしたので、それに乗るといつもの寂しいバスの光景があった。

 乗客はいつも決まって私一人。この先から、おばあさんやおじいさんが乗る事はあっても若い人が乗る事は滅多にしない。

 あの人が降りたバス停にもその姿があるはずもなくて。

 最寄りのバス停を降りると、あの人の影を見つけて、追いかけてしまう。

「あ、あのっ、この前はありがとうございました‼‼」

「あっ、昨日の……また会ったね。風邪引かなくてよかった」

「昨日のお礼がしたいんです。喫茶店で、よかったらお茶一緒にどうですか?」

 急に慌て始めて

「ダメダメ‼そんなの悪いって。ただ傘を貸しただけだから!」

 その場から離れようとする彼を無理やり捕まえると

「ノーは受付けません」

 怪しいお兄さんにはついて行ってはダメよと教わったのは、さていくつの時であったろうか。

 名も知らぬお兄さんを拉致って、喫茶店まで行く女子高生という、ちぐはぐさに思わず笑いがこぼれる。

 いらっしゃいませ〜。と大学生らしきバイトのお姉さんの声がしたが、席は自由にということで二人で窓側の席に腰掛けた。

「あ、あの〜。どうですか〜って聞いておいて、ノーはないって………お兄さんが思っている以上に頑固なんだね君」

「そうですね。どうですかと言わず、行きましょうと言った方が正しかったみたいです」

「ご注文はお決まりですか?」

「あ、どうします?アイスかホットか」

「じゃあ、アイスで」

 アイス2つで。と頼むと、お兄さんはため息をついて

「生憎一銭の手持ちもないんだけど……」

「だから奢るって言ってるじゃないですか」

 女子高生に奢らせるなんてマネは出来ないだなんだと、彼は言っているが持ち合わせがないんだったら奢らせて欲しい。大人しく折れてくれ。

 結局まあ、話し相手になってもらって、隣のおばあちゃん行方不明事件とか、その話はわたしの家に来ていたってオチで終わったんだけど、めちゃくちゃ大騒ぎだったらしい。

 しばらく、話しながら彼を観察していたのだが、ひとつひとつの動作に凄く品があるな……なんて、気がついたら見つめる感じになってしまい、慌てて目を逸らした。


 その時はまだ、トクトクと心に刻まれる秒針には気付かずに。



 神隠し伝説。それがこの地域にはあるくらい、妖怪と人との結びつきがあったんだ。妖怪は人間に恋心に似た執着心を抱いて、隠世(かくりよ)に連れてきてしまうほどであると聞いた。それくらい、この場所は自分達妖怪にとって居心地のよい場所なのだ。

 しかし、人間に拉致される妖怪なんて聞いたことがない。しかも人間の少女にだ。それが、今自分が置かれている状況というのを仲間たちが聞いたら笑うだろうか。

 でも、どうしてかこの少女のことが気になってしまう。知らずにやっているのか、また知らずにやっているのか。目線を少し外すとじっとこちらを見つめて来て、視線を戻すとぷいと視線を背けるのが何となく可愛らしい。

 喫茶店を出て、別れた後の寂しさは誰もいない場所で人目を隠して暮らす孤独感に似ている。

 彼女の姿が見えなくなると、今日もまたあの神社に向かう。

 あの、人のしばらく管理していない神社は、隠世への扉となっている。人と少し話して隠世へ戻る。この空虚な寂しさを埋めるためにこうやって現世(うつしよ)和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気に浸って紛らわせている。

 俺はお狐様-九尾の狐に、ここ現世で拾われて、もうその時には人間ではなかった。〝人ならざるもの〟になっていた事実。あまりよくは覚えていないけど、たぶん大昔は人間だったのだろう。それも、大大昔の話で。

 ここの生まれなのではないかという古い古い情報を元に、何となく地縛霊のようにフラリと来ている。大大昔に聞いて確かめた情報ならば、この辺にある何件かの家のどこかに元の家があったというが、住居や人々は服装を変え自分の頭を混乱させるものばかりになっていた。

 生活様式等々を人と接していくうちに何となく覚えていった。

 その何件かの家の中に彼女の家も入っている。まさかね、と思って首を振った。



 それから次第に彼と逢う事は増えていき、「金がない」を理由に断る彼を私が強引に喫茶店に引き込んで、そこでコーヒーや紅茶を飲むというのが習慣になっていった。

 そうかそうかと聞く彼はおしゃべりな私にとってはありがたくて。「何か話してくださいよ」

 といえば、「何もないなー」なんて愛想笑い。

 でも、どうしてだろう。トクトクと進む秒針は速さを増していって………。彼と一緒にいる時間がとても楽しくて、もっと続けばいいのにと思うのに、その時間はあっという間だった。

 話すことが一方通行で、「私、話し始めると止まらないんです。つまらなくないですか?」と聞くと「俺は聞いているだけで十分」と頬杖をつきながら、うっとりと笑う彼に思い立ったように恥ずかしくなって、顔が火照って目線をそらす。

 夕日の角度が窓から差し込んで、何ともロマンチックで絵になる。もう私は折れた。折れたのはあくまで自分の意地にだ。

 わたしはこの時間が好きで、この人が堪らなく好きなんだとそう認識する他なかった。


 コロコロと色々な表情を見せてくれる彼女は、見ていて飽きなくて。たまに顔を赤くしたり、口を尖らせてスネるところがとても可愛らしい。それに、彼女の話を聞くのも楽しい。

 そんな事を、他の妖怪に話すと

「隠そうなんて真似はしないでよね、法度なんだからさ」

「まあ、お前に関してはその心配はないと思うが……」

「かなり重症」

 なんて、水妖君は毒舌を効かせるし、お狐様はフォローを入れてくれるが、犬神君は笑う始末。

「お前のためを思って敢えていうが、《早急に別れた方がいい》彼女の情が育っていくのも時間の問題だろう」

「それには俺も賛成。妖怪と人なんて相入れられるわけない。影法師もそれはわかってるんだろ?」

「それはそうなんだけど………」

「だったら話は早いんじゃない?もう会うのはこれっきり。俺たち妖怪は記憶には残りにくいし、5日もすればケロッと忘れる」

 俺の身を思って言ってくれているのだと。それはとてもよくわかっている。もし隠したら、人間共々、現世とも隠世ともつかない場所に永久追放されてしまう。輪廻の流れに乗る事はできないから人間は転生する事はできないし、不老不死のままその空間を彷徨う事になる。

 それでも妖怪は隠してしまいたいと。例え禁忌に触れる事になっても、この永い空虚な時間を満たすために共に在りたいと。そう思ったら制御がつかなくなるのだ。

 取り返しのつかなくなる前に止めてくれた仲間に感謝の言葉を言って、

「後一日だけにするから。一日だけ彼女に逢うことを許してほしい」

「わかった。後、一日だけにしておけ。それと……もうしばらくあの集落には行くな」

「ありがとう、お狐様」

 彼女に逢うことができるのは後一日だけ……。一日のあの短い時間に何を話せばいいのだろう。「もう、君とは会えない」と切り出したらどうして会えないのかと、理由を求めて来るだろう。正直に話しても真に受けてはくれないだろうし、嘘をつくのは本意じゃない。

 あれこれと頭を悩ませて、後一日だけの逢瀬になるなんてことは、きっとあの子は知らないで別の事に頭を悩ませているに違いない。気づかないはずがある訳がない。ころころと分かりやすいように変わる表情が春色をさしているのを自分は知っている。そして、自分もそんな彼女に執着心をもっている。

 まだ、自分がもし生まれ変わって現世に人間として生まれることができたならば、普通の人間と同じ生活をして出会いを重ねて恋愛に結びついてという当たり前のこともできたのだろうが、生憎それは叶うことはない。

 ただただ、ごめん。俺は妖怪なのだと何度も何度も口に出して、綺麗な青白くそして現世とは違う大きな望月の夜に静かに懺悔して彼女の事を想うのだった。



 ― 恋煩い…。

 たぶんそんな症状が私の中で渦を描いて、心をズキズキと痛めている。ご飯というご飯が喉を通らなくて、ぼーっと歩いてると軽トラックのおじさんにクラクションを鳴らされて「ぼーっとしてたらあぶねぇど」と言われてしまった。

 授業もまるで入って来なくて、「らしくない」という言葉を幾度も聞いた。

「どうしたの?元気ないね」

「うん…当てられたら好きなお菓子一個奢る」

穂積(ホズ)、男子には興味ないしなぁ、でも最近帰るのがすっごく楽しみ~みたいだったから、わたし達クラスの間でできた穂積(ホズ)に男ができた説も信じないではない。わかった、ズバリ最近はじまった恋愛ドラマ生でみたいからだ!」

「はずれ。前半が70%正解だったからそのまま答えてればピーピーラムネくらいにはなったかもね。まだ片思いだけど、笑った顔がとろんとして、とてもやさしくて…」

 お弁当を食べながら、親友に恋愛相談をしてもらいながらでた結論は。

「その恋煩い、速球に解決する方法、教えてやんよ!………穂積(ホズ)今日告んな」

「はぁ!?何言ってんのバカ。そんなことできたら苦労してないってば」

「クラスの会長、応援団にその他もろもろの実行委員なんか引き受けたりして『私がこの学校を引っ張っていくぞぉ』って感じの即行動女子が恋愛に奥手なんてねぇ」

 親友の『今日告んな』という言葉に気持ちが更にぐるぐるして、あの鉛空(なまりぞら)のようにどんよりと重くなっていった。


 傘、忘れて来ちゃったな…。


 土砂降りになって、校舎から出るのはもう少し雨が収まってからにしようと下駄箱の前で待ってると

「穂積!傘使え!おんぼろ傘だけど文句言うなよ!使ったら捨てても構わねぇから、じゃあな!」

「こら!傘無しで帰ったら母ちゃんに怒らせるぞ!」

 親切なクラスメイトの男子が貸してくれたという傘を開くと骨が一か所折れていて、取っ手の部分がすぽっと抜ける。どんな使い方をしたら取っ手が抜けるのか。なんてことはさておき、その好意に甘えて傘をさしてバス停まで歩いて行った。

「今日は傘あるんだね」

「貸してもらったんです」

 暫く沈黙が続いて、バスの中でも話題が尽きない私の口もぎゅっと閉じて、言葉を出さない。なんとなくいつもはふんわりとした雰囲気の彼も、ずっしりと重い何かを抱えているようだった。

「今日は肌寒いのでホットがいいですね。紅茶にしますか?コーヒーにしますか?」

「じゃあ、今日はコーヒーで」



 結局、いつもよりも話題のない話や、薄い話をしていつもの日常に軌道が戻ってしまい。この胸のずっしりとした鉛の塊を吐き出すタイミングなどつかめないまま今日も別れが来てしまった。

 それから彼はこの世界から姿を消した。彼の姿を覚えている者は私だけとなってしまった。



 結局、そうだ。俺は悲しむ顔が見たくなくて、別れを告げずに去ってしまった。そんなことだろうとは思っていたので、喫茶店の店員さんに「明日俺を探す彼女にこれを渡してください」とこっそり言って、気持ちばかりの手紙を他人に託した。

 自分勝手な妖怪でごめん。後80年後君が亡くなるその時に一緒にあの輪廻の輪に乗れればいい。まず、生まれ変わっても一緒になれないとは思うけど、妖体でいるよりそっちのほうがまだ幸せだ。

「挨拶は済んだのか?」

「それが、できなくて……。でもいいんだ、それが一番悲しくない」

「バカなの?」

 水妖怪様ははぁーっと溜め息をついて、キリッと俺を蛇みたいににらんだ

「何も言わずいなくなったら人間はもちろん探し回る。悲しみを引きづって、なんてことわからないわけ?妖怪は残酷だよ。自分が苦しまないこと、自分が嬉しい事なんかをいつも優先にして……。だから、俺は人間と関わるなんてもう…嫌だ」

「想い続けることの辛さはよくわかる。俺も人間は好きだ。でも、彼女が見えたのは一度だけで俺が目の前にいることにも気づかず、ずっと俺を探し続けた。いまもきっと……」

「俺も、アイツのことが大好きだった。ようやく俺の事が見えるようになって、話せて嬉しかった。でも俺は犬神で憑りついた家を衰退させてしまうから、不幸になっていくアイツを見たくなくて、こっちに逃げて来た。妖怪は本当に自分勝手だよ……」

 みんな人間に対して、何かしら未練を抱えているんだ。口をそろえて『こんな出会いならば会わなければよかった』という。

 本当にこんな出会いならば、なければよかった。時間を巻き戻して、彼女と初めてあったあのバス停での出来事をなかったことにしてしまいたい。



 あの人が忽然と姿を消した。今日は珍しくいないだけと思っていたけど、流石に三日も姿を見ないとなると、変に思ってバスの運転手、喫茶店の大学生の店員にも聞いたけど「そんな人いたっけ?」って言われる。でも、店員さんは

「渡してくださいと頼まれてずっと持ってる手紙があるんですが、お客様宛ではないかと思います。でも、変ね……頼んだ人の顔も渡されたことすら忘れていたのに。渡されたことと渡す人は覚えているんですよね…」

 と、店員さんは矛盾が生じることを言って渡されたのは、今時珍しい真っ白い封筒だった。

「お前さんがあったのは妖怪だったんじゃねえけ?」

「おばあちゃん、もうそんな話して…」

「いいから黙ってお聞きゃ」

 おばあちゃんが話してくれたのは、影法師という妖怪の話。優しい妖怪なんだそうだ。法師というからお坊さんみたいなのかと聞くとそうじゃないという、旅傘を被って小豆色の髪をした優男だったという。

 わたしは彼だと思った。姿は違うけど彼だ。

「おばあちゃんなんで知ってんの…?」

「そりゃぁ、オラがちゃんけえ頃食べる物が無くてなぁ、その人が何時も握飯をもって分けてくれた。でも直ぐにいなぐなっちまっで、お(かあ)に『あんた、妖怪にでも化かさせたんでねぇが』って言われてよ、『妖怪の食い物んは不老不死ってんだ、よがったなぁ』なんてお(とお)は笑ってたげんど、こんなにまあ、よぼよぼになっちまってるが、元気(げんぎ)でいられんのは影法師様がくれた握飯のお陰だなぁとオラは思う」

 そっか、妖怪だったのか…。

 私妖怪なんていないと思ってた。皆が怖い話ばかりして、いい子にしてないと神隠しに遭うだとか言われてきてばかばかしいと思ってた。でも、おばあちゃんの話を聞いてこの街の妖怪伝承には影法師のお話しもあることが調べてわかった。

 そうそう、おばあちゃんの話の後、手紙をおそるおそる開けてみると


「何も言わずに消えてごめんね。さようなら。愛しい君へ」


 と筆文字で綴ってあって、声をあげ涙を流しながら部屋でわんわん泣いた。

 こんなことなら、きちんとあの時告白すれば良かった。あの人も今日が最後だってわかってたから悲しそうな顔をしていたんだと思う。たぶん、あの人がもし私にさようならを言っていたら、私はどうしてなんでと聞いて彼を困らせていただろう。

 感極まって泣いていたかもしれない。いや、泣いていた。あれが最後だと知っていたら泣きじゃくって更に困らせていた。そんな私の性格をわかってて敢えて〝さようなら〟は文面にしたんだ。

「影法師様はオラが満足すると、あの神社の方へ向って行ったんさ。もしかすると、いるかもしれん。妖怪は子供のときにしか見えないらしくてな、おそらく見えてないだけでいるだろうと思うんだえ」

 私は雨が上がってよく晴れた土曜の昼頃、薄気味悪い苔の生した階段をのぼっていくと、想像していたよりもきれいな社があった。

 社の傍には、初めて会った時に貸してくれた傘が置いてあって、どこの傘かはわからないけどこれはもらって行こうと思う。


「影法師さん。私、貴方の事が好きだった。さようなら、またどこかで会いましょう」



 彼女の声ははっきりと聞こえて来た。この三日間、彼女の顔を浮かべながら逢いたい。逢いたい。と思って泣いた。

 たぶん、彼女はもう来ない。俺の顔を忘れてしまうかもしれない。それでもいい、君が幸せならば俺はいいんだ。沢山だ。

 心の奥底を削るような痛みにもにた苦しみを抱え続けるのは俺だけで充分だ。暫く現世にはいかない。いや、いきたくない。この空虚な寂しさを抱えて背負っていこう。


 さようなら。どうか、幸せになって。 end......

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