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アルトの電子遊戯(1)

「最初の死刑囚は火炎牡牛『モルモード』魔王様の殺害を企て車に突っ込みました」


 暗褐色の体躯は家ほどもあろうかという巨大さ。その体中、その口から真っ赤な炎が噴き上がる。その名の通りの火炎牡牛モルモードは、四足の狂える暴れ牛だ。


「処刑人を務めるのは、勇者『アルト・マグナス』」


 黒目黒髪の冴えない若者は光り輝く剣を手に、目の前に広がる光景に怯えるでも興奮するでもない。


「やれやれ、仕方ない」彼は大袈裟に呟いた。


* * * * *


「キサマの女は預かった」


 魔物の罠にかかってしまいアリシアとファランと小鈴は連れ去られてしまった。


「クソッ俺が油断しなければ」


「アルト殿のせいではない」


 国王のおっさんが慰めるが完全に俺の失態だった。


「アリシアたちは普通では行けない場所に連れて行かれてしまった。俺しか行けない場所らしい」


 正直言って兵士を連れて行っても俺の戦い方からは足手まといになるし、向こうでアリシアたちと合流すればいい。


「俺はレベル99だから何が襲ってこようが死ぬことはないだろ」

 

 その時俺はまだ、そこに何が待ち受けているか知らなかった…。


* * * * *


「なお会場にはアルト・マグナスの三人の仲間をお迎えしております」


 貴賓席とともに舞う黄色の泡の中、少女ばかりが三人、腕と足に拘束具をつけられて座っている。


「アルト様ッ! 助けて!」


「アリシア! ファラン! 小鈴! 待ってろよ!」


 観客席からまばらな笑い声。


「人質なんて卑怯な手を使いやがって、許せん。絶対に殺してやる」


 勇者は聖剣でモルモードを指し示し、宣言した。


「殺人予告です」


「これは頼もしい処刑人ですね」


 このアナウンスと解説はアルトや仲間たちには聞こえない。そもそもが魔族の言葉、人間に理解できる内容ではないが。

 勇者がいきなりモルモードに斬りかからずに済んでいるのは、喇叭が鳴るまでは両者の間に隔壁を設置しているからである。アルトは喇叭の合図のことなど知らない。自分が見世物になっているとは――いやそれは薄々気づいていたにせよ――ましてや対峙する強大な魔物さえも道化であるとは知らないのだ。


「何だって説明してるの。ガゼルロッサ」


 アルメニがニヤニヤと含みのある笑みを浮かべながら言う。(お仕置き中のガゼルロッサはアルメニの表情など知る由もないが、声を聞けば大体の様子は理解できた。四十年ばかりの城仕え仲間ゆえか、実際には気が合うのか、どちらにせよ二人は腐れ縁だった)


「説明しただろ」「忘れちった」「会議はメモ取っとけっていつも言ってるじゃん!」ボイスレコーダーで録音しているガゼルロッサである。


「勇者さんには、モルモードが女どもを攫った首謀者だと吹き込んである。四天王だって」


 アルメニは吹き出した。


「うはは、そうだった。四天王。ウケる、焼肉四天王」


「魔王を倒すってレールには乗る気満々だから、あいつ。モルモードは人間の言葉分からないから、説明なしで放り込んで問題なし」


 この競技場で、何十万という魔物に囲まれながらも一対一で戦う異常性について、説明は不要であった。楽な仕事である。


「ふ、まあ、良いのではないか。肩書の如何に関わらず存分に苦戦してもらおう」


 喇叭が鳴り、隔壁が消える。


「いよいよ死刑執行です」


「愉しみですね!」



 モルモードは蹄をカツカツと鳴らし、様子を伺う。


 勇者アルトは、


「ステータスオープン!」


 普段通りに叫んだ。開幕と同時の情報収集は戦闘のセオリーだ。


「あれは測定魔法でしょうか」


「近頃の人間界で流行っているみたいですよ」


 ロロ・マバラ、解説を仰せつかっただけあり、事情通のようだ。

 さて、モルモードのステータスを開いたアルトは目を見張った。


 攻撃力 99

 守備力 99

 魔法力 99

 敏捷性 99

 HP 9999

 MP 999

 レベル 99


「俺と同じ、だと」


 彼のアイデンティティたるチートな数値が並んでいたのである。当然、魔王の演出だ。



 チートとはズルをすることを意味する英語「Cheat」のことである。 そこから転じて、ゲームにおけるプロアクションリプレイなどの不正ツールを使用した改造を意味する言葉として使われるようになった。

 どこの中学校にも、「は? ポケモン? ツール使えば楽勝やろ。俺コイキングレベル100とか作ったわwww ツール使わないとか馬鹿かよwww」と粋がる少年がいたものである。このように、デジタルゲーム文化の文脈での「チート」は「不正」である。

 その後、「まるで不正をしているように信じられない強さ」という意味が、単に「チート」と言うだけで伝わるようになる。いつしかチートそのものが「最初から最強、無敵」というような意味で使われることが多くなっており、「不正」というマイナスの意味は薄れつつある。「鬼のようにうまい」と言うときの「鬼」のようなものである。


 アルトの「チート」は後のチート、本人が何らかの理由あって世界の神から正当に授かった力である。

 魔王の「チート」は先のチート、不正のオールナインである。


「この数値はどういう意味なのでしょうか」


「単純に、数字が大きいほど強いとお考えくださいまし。この数値、アルトとモルモードが同じ強さだと示しています。しかも、両者とも最大値に達している」


 解説を聞いてアルメニ、


「モルモードってそんなに強いんですか」


「そんな訳がない」


 魔王は勇者の狼狽ぶりに満足しているようだった。ガゼルロッサが好きなタイプの笑顔である。


「強さを合わせたに決まっているだろう」


「モルモードを強くしたんですかあ」


 なんて馬鹿なことをするのだ、とアルメニは内心呆れる。死刑囚を強くなんてして、勇者が負けてしまったら恩赦を与えねばならないのに。自分に有利な「ズル」ならともかく、これは根っからの酔狂なのか。死闘を愉しむ心も併せ持つアルメニではあったが。


「アルト・マグナスの世界の枡は小さすぎるようだな」


 魔王の真意はまた別であったとアルメニが気付くのは、もう少し後である。



 モルモードも、アルトが驚く様子を堪能した。(もっとも、彼は何に驚いているか終ぞ知らなかった)

 たっぷりと時間をかけて狙いを定め、やおら駆け出す。


「モルモード自慢の突進です!」


「見えていても避けられない速度、体格、まさに神の操る二トントラック!」


 しかしアルトにとって、トラックの突進は二度目の体験なのだ。

 勇者はその驚くべき速度に怯むことなく、同じくらい驚くべき跳躍力で激突を免れたのである。これぞ能力値カウンターストップの基礎体力。

 観客も理解し始めただろう。この人間は、鬼のように強いらしい。


 しかしモルモードの攻勢は止まず、鋭い角の頭を振り乱し、堅い蹄を動かしまくる。的も付けない攻撃だが、その体格差から掠るだけでも大怪我に繋がることは間違いない。モルモードは手数で圧倒した。


 アルトには防戦にまわるという経験がない。今回のような状況も、常なら多少の損傷は覚悟の上で一発見舞ってやる。そうすれば大抵の魔物は一撃の元に沈むのだ。もちろん、相手のヒットポイントが9999でなければ。アルトもさすがに、後先考えず反撃するのは下策だと分かっている。

 慣れない回避行動も能力値の高さがカバーする。だが、相手も同じく最高値の敏捷性99。双方テクニックは無かったが、死刑囚は死にものぐるいだった。


「逃げるだけか」


「チキン!」


「愚図牛、さっさとやっちまえ!」


 魔界の応援は悪辣である。


 アルトの仲間の声はかき消され、それでもアリシアは叫んでいた。「アルト様! 絶対に勝って!」

 長いようで短い舞踏。ほんのわずか足捌きが乱れた、それだけでモルモードには十分。暴れ牛の鼻先がアルトの身体を吹き飛ばす。

 端から端、吹き飛ばされたアルトは見えざる壁に打ちつけられた。


「アルト様」息を呑むのはアリシア。滅多にない勇者の苦境に、呼びかける声を失う。


 HP 6800/9999

 

 三分の一近くの体力が持って行かれた。だが、勇者アルトは尋常の戦士ではない。それだけ体力が減りながらも、なお平然と立ち上がるのであるから。骨の一本や二本、いや全身が潰れるほどの衝撃であっただろう、それなのに。モルモードは驚き、憤慨した。


「ふざけやがって」


 堪えていないようではないか。自分を勝たせる気など更々ない、とんだ化け物を引き合わせやがった。――モルモードはそう解釈した。

 血が廻り、全身が戦慄く。モルモードは直情型だ。怒りを糧に爆発的に増す攻撃性。

 牡牛は口から一筋の火炎を吹き出した。一筋と言えども灼熱、地獄の業火である。


「簡単にやられるかよ! アイスシールド!」


 一瞬の精神統一の末具現したるは、磨かれた鏡かと見紛う透明な盾。アルトの指先がちりちりと痛むほどの冷気を纏っている――属性強化スキル効果対象――


「炎と氷、王道の一騎打ちですね」


「両者の魔力も同じ数値ですが、残るのはどちらでしょうか」


 ゴウ、と爆音が轟いた。音の拡大演出にある悪魔は耳を押さえた。火炎と冷気のぶつかりは激しく互いを食らい合い、蒸気が場内に立ちこめる。

 靄が晴れた後には、対峙する牡牛と人間。


「互角か」


 アルトは短く吐き捨て、苛立ちに拳を震わせた。


「四天王がカンストはやりすぎだろ!」


 アルトは他の手を考え始めた。単純な力比べでは圧倒することはできない、スキルを活用できないか。

 離れた間合いを詰めに、猛牛が駆け出す。避けるに絶好のそれがある。


「テレポート!」


 成功、反対側へ転移。会場がどよめく――転移魔法は高難度の魔法だ。アルトがやってみせた転移は精度も高い。


「あら、これは……瞬時にこれほどの精度の転移を行える魔族も、魔界に何人いるでしょうね」


「処刑フィールド内のみ転移禁止の結界効果が解放されております。処刑人並びに死刑囚がフィールド外へ転移することはございません。ご安心ください」


 アナウンスは死刑囚であるモルモードの耳にも届いていた。目の前の敵が掻き消えた困惑が、再び怒りの火を灯す。

 モルモードの火炎は地獄の業火、ひ弱な人間界の炎と一緒にされては困る。その炎あれば、テレポートの一つや二つ敵ではない。暴れ牛はニヤリと笑った。


「ならば、このフィールド内を火の海と成してやる」


 モルモードは全身に力を溜め、炎を全身に巡らせた。彼の体表のあちこちから緋色の火が噴きこぼれる。

 全身火だるまとなったモルモードを見やり、アルトは、


「当たらなきゃどうってことはない。こっちには『テレポート』があるんだからな」幾分か落ち着きを取り戻して呟いた。


 モルモードはまたも突進、まるで火の玉が迫り来るごとし。だが、これもテレポートで躱す。

 突進とテレポートを何度繰り返したか。避けるはいいが、相手の図体が馬鹿でかいのに速さは弾丸並み、反撃ができない。アルトは欠ける攻め手を考えるのに必死で、気付くのが遅れた。

 頬に掠める刃のような熱気。


「火が、残っている……!?」


 モルモードが駆けた後の地面に、炎が消えず残っていたのである。

 見ればあちこちに火柱が立ち上っている。このままではテレポートをする場所が無くなる。


「テレポートを封じるための作戦ですか。どうでしょう、ロロ・マバラさん」


「スマートとは言えませんね。彼の実力では、いつまでも炎を残しておくことはできないでしょう。ほら、そろそろ最初の突進で撒いた炎が消えますわよ」


 しかし、アルトはそれを知らない。


「炎を何とかしなければ……『能力吸収』がある!」


 己がここまで追い詰められるのは、もはや異常事態だ。『奴隷化』も強力なスキルだが、同格以上の相手には成功しない。『能力吸収』で炎を出すスキルを奪い取る、これで少しはやりやすくなるはずだ。こちらは一体の敵につき一個のスキルだけという制限はあるものの、格上の相手でも構わない。


 アルトは聖剣を構える。『能力吸収』の条件は相手を斬りつけることだ。たった一太刀で構わない。


「テレポート!」


 突進を止めない牡牛の身体の上へテレポート。近寄るだけで燃えそうなほどに熱いが、剣先が相手を斬った手応えは感じた。すぐさま離れた場所へテレポートする。


 だが、アルトはまたも愕然とした。能力が奪えていない。


「どういうことだ、『能力吸収』は同格以上でも必ず成功するはず……今までだってそうしてきた……! 勝たせない気かよ! こんなのやってられるか!」


 女神から貰った『チート』の効果が捻じ曲げられるなんて、そんなのはクソゲーだ、こんなのはおかしい、と。勇者が喚き出した。


「タイム」


 低い声が場内に響いた。魔王だ。

「ここでタイムです」ルナールクの落ち着いたアナウンスとともに隔壁が出現する。


「タイムとかあるんだ」「魔王さまなんだからそのくらい自由だぞ」側近たちが囁き交わす。


「貴様が勝つようにするなんておかしいだろう、勇者アルトよ」


 魔王はアルトが分かるように語りかけた。猫なで声だ。


「使えるものならあらゆる手を使い、敵を、貴様を殺す。当然だろう。おかしいおかしいと醜く無様に喚いても、貴様の女神は助けになど来ぬわ」


 嘲笑う声に、アルトは怒りで顔を赤く染める。


「でもこれは異世界テンプレの世界なんだ……お前らがご都合主義の設定を使えるなら、俺にだってご都合主義の展開が待ってる、そうだ、俺が転生勇者、俺が主人公だから、だ」


 フハハハ、と魔王は典型的な魔王的笑い声をあげた。サービスだ。


「言っておくが、ここは貴様の転生先とも違う『異世界』であるし、貴様の能力に対してご都合主義な改変を加えてはいない」


「じゃあどうして『能力吸収』できないんだ!」


 声を荒らげるアルト。

 魔王は愉しくてたまらない、という調子で、


「貴様、スキル『歩行』で歩いているのかね。スキル『言語』で言葉を話しているのかね」


「そんなのはスキルじゃない。特別な能力がスキルなんだぞ」


「貴様がスキル『歩行』もスキル『言語』も持たずそれが成せるのは、貴様が人間であるから、それは特別な能力ではないということか。なるほど」


 フフフ、と笑い声を漏らす。


「空を飛ぶ鳥はスキルで飛んでいるのか。海を泳ぐ魚はスキルで泳ぐのか。否だ。人魚が唄うように、マンドレイクが死を叫ぶように、火炎牡牛は火を噴く。貴様が人間であるのと同じく」


「やったぜ魔王さま論破だ」と柩。


「貴様の世界の生き物は、生まれながらの有り様が貧弱なのだな。付け焼き刃の強さが己の強さだと思い上がっているようだが。我ら魔族は『何の理由もなく』強い」


 馬鹿にされ、黙っていられるアルトではなかった。自分はもう只のつまらない人間の在人ではない、勇者アルト、選ばれた人間……必ず勝つために生まれてきた……


「貴様と世界の貧弱さを呪い、死ぬがよい。――タイム終了」


「タイム終了です」速やかに隔壁が消え去り、再び死闘が動き出す。

サガフロ2面白いよね。サガフロ1の方が好みではあるけどね。

ピンチのストレスに耐えられない皆さん(笑)安心して、次回勝つよ。

なお明日の更新はお休みです。

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