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『半田・恭介』~力こそパワー~

 ありふれた話、猫を助けようとした俺はトラックに轢かれた


* * * * *

 

「また?」


「左様で」


 三度目のトラックの登場に、魔王は思わず声が裏返ってしまった。部屋に側近しかいなくて良かったと思う。


「トラックに轢かれるというのはそんなにありふれた話ではないだろう」


「しかし、医療が発達して政治も安定している社会、地球モデルA系の二十一世紀日本の十代の若者が死ぬ要因の一位は交通事故、次いで自殺みたいです」


「それだ」


 魔王は側近の説明を遮る。


「どうして勇者に転生する人間は二十一世紀日本の若者なのか、二十二世紀ではいけないのか。インドの方が人口が多いだろう。若者でなくとも、三十代くらいならば体力と判断力のバランスがとれて良いのではないか。いや地球ではなくとも、アリアハンからであっても――キリがないな」


「どうしてなのでしょうねえ……」


 側近も答えを持ち合わせていないようである。


「どうせ異世界に転生し勇者となる、なんてありえないことが起こるんです。もっと劇的に、登校中の電車にナハトイェーガーが突っ込んできて、優先席に座っていたおばあちゃんを庇うために死んでしまったとか、その方が運命っぽくありませんか?」


「ナハトイェーガーは夜間戦闘機だろう」


 そんなにも捻ったところで、小手先だけという印象は拭い去れない。


「仮定の話は楽しいですが、実際に多いのですから仕方がありません。あと四人トラックで轢かれた勇者が控えているんですから」


 十人中七人がトラックに轢かれたことをきっかけに転生した地球モデルA系の二十一世紀日本の若者だなどと言われ、大抵のことには動じない魔王もさすがに深刻に考える。


「地球モデルA系の二十一世紀日本の十代の若者に的を絞って調査を行うべきだろうか」


「ちなみに、先ほど魔王さまが三十代でもっておっしゃいましたが、そういう人間もいますね」


「ほう」


「しかし圧倒的に十代の若者が多いのは事実かと。あとですね、魔王さま、これが彼らの資料要約版なんですけど」


 側近が五人分の資料を並べて展開してみせる。箇条書きの分かりやすい形式で、十数条に纏められた簡潔な資料だ。魔王は最近似たようなものを見ている気がした。


「俺がさらに要約すると、さっきのアルト・マグ……? アルトなんとかと大体同じです。五人」


「それは、あまり大胆すぎないか」


 魔王はその中のひとり、『アルテミス・ユエ・シュバルツハーツ』の資料を拡大展開。


 ・アルテミス・ユエ・シュバルツハーツは男爵の長女として出生。

 ・転生前は男性だったと本人が申告している。

 ・幼少期から大人びた言動と振る舞いで、髪と目の色からも『預言の勇者』だと目されていた。そのため手厚い教育を受けている。

 ・低級の魔物を二、三回相手にしただけで、著しく身体能力が向上し、教えてもいない魔法や試してもいない戦闘技能を身に付けることができた。これをアルテミスは『レベル』『スキルポイント』と呼ぶ。

 ・己や味方の身体能力や健康状態、装備品の適正などを把握する、測定の魔法と考えられるものを頻繁に活用する。当該世界にはない、彼女独自の魔法のようだ。これをアルテミスは『ステータス』と呼ぶ。

 ・十二歳にして村を襲った竜を退けた。この件をきっかけに当該世界で広く『勇者』と認められる。

 ・現在は女性ばかりを仲間として魔王討伐を目的とした旅をしている。


「同じだな」「嘘は言っておりません。大体同じです」


 なぜ誰も彼も皆、レベルにスキルにステータスなのか。これについても、魔王と側近は答えを持ち合わせていない。


「お陰さまで比較が簡単でした。彼らの中で一番、純粋な戦闘能力が高いのがアルトなんちゃらです。戦闘能力以外の要素は比べる気にもならないほど程度が低いですね!」


 魔族であるのに驚くほど爽やかであった。


「これらも凄まじい強さではあろうが」「世界最強のバーゲンセールですよ」「ひとりもいれば十分だな」


 残りの資料は一顧だにしない魔王だった。


「ではもう、最後のひとりではないか」


「そうなんですよねえ」


 側近が溜息を吐いた。


* * * * *


 何が起こったかはハッキリ思い出せない。でも、何が始まるのかは何となく分かる気がする。僕はWeb小説だけが趣味だから、むしろこれくらい自信を持って言えることは他にないんじゃないかと思う。


 僕らのクラスは異世界転移した。


* * * * *


「地球モデルA系の二十一世紀日本の十代の若者」魔王の声は無感動な調子だ。「十人中九人」


「アラサーのOLと三十代転生者がおりますので、十人中七人ですね」


「日本人が多いにも程があろう」


 最後のひとりは『半田・恭介』十七歳、高校二年生。彼が所属する高校のクラス丸ごと異世界へと招かれた。彼ひとりではなく、彼のクラスメイト全員が『勇者一行』として権力者に召喚されたのである。


「では三十人が三十人とも勇者か」


「ところがどっこい!」


 側近は魔王と二人きりにすると言動が徐々に奇妙になるが、実際は執務室の前には見張りの近衛兵がおり、形式上は外向きだが中の様子も常に見張られている。魔王が合図コマンドを送ればただちに側近は射殺される仕組みである。幸いにも魔王はガゼルロッサに甘いので大丈夫。


「三十人のうち、『勇者』のジョブを貰ったのはこの爽やかイケメン君、『神前・光司』文武両道で優しさを兼ね備えたハイスペックマンだけれども半田くんには冷たい」


「特定個人に冷たい奴は優しくないと思うぞ」


 魔王は優しさを求められていないので依怙贔屓はお構いなしだ。


「『武闘家』を貰ったのは野球部主将の『緋村・翔』熱血スポーツマンで正々堂々を好むが半田くんには冷たい。『海原・蒼汰』は『賢者』で冷静沈着、誰よりも学力が高い知性派だが半田くんには冷たい。『踊り子』なんて変わったジョブには『西園寺・マイ』カラッとした性格で男女関係なく誰とでも仲がいいが半田くんには冷たい」


「おい。半田に好意を持っている奴はいないのではないか」


「いるんですよ!ひとり!」


「ひとり」


 余計に酷い状況に思えるのは魔王の気のせいなのか。


「『天ノ河・清華』クラスのマドンナ! 死語! 容姿端麗・眉目秀麗・巨乳揺揺おっぱいでかい! みんなに優しくて半田くんにも優しい! 彼女が半田くんに優しくするたびみんなは半田くんに冷たくなる」


 余計に酷くしている元凶は、ジョブを『聖女』というらしい。そもそもジョブとはいかなる指標かも示されないまま、そればかりずらずら並べられてしまったのだが、人を職業で判断してしまうのは日本人の悪い癖だとよく聞く。異世界転移と言うが、実は日本から本質は日本的な世界に移動させられているのではないか。顔は彫りが深いが中身は日本語話者。ああ、そうに違いない、それならば日本人ばかりが転移やら転生させられている理由も少しは。


「で、半田某はそんなに屑なのか」


「はい」


 それでは困るのだが。魔王は続きを待つ。


「オタクを理由に除け者扱い、は本人の弁。他人に合わせられないとか、その努力さえみられず同情さえ惹けないとか、それなりの理由はチラホラみられますがそれはどうでもいいです。ここからですよ」


 側近が意味深に笑みを浮かべた。


「彼の与えられたジョブって奴が『風水士』っていうんですけど」


「それゲームだと使える奴だろ」


「あれ、そういえば魔王さま、ビデオゲームやるんですか」


 ちなみに魔王城には人間の娯楽研究部があり、日夜楽しく堕落しているとか。


「休日に泊まりで友人がやってるのを菓子食いながらダラダラ見てた。ゲームは横から指図するのが一番面白い」


「魔王さまが充実した青春を送られていたのは分かりました、あとゲームは自分でやった方が面白いです。残念ながら21世紀日本の青少年には『風水士』は地味、ぱっとしないという印象を持たれて、半田くんの肩身はますます狭くなりました」「使える能力だったからといって手の平を返されるのもどうか」


 実際のところ、『風水士』は攻守のバランスがとれた、コストパフォーマンスも高い、使い勝手の良いジョブであったが、それに気付いたのは当人くらいのものであった。


「ある日半田くんは迷宮に置き去りにされます」


 相手が悪ければ何をやっても良いというものではない。


「色々あって自分ひとりで力をつけ、ついでに現地の女を侍らすことに成功した半田クンはクラスメイトを殺してスッキリしました」

 

 相手が悪ければ何をやっても良いというものではない。


「ね、屑でしょう」


「勇者なのか、そいつは」


「活躍具合や勇者をやろうという意思とかで、比較的勇者かなって思ったんですけどね、半田クソ」


「結局『勇者』だった男はどうなんだ。半田以外には優しいんだろう」


 ううん、と側近は唸りつつ楽しそうに、


「何か言動が小物で、あと、結局、性格が悪い」「人殺しよりもか」「魔族の観点で申しますと、弱い屑よりか強い屑」


 かような比較的勇者で余興を妥協してもよいのだろうか。否、思えば今までの勇者は皆奇妙に似通った、危うい存在ばかりであったような……

 魔王の訝しむ視線に気づき、側近は声を震わしながら(今更ながらも)弁明する。


「魔王さま、此度は三級下位世界までしか回れませなんだゆえ。五級上位世界にもなればわたくしめにも御役目に相応しかる非の打ち所のない勇者のあてはございましたが、何しろ時が。それに、あまり上位の者ばかり喚び集めれば、時空を渡る術を悟られるやも」


「長々と言い訳するでない。醜いぞ」


 やはりと言うべきか、火に油を注ぐのみであった。「また棺に込めてやろうか」


「や、厭でございます、働きで挽回いたしますから、後生ですから、ご慈悲を賜り下さい」側近は蒼白い顔で狼狽える。5年ばかり棺に監禁されてからというもの、閉所恐怖症である。ここ最近浮ついているから丁度いい、と魔王は思いつきを撤回しなかった。


「だが傾聴に値する言い分はあった。上位世界の者を玩具にするには、五人はちと多すぎるな。正直なところ、軽く絶望を見せてやれるような『勇者』どもだが――」


 魔王は悪戯っぽく目を輝かせた。享楽を恋人とする妖魔、その君主らしい意味のない残酷さ。


「――いかにも、まずは処刑人として彼らを雇わねば――そして工夫する余地があるのは良い。只の暴力をショウと嘯けば、雑魚はともかく、魔界の貴族どもが煩い。よかろう、この五人で。始めるとしようか」

「磯野! キャラ予選会はもういいからさっさと殺し合い始めよーぜ!」

「ご、ごめん中島、姉さんに『十人集めた』って言っちゃったからさ……あと五人分の概要だけでも載せとかないとまずいんだ」

「もう、だから無駄に風呂敷を広げるのはやめたらって言ったじゃないか」

「ごめん」

「あら~磯野君!」「は、花沢さん!」

「何かお困りみたいね~よければあたしが手を貸すわよ~」

「い、いや、全然困ってないよ! 中島! 野球しに行こうぜ!」

「えっ、でも磯野、五人分まだ……」

「いいから!」


 という訳で五人が出揃い、いよいよ公開処刑の始まりです。来週もまた見てくださいね!ジャンケンポン!ウフフフフフフフ!

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