『アルト・マグナス』~呪われし作文力~
預言の勇者、アルト・マグナス。彼は異世界からの転生者である。
彼はその稀有なる来歴、転生へ至る記憶を留めたままに現世界で『勇者』と呼ばれる活躍を見せている。彼の手記に述べられた驚愕すべき運命、そして行く先々での武勇溢れる逸話の数々は吟遊詩人たちの詩となり、彼は生きながらにして誰もが知る伝説になりつつあった。
『アルト・マグナスの手記』、資料として魔王にも提出されたかの文書の一端を読めば、凡庸たる異世界の住民であるとも彼の勇者の勇者たる所以を知る事となるだろう。
* * * * *
某月某日。
俺はトラックに轢かれた。
そして、目が覚めたら真っ白な空間にいた。
なんだかよく分からないが、目の前にはラノベでよく見る感じの銀髪の少女が立っていた。
俺はすぐにピンときた。テンプレだな。
「ここはどこだ、あんたは一体誰なんだ」
俺は少女に聞いた。
「私は世界を管理する神。名前は人間には発音できないけど、シルフィードと呼ばれるのが気に入っているわ。貴方は死んだのよ、真田在人」
「やっぱりテンプレじゃないか」
「貴方は死ぬべきではなかったの」
「テンプレ乙」
「貴方の死の償いとして、貴方の願いを叶えた異世界への転生を行うことになったのよ」
ラッキーだ。俺は元の世界ではただの引きこもりだし、死んでしまったことは悲しくもなんともない。
夢にまでみた異世界にチート能力をつけてもらって行けるなんてご褒美だ。
「異世界ってどんな世界なんだ」
「剣と魔法の世界で、闇の勢力、魔物たちに人間が追い詰められているの」
「ということは、俺は魔王を倒す勇者になるってことだな」
「めちゃくちゃに話が早いのね。助かるわ。限度はあるけれど勇者にふさわしい力を授けることができるんだけれど、要望はあるかしら?」
「そうだな、まず転生前の記憶は持ち越せること。俺が元の世界で遊んでいたゲーム『エンシェント・スクロール・オンライン』のアバターと同性能、同システムなら尚いいな」
「問題ないわ。システムとやらは勇者であるあなただけに使える魔法として与えましょう」
『エンシェント・スクロール・オンライン』は引きこもりである俺が毎日12時間以上インしてプレイしているMMORPGだ。
裏ボスさえも一人で10分以内に撃破できるほど強化されきった俺のアバター『アルト・マグナス』なら、どんな異世界の敵だろうと瞬殺できるだろう。
「そのかわり、武器や防具は向こうの世界の伝説の装備を自分で揃えないといけないわ。もっとも、勇者なら簡単ってバランスに調整されてるけどね」
「見た目は慣れた黒髪黒目がいいんだけど、向こうの世界ではどうなんだ」
「黒髪黒目は『世界を揺るがす者』の証し、となっているから、勇者には相応しいと思うわね」
俺は女神にそれで転生を了承すると、女神は何かを呟いた。
すると、俺の視界が真っ白になった。
「アルト、アルト、私があなたのママよ……」
気が付くと俺は見知らぬ天井を見上げていた……
* * * * *
魔王は魔族の中では忍耐強く、時に寛容ですらあった。目的のためであれば手段は問わない、というのは、もちろん正当な手段をも踏まえた上で合理的に選択する冷徹さを言うのである。
『アルト・マグナスの手記』は一ページ目から側近さえも「何かイライラして全然読みたくなくなってくる」と匙を投げさせ、他の暇を持て余していた悪魔に要約を作らせた程の奇書。原作に触れず批判することには抵抗のある魔王も、一ページ目(千字にも満たない)で観念し要約版に目を通すことにした。彼が勇者となるために転生したというのならばその『転生』がいかなるものか、こそが最も知るべき事柄であろうが、なにしろそれを語り得るのは勇者本人しかいないのだ。
要約版は箇条書きの簡潔な書式で、作成した悪魔のメモと思わしき添付文書が付されている。『ガゼルロッサ殿。要約から削った部分の大半は当たり前の事実を面白みもない説明で仕方ないから書いているような部分と、奴の周りに勝手に群がる女が妄想じみた奴の『美点』を誉めそやす言葉です。後者を除いたのは私でさえも真面目に読むことができず、また処刑人の選定にあたり重要とは思えなかったためです。奴の女については一応別に纏めています(別添1)。また他資料との突合せの結果信憑性が極めて低いものも削っております。他資料との突合表を添付しております(別添2)。問題があるようでしたら、どうか寛大な措置を願います。もうこんな質の低い暇つぶしは御免です。ネベロ・ブラスマ・マーデウス』
重ねて付された側近のメモ。『魔王さま。ネベロは優秀な悪魔です。ガゼルロッサ』
・アルト・マグナスは中流貴族の三男として出生。
・幼少期から大人びた言動と振る舞いで、髪と目の色からも『預言の勇者』だと目されていた。そのため手厚い教育を受けている。
・低級の魔物を二、三回相手にしただけで、著しく身体能力が向上し、教えてもいない魔法や試してもいない戦闘技能を身に付けることができた。これをアルトは『レベル』『スキルポイント』と呼ぶ。
・傷の治癒についても常人では考えられない早さと方法で回復する。骨折さえも薬草を食しただけで翌日には治してしまう。驚異的ながらも法則性があり、これをアルトは『ヒットポイント』と呼ぶ。
・己や味方の身体能力や健康状態、装備品の適正などを把握する、測定の魔法と考えられるものを頻繁に活用する。当該世界にはない、彼独自の魔法のようだ。これをアルトは『ステータス』と呼ぶ。
・十歳にして近所の祠から伝説の聖剣を抜き取り我がものとした。この聖剣を封印から解くことで当該世界では『勇者』と認められる。
・十歳時点で近隣の集落の強者たちが束になっても敵わないほどの強さを見せつけている。
・本人が述べていた『ステータス』を抜粋。
攻撃力 99
守備力 99
魔法力 99
敏捷性 99
HP 9999
MP 999
レベル 99
※上限値がいくつまでかは不明。
・彼の言う『スキル』を抜粋。
能力吸収(Lv5) 奴隷化(Lv3) 物質創造(LV4) テレポート(Lv3) 属性強化(Lv3)
・現在は十六歳。魔王を倒すため世界各地を放浪している。
・狂信的に彼を慕う女ばかりを常に三人以上囲って旅の仲間としている。全員と肉体関係にあるが咎められることもなくハーレムを成立させている。
・あちらこちらで有力な魔物を倒し名声を挙げているが、肝心の魔王討伐に進展はないようである。
『アルト・マグナスの手記』は現時点で三十話以上を数える一大巨編であるようだが――もっとも一話は千字にも満たない――その内容はここまで簡潔に纏められてしまうらしい。もっとも、他にも信憑性の高い資料を集め、実際に視察を行い、裏の取れている事実においてのみ纏め上げた、『アルト・マグナス』その人の要約なのだが。それを鑑みればますます『薄い』ということになってしまう。
肝心の彼の活躍、実績であろう、魔物を倒したくだりまでも「魔物を倒し」で要約されていることが気になった魔王は、渋々原典を確認した。ぱらぱらと頁を捲ると、二十話辺りに「この世界で最も強いドラゴンとかいう話だが、レベル50しかない。レベル99の俺には楽勝だ」という文章が見えて、何となく事情を察した。
とにかく彼は強く、数字で示される強さこそが彼自身ということなのだ。数字さえ上回れば彼は必ず勝つ。世界最強のドラゴンとの対峙だろうと、「当たり前の事実を面白みもない説明で仕方ないから書いているような部分」に成り果ててしまうとは、あまりにも哀しい英雄譚ではないか。吟遊詩人はこれの何を詩にできたのか。
魔王は要約版最後の箇条を噛み締めるように眺める。ネベロ・ブラスマ・マーデウスは優秀な悪魔で、彼はおそらく彼なりに『勇者』を理解してこの要約を作ったのだろう。彼は、オタク気質の悪魔だった。
・彼はロール・プレイング・ゲームの最終盤において、やりこみプレイに没頭し、ゲームクリアをする気がないゲームプレイヤーそのものだ。
さて、この欲に塗れてはいるものの、凡そ血の通った人間とは思えない『勇者』。彼は女神の庇護によって、彼の世界において比類ない能力を備えている。魔界の死刑囚の処刑人として申し分ない働きが期待できるだろうが、完膚なきまでに叩きのめす一方的な戦いは全く『面白くない』。娯楽として魔王が望むものもあるが、魔界の極悪な囚人とてチート野郎に簡単に叩きのめされるような温い魔物ではない。つまり、何かしらの手を加える必要があるだろう。
趣向を凝らして血沸き肉躍る娯楽へ。軽く考えたのち、魔王はネベロに依頼文書を送信した。まだ4人分の死刑を演出しなければならない。部下に任せてもいいだろうが、魔王は退屈になりがちな執務の気晴らしとばかり、残りの『候補者』資料を手に取った。
ここで終わってもいいくらいだ