彼と私について、10分
彼と私の話をしよう。
彼。私の中で家族の次に近い人。きっと、今頃隣の家で気持ちよく寝息を立てているだろう幼なじみだ。
幼なじみ。世間の中には、その言葉に浪漫を詰め込む風変わりな人々がいるらしいけれど、現実はそんなに甘いものじゃない。ただ単に親同士の仲が良く、たまたまずっと同じ学校に通っているだけの、特に真新しい点も見あたらない関係だ。……、言葉にすると何だか違和感を覚えるけど、これが真実というものなのだろう。ただ何も変わらぬまま時間が過ぎた。それだけだ。
時々、周りの子達から冷やかされる事もあった。でも、その度に私はこう答えた。私に恋をしているような、幸福な匂いがする? と。
そう言われた友達は少し気まずそうに沈黙を作って、わざとらしく話題を変えた。
確かに鬱陶しいだろう。ただの時間つぶしの話題に面倒くさい理論を返されて、黙られて。もし私が私じゃなかったら、私なんかと絶対に友達にならない。こんなに性格の悪い人とつきあう意味が分からない。けれど、その訳の分からない人達がいるから、私は此処で平和に暮らせてるんだろうけど。
とりあえず、私は、彼と私の話を他人にされるのが、とてつもなく嫌いだった。いや、嫌いだ。誰かが私と彼の関係に触れて、何か余計な詮索や感想を貼り付けていくのが嫌なのだ。
きっと、私たちは誰かの話をむさぼって生きる事しか出来ないのだと思う。例えば、誰かが喧嘩しただとか、誰かが恋をしただとか。私たちはその話題を、どこからともなく嗅ぎつけて、待ってましたとばかりに飛びつく。そしてハイエナの如く骨までしゃぶり散らした後、物足りないと次の獲物を探す。そんな餌になどなりたくなかった。
閑話休題。話が逸れた。何処から話そうか。時計を見ると、針は急いで仕事をこなした様子で、もう起きる時間の十分前になっていた。
十分。何が話せるだろう。と、いうより、私は何を覚えている? ぐるりぐるり頭を回してみる。でも、どの記憶も所々が欠落していて、完全には思い出せない。どうでもよい事の筈なのに、何だか無性に苛々する。
『なおちゃん、』
ふっと脳裏に声がよぎった。これは、いつの話だ? 『なおちゃん』と、彼が私を呼んでいたのは、いつまでだ?
『なおちゃんみたいな子の所にはやってこないよ』
『何でよ』
ああ、思い出した。これはいつかの帰り道、私がその日読んだ絵本に憧れて、彼に妖精は居るのかどうか、居たら私の所に来るのかな、という話をしたところだ。確か、私たちが小学校低学年ぐらいの時で、私も彼もあまり沢山の知識を持っていなかった。
『妖精はね、多分、自分を好きなようにこき使いそうな人の所にはやってこない――、ううん、来ちゃいけないんだと思うよ』
何よ、私が我が儘な子だって言ってるの、と私が憤ると、
『じゃあ、なおちゃんは妖精が手に入ったら、何をしてもらうの?』
と、質問を返された。私は少しむっとして
『何って。一緒に遊んで、歌って、楽しんで』
それの何処が自分勝手なの、と思いながら言った。すると、彼は急にふっと微笑んで、
『でも、なおちゃん。もし、妖精が遊びたくない、って言い出したら、どうするの?』
『どうするって……』
何も答えられない私を見て、彼はこう言った。
『それは、なおちゃんの我が儘でしょ? ねえ、僕が読んだ本の中に、こんな話があるんだ』
彼は小さく笑みを浮かべながら続けた。
『昔、魔法の島に追いやられたおじいさんの話なんだけどね。そのおじいさんは妖精をずっとこき使っていて、妖精はすごくそれを嫌がってたんだ。それでね、最後、おじいさんは島を離れることになるんだけど、その時、どうしたと思う?』
彼はのぞき込む様に答えを求めたけど、全く分からなかった私はきょとんとその目を見返すだけだった。
『逃がしたんだよ、妖精の思い通りに』
だから、妖精はなおちゃんの所にはやってこないんだよ、と諭すように彼は言った。
今思えば、何だか結論と理由が食い違っている気がする。このとき、彼は何故そう言ったのだろうか。私は、何と言い返したのだろうか。思い出そうとした時、無粋にも目覚まし時計が、耳障りな電子音を辺りにまき散らしだした。はあっ、と溜息をつき、音を止める。
いつも通りの朝以外、私には訪れないのかも知れない。どんな話をしたって、どんな時間に起きたって、全部この音にかき消されてしまう。そう考えながら、私は自分の部屋から飛び出した。
魔法の島の元ネタはシェイクスピアのテンペストです。




