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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
五風十雨の平穏
9/61

小さき火種

 群島諸国。

 大小様々な島からなるそこに、勃然と国が興ったのは、神々の大戦よりも前だそうだ。大陸と指呼の間の海を隔てて、独自の文化を築いて来られたのは、神々が争いに忙しく、ほとんどその群島に目を向けなかったからだとも言われる。

 古くから人類発祥の地との取引があったらしく、その歴史は古い。

 群島諸国側からは、魚を中心とした食料を。大陸側からは鉄や、鉱物などを。次第に時代は流れ、東部にて人間の国々が勃興し、それに伴う戦乱が加速するとその敗者達が流れ込むようになる。

 徐々にその辺りから国としての骨格ができ始めた群島諸国だったが、彼らが一つにまとまって国を作らない理由は、その群島諸国の成立過程ゆえこそだった。

 価値観の違いや、人種の違い、大義の行方。

 彼らの中に強烈な指導者が生まれなかったのもあるが、一つにまとまるべき理由が彼らには決定的に足りなかったためだ。

 神々の加護の下に発展と戦乱と繰り返す大陸に引き替え、その恩恵をもって発展してきた彼らからすれば、群島諸国のままでいてもなんら不都合はなかったのだ。

 だが、ゴブリンの王による大陸統一は、彼ら群島諸国の事情を一変させる。

 魔都の主(マンディコア)ガノン・ラトッシュの軍艦外交である。荒れ果てた大陸東部復興のため、荒っぽいながらも群島諸国の力を取り込もうとした彼の外交姿勢は、群島諸国に危機感を生みださせるに十分なものだった。

 わずかに5年。

 その間に、戦乱の大陸は偉大なる王によって統一を見た。その事実は、群島諸国の歴史の中からいえば、瞬きの間の出来事であっただろう。だが、現に大陸は統一されたのだ。史上比類なき偉業。前人未到の壮挙である。しかも、長く彼らが接してきた人間ではなく、ゴブリンという名の亜人によって。

 いつの間にか、隣人が屈強なる巨人になっていたのだ。

 その事実は、彼らに危機感と同時に憧憬をも同時に抱かせていた。

 そのような情勢の中、歴史は一人の男をその表舞台に送り出す。

 ロズレイリー・マーティ・ガース。

 七つの海を制覇したといわれる海賊達を束ねる、海賊頭である。

 灼熱の太陽を写し取ったような赤い髪。精悍さを備えた赤銅色の肌は、鋼のように引き締まり、鍛え抜かれた長身は、そこにいるだけで圧倒的な存在感をもたらす。

 黒曜石のような瞳は猛禽類のような鋭さを持ち、不敵に笑う口元は自信とともに威厳を生み出す。

 アルロデナ歴で11年。

 群島諸国最南端、バルチガスで始まったその戦の火はすぐさま群島諸国に全域に飛び火した。

 バルチガス王国が陥落した後は、まさに怒涛の勢いで群島諸国を攻め上がる。海戦ではもちろんのこと、地上戦においてもその強さは無類のものだった。

 その年齢35。

 遅れてきた海の英雄は、大船団を率いて群島諸国最後の一国ハノンナキアに迫っていた。


◆◇◆


 ハノンナキアの大使館から派遣された特使は、その肥えた腹をゆすりながら額に汗を浮かべ、魔都の主に面会を乞うていた。黒き太陽の王国(アルロデナ)における三大勢力……即ち大陸各所に拠点を持つ冒険者ギルドの支配者ヘルエン・ミーア。大陸西部の主にして、百万の命を握る男(ミリオンディーラー)ヨーシュ・ファガルミア。そして、東部における最大権力者魔都の主(マンディコキア)ガノン・ラトッシュ。そのの一角たるガノン・ラトッシュに救援の依頼を出していたのだ。

 ひり付くような焦燥感を覚えながら、特使は忌々しくも部屋の隅に設置された時計を見る。最近発明されたそれは、魔素を利用した発明だという以外に何も分からない。

 だが、なぜかその針が動くたび、焦燥感に急き立てられる気がする。

 まったくなぜこんなものを、誰が発明したのだろうか。罪なき時計に心の中だけで八つ当たりをして特使は急いた気持ちとともに貧乏揺すりに気がついて、忌々しく舌打ちした。

 彼の故国は今、危機に瀕している。それはすなわち自分自身の危機である。

 黒き布地に髑髏を掲げた悪魔どもによって、彼らの国は滅びに瀕しているのだ。

 群島諸国を形成していた六カ国は五カ国まで滅ぼされ、漂流の民と呼ばれる海上民族も、すでに三つは恭順していると聞く。残るは彼の祖国ハノンナキアただ一つのみ。

 ここにいたって大海賊ロズレイリーに勝てるなどと、彼自身は思えなかった。独立の気風は強いものの、アルロデナの介入なくして、祖国は救えない。

 尻に火がついた彼は、一も二もなく魔都シャルディの総督府の門をたたく。幸いにも、数年前から互いの国に大使館を置くことが決まっており、その長の地位に彼はいた。

「なにとぞ、お助けを!」

 悲鳴じみた声をあげる特使に、だが冷たい声でガノンは返す。

「それで、われらに何の得が?」

「このままでは、我が国は滅び、いままでの商売ができなくなります」

「それで、我が国に何の得が?」

 既に交流は国同士ではなく、民の水準まで落ち着いている。今さら国が出てくる必要などない。

「……ですが、それでも! 貴国は大国ではないか!」

「何の対価もよこさず、一方的に頼みごとをする。お前のほうが大きいから、お前のほうが強いから、と?」

 答えに窮する特使に、視線を向けるガノンの瞳はどこまでも冷たい。

「くっ……だが、それでも我が国は貴国に頼る外はない!」

 その肥えた体を床に投げ出し、平身低頭する特使に、何の感情も伺わせない視線をガノンは注ぐ。

「だが、まぁ……あんたは運が良い」

 一瞬が永遠にも思える沈黙の中、大使の頭に降り注いだのは、意外な言葉だった。

「!?」

 その時、執務室の扉が派手な音とともに開かれる。

「ガノン殿、聞けば隣国が戦とのことではないか!」

 乱暴に扉を開けた先から姿を現したのはギ・ヂー・ユーブとアルロデナの視察官シュナリア・フォルニ。鍛え上げた(レギオル)は、大戦当時から数を増して健在であり、植民都市ミドルドの総督をしていたはずのシュナリアは、宰相プエルの懇願により、その地位を返上。その経験と手腕を買われ、各地を視察官として周る役割を担っていた。

 今回ガノンの下を彼女らが訪れたのは、地方で頻発する犯罪の抑止と行政の指導のためである。下手に彼女の機嫌を損ねると、文字通り首にされる可能性もあるため、その扱いは丁寧を極めた。また、彼女の護衛としてギ・ヂー・ユーブ以下レギオルを派遣していたのだから、黒衣の宰相プエル自身の信頼と厚遇をうかがい知ることもできる。

 妖精族の貴賓と、大戦を戦い抜いた歴戦のゴブリンの登場は、特使に悲鳴を上げさせるのに十分であった。だが、その場にいる彼以外の全員が、その悲鳴など耳に聞こえぬように視線を交わす。

「よそ様の事情に首を突っ込むのはいかがなものかと、俺は思いますがね」

 不機嫌そうに答えるガノンの態度を、シュナリアは鼻で笑った。

「“失言多き天才(マーティガス)”の名前が泣いておりますわ。ガノン殿」

「お嬢様には、お聞き苦しい名前でしょうに」

「ええ、ですが魔都の主(マンディコキア)などという名前よりは、よほど可愛げがありましてよ? 坊や」

「こりゃ、失礼しましたね。おねえさま」

 たっぷりと皮肉の毒を混ぜた応酬に、顔には満面の笑み。

 だが、文官らの言葉を止めたのは武人の一言だった。

「で、どうします?」

 剣でその場の空気を裂くように、結論を求めたギ・ヂーの言葉に、二人は瞬時押し黙り、そして同時に口を開く。

「「戦だ」」

 その裂帛の気迫の如き返答に、ギ・ヂーは太い笑みで応える。

「応とも!」

 アルロデナは覇王の建てた国である。

 気宇壮大にして、誇り高き王の国。であるならば、頼られるのを、どうして断ろうか。その伏して願いたる真心にどうして応えぬ、ということがあるだろうか。

 海の英雄の前に、覇王の国の、その矛先が立塞がる。


◇◆◆


「これは、壮観じゃねえか」

 潮風に焼かれたその赤銅色の肌に、精悍な顔立ち。幾多の修羅場を潜り抜けてきた男の顔には、それだけの傷跡が見える。

「しかし、大将こいつは」

「ビビるなよ、エルバンディア。アルロデナが出張ってきやがったのさ」

 北の海を仕切る女王エルバンディア。母の名前を継いだその娘を、手下に組み込んだのはつい先年のことだった。

「こっちも数は少ないが、猛者ども揃いだ」

 南海のゼフィー、東海のグロンザリム。いずれ名の知れた海賊たちをその下に組み入れたロズレイリーの戦船は、80隻を数える。

「ですが、海人(マーマン)どももいますが」

「心配いらねえよ」

 対して向き合うアルロデナ・ハノンナキア連合軍は戦船だけで150隻。おおよそ2倍近い兵力をハノンナキア近海に展開させ、その旗艦に監察官シュナリア・フォルニが乗り込む。

「いよいよ隣国の本気だ。だがな……」

 ロズレイリーの合図で艦隊の陣形が変わる。弓なりに布陣しなおした彼らが目指すのは、敵の旗艦。対するアルロデナ・ハノンナキアの艦隊は、重厚な横隊を敷いて彼らを囲い込もうとする。

「数に勝るは我らである。徒に逸ることなく、堂々と踏み潰せば良い!」

 アルロデナの海軍を率いたギ・ヂーは無論海戦など初めての経験である。だが、陸での兵法が海で通じないとは思わなかった。援軍を頼んだハノンナキアのほうは不承不承であろうと、その指示に従わざるを得ない。少なくとも数の有利は、彼らアルロデナの艦艇の協力あってこそなのだから。

 ギ・ヂー及びシュナリア、ガノンの3人は勝てるだけの戦力を整えるのに、手を抜くことはしなかった。正しくプエルの戦術家としての後継者であるギ・ヂーは、決して数の力を侮らなかったし、少数で多数の敵を倒すということが、いかに難しいのか身をもって知っていた。

 故に彼らが整えた戦力は、妖精族の弓手だけではなく、本職の海軍たる群島諸国の敗残兵、ハノンナキアの正規軍、ゴブリンそしてマーマンと多種多様にわたる。集められるだけの戦力を集め、それを一気に集中運用する。

 それも敵が必ず勝負を仕掛けて来なければならない、機会に。

 軍のことはさっぱりわからない、二人の文官は、ギ・ヂー・ユーブの指示の通りにできるだけの戦力を集めた。三日三晩の徹夜を潜り抜け、ガノン・ラトッシュはふらつく足と、隈のできたいつも以上に目つきの悪い視線で、船に乗り込む前のギ・ヂーの前に立った。

「あとはアンタの仕事だ。任せたぞ」

「任されよ」

 力強く頷くギ・ヂーを見て安心したのか、口の端を歪めて笑うと、その場に崩れ落ち鼾をかいて眠りについた。そんなガノンの姿を、見届けたギ・ヂーは、船に乗り込むと手にした紋章旗を高々と掲げ、集まった士官達に向かって声を張り上げる。

「我らは勝たねばならん! なにゆえか!?」

 熱く滾るいくつもの視線を受け止め、ギ・ヂーはさらに吠える。

「我らこそが、アルロデナ! 我らこそがその槍先! 我らの後ろには、それを信じる者達がいる! 我らの双肩には、この国の平穏が掛っている。我らの槍先には、世界を制覇した王の悲願が宿っている!」

 人も、亜人も、全てギ・ヂーという将軍を見上げる。

「だからこそ、我らは勝たねばならん! 我が国に勝利を! アルロデナに栄光あれ!」

「アルロデナに勝利と栄光を!」

 一斉に吠えた士官達が、三々五々に自らの乗艦に移動していく。先ほどとは打って変わって、静かなたたずまいで、出港を待つギ・ヂー。その視界が、敵を捉えたのは出港してからほどなく。

 戦の、先端を開いたのはロズレイリー海賊団。

 その海域の風と波を読み切っていた彼らの操舵技術は、アルロデナの急造海軍のはるか上をいった。彼らの持つ船一隻ずつが、手足のように動く。一級品の船乗り達、海の男達を率いたロズレイリー。漕ぎ手から操舵手まで、全て自前で揃えた彼らの強みは、その機動性である。

 旗艦であるロズレイリーの船に上がる信号旗。

 “突撃せよ”

「海の男の意気を、見せてやろうじゃねえか」

 獰猛な笑みを称えるロズレイリー。

 弓なりの陣形を組んだそのまま、風を帆に孕ませ海戦の幕を開く。

「いくぞ、野郎ども!」

 士気高く突撃していくその中心に、彼の旗艦ロードマリー。優美といっても良いその船体の色は、海に輝く赤色で染められていた。

 それをさらに追い越す高速艦の姿に、北海の女王エルバンディアは眉をひそめた。

「南海の……」

 屈強な海の男たちを率いるのは、海賊ゼフィー。“血濡れ”のという不吉な綽名で呼ばれる凶悪な海賊だったが、ロズレイリーの手下に収まってからは、その鳴りを潜めていた男だ。

「大将、あれは?」

「撒餌というやつだな。マーマンどもの動きを止める」

 ぶつ切りにした魚の血を撒餌にして、(ダグ)を呼び寄せ、そのダグを囮に、本命を誘き寄せるのだ。海に流れる血の香りに誘われ、海面を割ったのは、大王烏賊。

「ふははは、さあ、追って来い!」

 海中に流れた血の香りに、興奮したダグ達は天敵の出現すらも気に留めず、夢中で血の香りを追いかける。風を背に受けた高速船の向う先には、アルロデナ・ハノンナキア連合軍。ハノンナキアの戦船から降り注ぐ矢の雨をものともせず、敵前で回頭すると、一気に敵の前面を走り抜ける。

 彼らの走り抜けた後に残されたのは、海面を漂う血の航跡だった。

 のちに、海峡の戦いと呼ばれる海戦が、幕を開けた。

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