継承者戦争《フェルドゥークの旗の元に》
軍師ヴィラン・ド・ズールが、アルロデナ総軍を統括して野戦を戦ったのは、彼の長い戦歴の中の総仕上げだった。十代の半ばから軍を采配するという極限の状況で、幾度も命を繋ぎ何度も勝利に貢献してきたのは、冷徹にして計算高い軍師としての才覚からだった。
ヴィランは、積み重ねられた戦歴と経験によって、この時フェルドゥークの一部隊すら嵌め殺すほどの冴えを見せていた。
予想外の攻勢に戸惑いはしたが、その衝撃力の高さを計算にいれ、攻勢限界を見切る。ヴィランは、かつてのプエル・シンフォルアや赤の王の軍師であったカーリオン・クイン・カークスのように戦場に一瞬の閃きを見出すタイプではない。
彼は愚直に古くからある兵学書を読み込み、自らの経験をすり合わせ、敵の行動を予測する。そして生来の高い計算能力を生かし、必要な物量を必要なだけ、敵の行動に対処させた。
戦術の切れという面では、彼ら二人に相応に劣るが、堅実性ならヴィランが勝る。刃物のような鋭さはないものの、鈍器のように相手を叩き潰すには、最適な役回りだった。
そして、彼の手元には、かつてないほどの大軍がいた。
大陸最大の軍事組織。覇王の軍勢。黒き太陽の王国総軍である。
ヴィランの目の前で、フェルドゥークの二つの部隊が連携を見せる。
一種異能と思えるほどの部隊間の連携の良さも、当初こそ戸惑うことはあったが、ヴィランにしてみれば、それすらもあるものとして考えれば、計算できないことはない。
だからこそ、、三本槍に楯を率いるルゥー・ヌミアが乾坤一擲の最後の突撃に移った時、その眼前の槍の兵の戦列を、わざと薄くし誘導しようとした。
無論、交差する大槍のグー・ジェラが連携することも念頭に入れて。
「フェルドゥークの一部突っ込んできます!」
悲鳴を上げるような伝令の言葉に、ヴィランは冷静に頷く。
「退いてはくれないね。わかっていたさ」
狙われるのは、己の命。わかりやすくていいじゃないかとヴィランは内心で苦笑する。表情は変わらず、戦場を俯瞰する軍師の顔だったが、一瞬だけ、脳裏に愛する人の面影がよぎる。
「あいにくと、僕は死ぬのを許してもらっていないからね」
薄くした戦列の一部を食い破るようにして、突破を図る三本槍に楯の紋章旗が翻る。ヴィランの経験からみれば、とうに力尽きていて不思議ではないはずだったが、思いのほか粘る。
否、と頭を振ってその常識を追い出し、自分の中の常識を塗り替えていく。
相対しているのは長剣と斧の軍。大陸を制覇した覇王の軍勢の一翼なのだ。
これぐらいは当然だと考えるべきだと、戦力の高さを見積もり直す。
「だとすれば、仕掛けは無駄にならないか」
諦念すらにじませて、ヴィランは呟いた。
突破してくるドゥーヘレヌミアに集中するアルロデナ弓兵の集中攻撃。指揮するための楼閣の上からでも土煙の合間に見えるその目標に対して、狙い澄ましたかのような集中射撃が見える。
彼我混交と言っていい戦場の只中に、躊躇なく、しかも迅速に射撃を集中して見せるアルロデナ弓兵の力量もさることながら、それに動じずフェルドゥークに圧力をかけるアルロデナ総軍の歩兵戦列も、常識はずれの胆力であった。
鉄すら貫くと言われ、事実当たり所が悪ければ、分厚い鉄の板すら貫通させる矢の雨は、確実にドゥーヘレヌミアの兵数を削っていった。
だが、少数となってなお、その勢いは衰えない。どころか騎虎之勢となって加速してすらいる。傷ついた兵が進む者の盾となって侵攻経路を確保し、周りの敵兵士を先頭で進むゴブリンに近づけない。
恐ろしく洗練された戦術行動だった。一つの意志が部隊を統率している。先頭を進むのは、部隊長だろう。ヴィランは名を知らないが、フェルドゥークの一つの軍団を任せられるのだ。
実力高く、忠誠心も高い。そんなゴブリンなのだろう。
そのゴブリンが、自身の命を狙ってくる。
ほぼ確信に近いヴィランの予想は、ドゥーヘレヌミアを泥沼にはめた。
兵力差にして実に3倍以上。それを覆すのは、一種の賭けにでなければならない。ならば、ヴィランとしてはその賭けにでなければならない相手の弱点を突く。
ドゥーヘレヌミアのあげる喚声がヴィランの耳に届く。
「当然、来る。そして僕は、フェルドゥークを決して見くびらない」
ヴィランは、指揮所に後退の合図をする。
同時に、向かってくる敵部隊を挟み込むように、削る指示を出す。
彼らフェルドゥークの戦士とヴィランを守る赤備えの兵士、ヴィランとしては無論負けるつもりはない。だが正面から戦って勝てると即断するのは自惚れだと自戒し、ヴィランは引き込みながら殲滅する方策を選ぶ。
百人隊長達に大きな被害が出たのは、予想外であったが、ドゥーヘレヌミアの殲滅に問題はない。それと連携するグー・ジェラの交差する大槍を、歩兵戦列をもって釘付けにする。
自身を囮にして、深く敵を誘引する。
突出した部隊の数を削り、部隊としての衝撃力が尽きた処で降伏なり、討ち取るなりすればいい。アルロデナ総軍の壁としての分厚さなら、十分すぎるほどだった。
だから、ヴィランの計算違いをあげるとするなら──。
岩石丘陵を攻めていた筈の、ギ・グー・ベルベナの右腕長槍と大楯の軍が、グー・ビグ・ルゥーエを先頭にして猛然とヴィラン目掛けて突撃してきたことだった。
「進め、進め! 双頭駝鳥が薪を背負っているぞ!」
その紋章旗の示す通り、長槍兵に大楯の密集陣形を組んだガルルゥーエの破壊力は、凄まじかった。通常の軍とは異なり、各々得意な武器を揃えた長槍部隊は、一度攻勢に火が付けば手が付けられない。
長さのみは統一された槍を持つ重装長槍歩兵は、あるものは十字槍、あるものは斧槍、またあるものは片刃の鎌槍を使うなど統一性など皆無であった。
3メートルならなる槍列が一斉に槍を突き出しはするが、その後の攻撃方法は、各々バラバラである。畢竟、相対した兵士一人一人が対処できれば生き残れるし、対処し損ねれば、戦列に穴が開く。
そしてその開いた穴を一気に拡充させるだけの力を持ったガルルゥーエだった。
爆発的な攻撃力に裏打ちされた、迅速な進撃。
さらに悪いことに、アルロデナ総軍の注目はドゥーヘレヌミアの殲滅に向いていた。そこを、まるで意識していない方向から思い切り頬を殴りつけるように、ガルルゥーエは強烈に打撃した。
ヴィランの背中に、生涯で何度経験したかわからない命を賭けた時の冷や汗が伝った。
◇◆◇
激突したフェルドゥークとザイルドゥークは、互いに痛み分けという結果に終わった。ギ・グー・ベルベナの突出した指揮能力とギ・ギー・オルドの高い統率能力が発揮された結果だった。
また付随すればギ・ギー・オルドには、辺境将軍シュメアとオークの王ブイがいた。
ともすれば突出しすぎるザイルドゥークを、辺境軍とオーク軍は良く補佐して損害を抑えた。ギ・グー・ベルベナ相手に善戦したとも言えるが、反対に3個軍合わせてギ・グー・ベルベナに対し、その程度しか脅威を与えられなかったともいえる。
動く要塞のごとき、オークの進撃を牽制して陣形を組みなおしたフェルドゥークは、徐々に後退しながら突出してくる部隊を迎撃。辺境軍、ザイルドゥーク、オーク軍それぞれを拘束しながら、足止めに成功する。
一方のギ・グー・ベルベナ不在のフェルドゥーク本隊は、劣勢に陥っていた。
アランサインをいなせと命じられたフェルドゥーク本隊であったが、簡単ではなかった。いかに一人一人が指揮官なみの戦術眼をもっていようと、それを束ね効率的に運用するのは、やはり指揮官が必要だった。
ギ・グー・ベルベナの不在は、虎獣と槍の軍を率いるギ・ガー・ラークスに戦術的な自由を与え、その勢いは増すばかりだった。
一度など、アランサインはその全軍をもってフェルドゥークの分厚い防御陣を貫き、再度突入して、その陣形を乱しに乱すなど、存分に暴れていたと言ってい良い。
三千という数は、小回りが利き、ギ・ガー・ラークスが直接率いることができる最大数であった。
それでもなんとか崩壊の危機を防ぎながら、アランサインの攻勢を受け止めていたフェルドゥーク一万五千に、ギ・ギー・オルドのザイルドゥークと辺境軍及びオークの軍勢をあしらったギ・グー・ベルベナが合流したのは、崩壊の二歩手前といったところだった。
「狼狽えるな! 我はここにある!」
吠えるギグーベルベナの声に、弱気に落ちかけていたフェルドゥークが応える。乱れた陣形を瞬く間に修復すると、暴れまわるアランサインに向かって組織だった攻撃を再開する。
だが、それはギ・ガー・ラークスに、自らの所在を示すことに他ならない。フェルドゥークを切り刻むことに集中していたアランサインが、獲物を見つけた怪鳥の如く狙いを定めた。
◆◇◆
「フェルドゥークに動き! 円陣の模様!」
ファルの声が、ギ・ガー・ラークスの耳朶をうつ。同時、フェルドゥークの円陣の意図を読む。それはまるで、二万の軍勢が構成する竜巻のようであった。
どの方向から攻め入っても迎撃の備えがある。そして、すぐさま攻撃に転じる用意もある。
「ファル! 続け!!」
アルロデナ総軍を率いる総大将は決断した。
突撃だ。力で押し通る!
攻め入れば反撃を受ける。だが、敢えて力で押す。
ここで巧緻に拘り時期を逃せば、それだけで勝利は遠のく。
だからこそ敢えて、力攻めだ。当然、被害は大きくなる。暴風が吹き荒れる竜巻の中を突き進まねばならない。その危険は、誰よりもギ・ガー・ラークスが知っている。
しかしだ。
それを力でねじ伏せられなくて、どうしてギ・グー・ベルベナと雌雄を決すると言えるだろうか。そんなことでは、誰に対しても胸を張るこどなどできはしない。
「ザイルドゥークに動き!」
ちらりとギ・ガー・ラークスが横目で確認すれば、ギ・ギー・オルド率いる魔獣軍は、再度の攻勢の構えが見えた。大型魔獣を多数揃え、オークの重装兵と肩を並べている。立ち並ぶ紋章旗の最前線に翻るのは双頭獣に斧の紋章旗。
ギ・ギー・オルドの気迫が乗り移ったかのように、吠える魔獣の声が大気を揺らす。
「構わん! 吶喊準備!」
掲げる大斧槍の槍先に、勝利の栄光を信じ副官ファルは、声を限りに命令を伝達する。
「突撃準備! 槍騎兵第四隊から六隊前へ!」
するりするりと陣形を走りながら再編すると、攻撃の集中するギ・ガー・ラークスの援護に回る。
「魔道騎兵第一隊から第五隊、弓騎兵第三から第五隊全力射撃準備!」
後のことなど考えないなりふり構わぬ全力での射撃準備を命じられて、彼等は決戦の最終局面を悟る。
この一撃でフェルドゥークを打ち破るのだと、槍持つ腕に力を込めた。
「驍勇を示すのは、今ここだ! 総員死力を尽くして、総大将の道を開け!」
ファルの檄に、アランサインが吠えた。
騎兵の戦意が乗り移ったのか乗騎も、大気を震わせるほどの咆哮を上げる。
ギガーラークス率いるアランサインが、フェルドゥークと激突するのと同時、ザイルドゥークもフェルドゥークと衝突した。
「……この程度で、引き下がったと思われては心外だなァ」
牙を剥く獣のように笑った魔獣王ギ・ギー・オルドは、フェルドゥークの分厚い円陣を見ながら突撃を命ずる。
「まったく、頼むよ? しっかり連携してくれないと」
その隣で肩を竦める辺境将軍シュメアは、連携して進むオーク王ブイの紋章旗を確認する。
「シュメア殿には、迷惑をかける」
至らぬ友の代わりに暗殺のギ・ジー・アルシルが礼を言うが、その言葉を軽く流して、シュメアは再び口を開いた。
「相変わらず、強いね。ギ・グー・ベルベナってゴブリンは……」
「ああ、だからこそ、挑む価値がある」
目を細めた暗殺のギ・ジーの視線の先には、ゴブリンの王とともに駆け抜けた古戦場の風景も映っている。
「直接対決の一番槍は、この俺がもらう。まさか文句はあるまいな?」
土煙を挙げてフェルドゥークの渦の中に入って行くアランサインの姿を見つめ、ギ・ギーは呟く。
戦前の一歩引いた姿勢ではなく、同じ四将軍として二人に並び立たんとする意気を感じさせる言葉にギ・ジーは口の端を上げる。
「文句を言われたら、その時はシュメア殿、よろしく頼む」
ギ・ギーの言葉を受けて、ギ・ジーは囁くようにシュメアに頼み込む。
「大丈夫だろうよ。アルロデナからは援軍依頼をもらってるし、そこにはどこからどこまで支援を頼むなんて細かいことは書いちゃいないんだ」
ふん、と鼻を鳴らし、シュメアは嗤う。
「敵の首魁だろうが、辺境の防衛だろうが、最大限貢献した部隊を優遇しないなんてことは、あの娘はしないよ」
「……どっちかと言えば、恐れているのはギ・ガー殿の勘気だがな。どちらにしても、よろしく頼む」
「あいよ」
軽く請け負って、シュメアは腰を下ろす。千年竜亀の甲羅の上を本陣として、彼らは戦場を見つめる。
「我らが軍勢に崩せぬ敵はない! 我らが軍勢に呑込めぬ敵もない! 我らザイルドゥーク! さァ、突撃だ! 進めや、ものども!」
魔獣王ギ・ギー・オルドの咆哮に合わせ、魔獣たちが解き放たれる。
津波のような魔獣軍の進撃が再びフェルドゥークの暴風に挑みかかっていった。
◇◆◇
アルロデナ総軍を襲ったギ・グー・ベルベナの右腕グー・ビグ・ルゥーエは、一度は本陣を狙う構えを見せるが、即座に反転。
取り囲まれ身動きの取れなくなっていた交差する大槍のグー・ジェラ、三本槍に楯を率いるルゥー・ヌミアとの合流に動く。
「……なにゆえ、なにゆえ、こちらに来られた!?」
目を血走らせ、口元から血を流しながらルゥー・ヌミアは、救いに来たグー・ビグを罵った。
「……」
何も答えぬグー・ビグに、ルゥー・ヌミアは縋りつく。
「あと少し、あと少しでアルロデナ総軍の頭脳を討ち取れる。この時になってなぜ!? 我らを救うような真似を!?」
荒い息の合間から、血を吐き、グー・ビグの鎧をつかむ。
「なぜ、奴らを討ち取ることに軍を使ってくれなかったのだ!? 応えよ! グー・ビグ・ルゥーエ!!」
「……この戦、終いだ」
魂を絞りだすようなルゥー・ヌミアの言葉に、グー・ビグは冷たく言った。
その言葉に、ルゥー・ヌミアは目を見開き、わずかに震えた。
「馬鹿な……」
そう言ったきり視線をさまよわせ、次いでルゥー・ヌミアは、グー・ジェラを見た。
「……」
俯くグー・ジェラの姿に、ルゥー・ヌミアは表情を憎悪に歪めた。
「臆したか!? 貴様ァ!」
「ザイルドゥークの本隊が到着した。時間切れだ」
岩石丘陵からの転進中、確かにグー・ビグ・ルゥーエは、双頭獣と斧の軍の紋章旗を確認している。
だから、アルロデナ総軍のヴィラン・ド・ズールを討ち取る機会を逃してでも、軍勢の進行方向を調整して彼らを救いに来た。
「だから、どうしたというのだ!? ここまできて、ここまできてだぞ!」
震えるルゥー・ヌミアの腕をゆっくりと己の鎧から外すと、グー・ビグ・ルゥーエは、決然と言い切った。
「大兄をお救いする。力を貸せ」
「それはっ!?」
「フェルドゥークは、敗北した。だが大兄がどうしても死なねばならぬ道理はない。少なくとも俺はそう思う」
ルゥー・ヌミアの噛み締めた奥歯がギリリとなった。
「……わかった。反転する」
「良し、目指すはザイルドゥークの側面、行きがけに、あの青銀鉄者どもを蹴散らすぞ!」
後退は前進よりも難しいと一般的に言われる。
特に敵と相対している時は、だ。
それは、後退すれば相対している敵が迫り、追撃を加えるから。
だがそれをこの時、グー・ビグ・ルゥーエは、アルロデナ総軍に対して完璧にやり遂げて見せた。
合流した二つの部隊を先行させると、自身のガルルゥーエを殿として残す。
離脱を確認した後、大隊ごとに後退を繰り返し、大きな被害を出さずに転進を成功させた。
当然アルロデナ総軍からも追撃を試みたが、ガルルゥーエの大隊同士連携と、アルロデナ総軍の混乱状態から指揮系統の復活の遅延を招きガルルゥーエは転進に成功。
包囲の危機にあるギ・グー・ベルベナの救出を試みるべく、その矛先を転換させた。
◇◆◇
ギ・グー・ベルベナ率いるフェルドゥークの中枢は、ザイルドゥークとアランサインの全力の攻撃をよく防いだ。
魔獣の襲撃を整えた戦列を徐々に後退させることによって防ぎ、アランサインの突撃を遠距離から牽制してその衝撃力を緩和しようと試みた。
特に魔獣の襲撃については、組織だって狩ることを指示されたフェルドゥークの戦士達は、ゴブリンの王が狩猟において最初期に提唱した三位一体を思い出し、大型魔獣の襲撃すらも防ぐ。
また防ぐだけでなく、足の止まった魔獣をしっかりと仕留めて応急的な盾として活用するなど、戦闘それ自体は有利に進めた。
アランサインに対する遠距離攻撃にしても、正面からギ・ガー・ラークスを狙えば魔法によって防がれることがわかっていたため、後続を狙うように間断なく投げ槍、投石を繰り返しアランサインに被害を与えていった。
しかし、何事にも限界というものがあったのも事実。
そしてフェルドゥークの限界点は、オークの突進と、アルロデナ総軍の攻撃参加によって決定的となった。
「今ここが、決戦の時! 我らがオークの百年の繁栄は、今この時にかかっているぞ! 続け!」
オークの王ブイは、脂汗を流しながら、吼える。
ザイルドゥークの思わぬ突進に慌てはしたが、勝負時を間違えることはなかった。
ただし、続けとは言ったものの、周囲からほぼ取り押さえられるような形で前線に行くことを拒否され、代わりに彼に近しいオーク達が善戦で奮戦する。
「……全軍を攻勢に転じる。陣形を横陣から流陣へ!」
フェルドゥークの左翼と中央に最後まで分厚い壁として立ちふさがったアルロデナ総軍を指揮するヴィランは、陣形変換の指示を出す。
ガルルゥーエの突撃に見逃された形となった彼は、忸怩たるものを抱えながらも、冷静に状況を分析する。
ギ・グー・ベルベナ率いるフェルドゥーク最大の強みが、今は付け入る隙となっていた。
それは人数の多さと、全員が指揮官級の人員であるということだ。
アルロデナ4将軍の中で、最大規模のゴブリンを指揮していたのはギ・グー・ベルベナである。故に彼は偉大なる支配者と呼ばれたのだ。
だが、一匹で指揮できる数には限りがある。
だからこそ部隊を編成し、指揮官を付け、己の意志を部下の指揮官に託して大多数を動かすのだが、その指揮官級の人材がギ・グー・ベルベナと全く同じ思考ができるかと言われれば、そんなはずはない。
そこに差が生まれ、付け入る隙になる。
「グー・ビグ・ルゥーエを始めとしたギ・グー・ベルベナは以下の判断は、部下として間違っていない。だが……」
果たして反乱者ギ・グー・ベルベナとして、その決断を受け入れられるのか。
「長剣と丸楯の軍に再度、攻撃の準備をさせてください」
ヴィランの眼下では、行きがけの駄賃とばかりにガルルゥーエの強襲にあって半壊したガルバディン以下の青銀鉄装備の兵達が再編して、追撃の構えをとっている。
「粘り強いのは、何もフェルドゥークの専売特許ではない」
アランサインと相対していたフェルドゥークの一部を囲い込むようして動くザイルドゥーク。
そしてそのザイルドゥークに衝突するや、波をかき分けるようにして進むガルルゥーエの姿に、ヴィランは目を細める。
ザイルドゥークとガルルゥーエが衝突するその背後へ、さらに兵を展開させる。
狙うのは、ガルルゥーエの背後。
「先ほどの、お礼はさせてもらおうか」
本陣を狙われていた軍とは思えない速度で統制を回復したヴィランは、編成の済んだ部隊を即座にガルルゥーエ追撃に振り分けた。
同時並行して包囲のための部隊を移動を指示し、独立的に行動する南方軍にも指示を飛ばして包囲の調整を図る。
土煙の向こうに見えるフェルドゥークの旗が、まるで波間に取り残された孤塁のように翻っていた。




