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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
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継承者戦争《混沌の戦場》

 近衛を撃破した虎獣と長槍の軍(アランサイン)は、わずかな損耗を出しただけで、フェルドゥークに向かう。

「ファル!」

「はっ! 曲射準備!」

 槍騎兵の前衛から負傷した者達が後列へ下がっていく。同時にその穴を埋めるように、無傷の槍騎兵たちが前衛に躍り出て鏃の陣形を構成していく。同時に、ファルの号令に応え、第2戦列、第3戦列に弓騎兵、魔導騎兵達が列を作る。

 第1戦列を形成する槍騎兵も、馬上槍を片手に抱え、反対の手に盾を構えた。

「敵、投擲!」

 見れば、斧と長剣の軍(フェルドゥーク)からも、投げ紐(スリング)を回しながら、走るゴブリン達から投擲が始まっていた。当然集中するのは、先頭を走るギ・ガー・ラークスのところだ。

「護衛! 先頭を守れ!」

「おうさ!」

 特に重武装の騎馬兵達がギ・ガーの後ろにつける。ギ・ガーに向かう魔法、投擲を、風の魔法で逸らしていくのが彼らの役割だった。そのため、彼らは武器を持たず、盾のみ抱えて先頭のすぐ後ろを走る。

「距離、まもなく! 射程圏内」

「グルゥウルウァアァ!!」

突撃(チャージ)ぃいい!!」

 ぶつかる瞬間、ギ・ガー・ラークスが吠えた。同時にファルの合図で、せき止められていた大量の水があふれだすように、第2戦列、第3戦列を形成する騎馬兵から弓と魔法の矢玉がフェルドゥークの最前線に突き刺さる。

 頭上から落下してくる炎弾が物理をともなって、フェルドゥークのゴブリン達が頭上に掲げた盾を砕く。あるいは盾を砕くことができなくとも、その掲げた腕の骨をへし折る。わずか一拍遅れて降り注ぐ大量の矢の雨が、彼らに降り注いだ。

 また地面に落下した炎弾は、後続の魔導騎兵の放った風の魔法で、威力を増され、噴き上げる炎となって視界をふさぎ、近くのゴブリンの体を焼く。

 直後、速度を増したギ・ガー・ラークス率いるアランサインの槍騎兵達が背の低い南方ゴブリンを文字通りひき潰しながら、突進してくる。かつてゴブリンの王が騎乗したアンドリューアルクスほどではないにしろ、彼らが騎乗するのは、魔物と認定される騎獣達だ。その獰猛さは、通常の馬と比べるべくもない。

 ギ・ガー・ラークスからして、コクオウと名付けた黒虎にまたがっており、空間を立体的に使う市街地の戦いにおいても、無論野戦においても、その獰猛さ戦闘力の高さは他に類を見ない。

 だが、フェルドゥーク側も決してやられるばかりではない。歴戦の戦士たる彼らは、指示などなくとも対騎馬集団など、容易になしえる。

 ギ・ガー・ラークスの勢いに抗しえないと判断した彼らは、その進路を妨害しつつも、狙いを後続に絞る。両翼から締め上げるように投擲、横入などを繰り返し、勢いを殺すことに主眼を置く。

 あわせてフェルドゥークの半ばまで食い破った先頭のギ・ガー・ラークスに対して、五人程度がひとまとまりになり、簡易な槍衾を形成して、その進路を捻じ曲げようとする。

 自軍がアランサインに対して数倍する兵力であるからこそ、取れる戦術であった。いかにアランサインの勢い凄まじくとも、それはギ・ガー・ラークスを支える騎馬兵あってのもの。それを切り離してしまえば、単独ではフェルドゥークに叶うはずもない。また、急激な進路変更は次第に勢いを弱める筈と、長年の経験からフェルドゥークを構成するゴブリン達は考えていた。

 そして、アランサインの通過した後背から足の速いゴブリン達が、土煙の向こうに向かって、投擲を継続し、脱落した騎馬兵を無慈悲に刈り取っていく。ギ・ガー・ラークスの勢いが落ちれば、即座に取り囲み、殲滅の構えを見せる。

 フェルドゥークの圧力を、より強く感じていたのは、副官たるファル・ラムファドだった。先頭を進むギ・ガー・ラークスに比して、彼女は集団の中段に在り、全体を見渡す役目を担っていた。その面でいえばアランサインの統率者は彼女といっても過言ではない。

「……今はいい。だが……」

 口の中で内心を吐露する彼女は、誰にも聞こえないように、呟き、素早く周囲に視線を走らせる。周りの騎馬兵達は、今は必死に先頭を走るギ・ガー・ラークスの背中だけを追いかけている。だが、それはギ・ガー・ラークス個人の突進力に依存しているのだ。

 その集中力が切れたとき、あるいはその突進力が鈍ったとき、フェルドゥークの中心たるギ・グー・ベルベナに届かない場合は、アランサインは殲滅される。

「それにしても……」

 騎馬集団の中段にいる彼女でさえ感じる実に分厚い布陣だった。すでに七層もの壁を突き破り、フェルドゥークの中心へ向かって駒を進めているというのに、未だ序盤かと見まがうばかりの壁の厚さがある。

 通常、騎馬兵は突き破りやすい場所を突き破る。しかる後、陣地を切り裂くにしろ、殲滅戦へ移行するにしろ、敵の中枢を破壊するという点に関しては、同じであった。

 フェルドゥークの恐ろしさは、戦士一人一人の質の高さだ。まるで、一人一人が指揮官であるかのように、自然に最善の行動をとろうとする。

「──横入!」

 ファルの見ている前で、アランサインの横腹に三十ほどの小集団が突撃を仕掛けてきていた。

「第3弓騎兵隊! 横射三連!」

 ファルの声に指名された熟練の弓騎兵が、曲射から即座に直射に切り替える。先頭の勇猛果敢なゴブリンに対して、射撃を集中。無論、フェルドゥークの戦士も直射程度を恐れはしない。眼前に盾を掲げ、速度を落とさず突進してくる。

 だが、熟練の弓騎兵はそのさらに上をいく。盾で防がれることを当然とした上で、一射目で盾の上部にかすらせ、足元の空間に余裕を作ってから、走りくるフェルドゥークのゴブリンの足を射抜いて見せた。

 神業にも等しい射撃をなして当然とばかりに、弓騎兵達は、後続のゴブリン達を文字通り縫い留める。

 さらに投擲に対しては、数少ない風の魔法の使い手である魔導騎兵の防御的に張った上昇気流の魔法で、まともに届かない。

 三千からなる集団が、騎馬集団が縦横無尽に暴れまわるのを何とか防ぎとめている。現状としてフェルドゥークの認識はそうだったが、決してアランサインにも余裕があるわけではない。


◇◆◇


 ギ・ガー・ラークスが先頭に立ってフェルドゥークの分厚い陣営を突破しようと図っていた時、ギ・グー・ベルベナが何をしようとしていたかと言えば、戦場全体の再構築だった。

 アルロデナ総軍を押し込み、短時間で双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)の先遣隊を蹴散らし、亜人連合と旧王家諸国連合を逼塞させながらアランサインを相手にしていたのだ。現場指揮官たる軍長達が当然ながら指揮をとらせはするが、その全体の状況を判断するのは彼の役割だった。

 次々に入る伝令の報告に、その場その場で指示を出しながら、戦場に立っている。

 そんな彼のもとに、最悪の知らせが届いたのは、アランサインの突入からほぼ同時。

「──ザイルドゥーク、にオーク軍及び辺境軍の紋章旗が南に確認、総数不明!」

「来たか」

 呟いたギ・グー・ベルベナは戦況が劣勢に陥ったことを認識した。

 包囲の強化、数の暴威だ。

「……ふん、ギ・ガーとの戦いの前に、ギ・ギー・オルドと遊んでやるか」

 圧倒的理不尽の前に、ギ・グー・ベルベナは口元を不敵に歪めた。

「アランサインはしばらくいなせ(・・・)

 そう伝令を通じてフェルドゥーク全体に指示を出すと、自身は紋章旗を本陣に残したまま、五千の兵のみを連れてザイルドゥークを中心とした南西からの軍勢に対処する。


◇◆◇


「フェルドゥーク、いやギ・グー・ベルベナ殿は、相手をしてくれるようだな」

 暗殺のギ・ジー・アルシルは、魔獣王ギ・ギー・オルドの隣で、戦場を見下ろしていた。

「おう、そのようだ。間に合ったな」

 不敵に笑うギ・ギーは、腕を組んで戦場を睨む。

「二人の争いには加わらないのではなかったか?」

 横目であきれ気味に問いかけるギ・ジーに、ギ・ギーは眉間にしわを寄せたまま腕を組む。

「あれは、気の迷いだ。やはり、やる! 我が王を思う気持ちは、我らとて同じ。なぜ、俺だけが割を食わねばならんのだ。ギ・グー・ベルベナ殿を殴り倒して、俺が四将軍筆頭になっても問題ないはずだ。いや、むしろ、なる!」

 憤懣やるかたなしといった風に肩を怒らせてギ・ギーは叫ぶ。

「……ギ・ギーよ」

「おう」

 ギ・ジー・アルシルの口元が三日月に歪む。

「俺もそう思っていたところだ。やはり、本物の戦場は、血が騒ぐな。昔を思い出す!」

「ふ、ふふははは! さすが、ギ・ジーだ! 愉しくなってきたぞ!! 者ども突撃だァ!! 舐め腐ったフェルドゥークの奴らを魔獣の餌に変えてやれっ!!」

 ギ・ギーが足を踏み鳴らすと、嘶く魔獣の咆哮を皮切りに津波のような、と称される魔獣王の進撃が始まった。

 それに驚いたのは、フェルドゥークを率いるギ・グー・ベルベナよりも、同盟を組んで戦場にやってきたオークや辺境軍だった。

「えぇぇ!? やるの? いきなり? 守りを固めるんじゃないの?」

 日に夜を継いで戦場に駆け付けた彼らのうち、オークの王ブイは、いきなりやる気に満ち溢れ突出したザイルドゥークに混乱の極みだった。

 当初の予定では戦場に到着後敵の一部を牽引して、戦場全体を有利に持っていく。できれば損耗は減らして、という方針だったはずだ。

 それがどうだ。戦場に到着して準備もせずに、勢いのままに突撃を始めた。

「悪い癖だよ。まったく!」

 シュメアは乱暴に髪かきむしる。少し前に合流した先遣隊(リゾナジェル)からの報告で、戦場の優劣定かならずということはわかっていた。

 だからこそ、成長したギ・ギーならば慎重になるだろうと高を括っていたのだが、完全に予想が外れた。

「領主としての思考を投げ捨ててるね」

「どうしますか将軍!?」

 ぼやくシュメアに部下が声をかける。

「……ザイルドゥークとオークに連絡して、ザイルドゥークの後背を守るように配置をとるしかない。今からじゃこっちの体力が持たないよ」

 敬礼して走り去っていく部下を見送り、シュメアは追加でオークのブイに伝令を走らせる。

「ああ、オークの方は追加で伝令を頼むよ。ザイルドゥークの後背を守るに際し、ゴブリンへの説明は辺境将軍の名で行う。承知おきされたし、だ。よろしく頼むよ」

 部下を走らせ、再び戦場に目を向ける。

 土煙の色濃く漂う戦場の向こうに、目を向けてシュメアは誰にも聞こえないよう呟いた。

「馬鹿しかいないんだから……」

 出た言葉とは裏腹に、口元は温かみをたたえていた。


◇◆◇


 フェルドゥークとザイルドゥークの衝突は、序盤から攻めるザイルドゥークと守るフェルドゥークの展開で始まった。長駆進撃を続けてきたザイルドゥークは、その疲労も見せず狂奔のまま整然と隊列を並べたフェルドゥークに向かっていく。

「自由散会、魔物狩りだ。愉しめ」

 中小型の魔獣を定石通りに突撃させてくる魔獣王の攻勢に、暗黒の森南方の偉大なる支配者ギ・グー・ベルベナは好戦的に嗤った。

 ギ・グー・ベルベナの命令を聞いたフェルドゥークのゴブリン達は、口笛を吹きそうなほど、戦場に似つかわしくない歓声を上げて、隊列を組みなおす。

 各人の間隔を広く取り、己の得物を十全に振るえる距離を確保すると、怒涛の勢いで向かってくる小型、中型の魔獣に対して、むしろ待ってましたとばかりに歓声を上げて得物を振るい倒していく。

 己の前に積み上げる中小型の魔獣の屍を戦果として、周囲に強さを強調する最も古典的な競争意識が彼らの中にはあった。必然的に隊列の後ろに陣取った者からは、戦果が少ないと不満を述べ、自然と前列を入れ替えるという代謝が起きる。

 通常なら、ザイルドゥークと相対した敵はその物量に押し流されるのが常だが、ことフェルドゥークに至っては、狩猟の戦果が大挙して向こうからやってきたという意識しかなかった。

「この魔獣の皮は、いいものだ。さすがザイルドゥークだな」

「なにを、こっちの方が良かろうよ。盾に貼るならやはり、こっちだ」

「お、あっちに良い獲物がいるぞ」

「持ち場を変わるか? こっちは充分な戦果だ」

 いたるところで狩りを楽しむ戦士の気楽な声が聴かれ、疲労を忘れるほどだった。

 だがその状況も大型の魔獣が投入されると状況が変わってくる。魔獣軍の主力ともいうべき大型魔獣の力は、いかに歴戦のフェルドゥークのゴブリンといえども、余裕をもって戦えるほどではない。

 そもそも大型魔獣が群れること自体が稀な事態であるためだ。単独の大型魔獣を仕留めたことがあるゴブリンは多数所属するものの、大型魔獣の群れを──しかも多種多様な種類の大型魔獣を仕留めた経験などある者の方が稀だった。

「隊で当たれ、図体は大きくとも、魔獣に変わりはない。仕留められないものはないぞ」

 ギ・グー・ベルベナの指示は的確だった。

 ザイルドゥークの大型魔獣は、多くの場合フェルドゥークの組織的な狩りに敗北して地に伏せることが多かった。しかし何事にも例外は存在する。

 年を経た魔獣は、他の魔獣を隷属させ、長年の経験から得た戦い方からして、全く別物になる。広い戦場のいくつかの場面においては、逆にフェルドゥークのゴブリンを圧倒し、戦列を崩壊させる場面もあった。

 しかし全体としてみれば、ザイルドゥークの進撃を防ぎ止めた。

 中小の魔獣は狩られ、大型の魔獣までも倒し、なおフェルドゥークは健在を保つ。

「ザイルドゥークの攻勢に合わせて前に出る!」

 突然のザイルドゥークの狂奔に焦りはしたが、オークの王ブイは、やはり優秀な指揮官だった。ザイルドゥークの攻勢が、思ったほどの効果を発揮しないと見るや、オークの全軍を前に出し、第二戦線を構築してフェルドゥークに圧力をかけ、ザイルドゥークの援護に入る。

 全身を鋼鉄製武具で固めたオーク兵を最前列に並べ、槍先を揃えて前進する様子はまるで動く要塞だった。

「前進!」

 動く鋼の城砦は、じりじりと隊列を組んで散会していたフェルドゥークの戦列へ迫る。

「オークには、投擲で牽制。その間に、大隊での隊列を組みなおせ」

 淡々と指示を出すギ・グー・ベルベナの指示に従い、フェルドゥークの五千の兵は散会した状態からすぐさま大隊規模への陣形を組みなおす。

 手にしたスリングや投げ槍をオークの戦列に対するけん制として使用しわずかばかりの時間を稼ぐ。

 ギ・グー・ベルベナは、この後の展開を戦場の中にあって読み進めていた。


◇◆◇


 アルロデナ総軍の思わぬ反撃にあい、交差する大槍(ジェラミア)のグー・ジェラ、三本槍に楯(ドゥーヘレヌミア)を率いるルゥー・ヌミアともに、苦戦のただなかにいた。すでに戦力は半減している。急速な反転から友軍の危急に駆け付けた謹厳実直なグー・ジェラも、自身の育て上げた精鋭をすり潰すようにしてアルロデナ総軍の背骨を叩き負ったはずのルゥー・ヌミアも、およそ経験したことのない分厚い防御陣形に打てる手段が限られてくる。

 まるで巨大な山脈を素手で掘り進むような、そんな手応えだった。もっとも軍長たる彼らはそんな内心などおくびにも出さず、周りの戦士たちを鼓舞する。

 だが、陣形は崩され、綻んでいた戦列を補修されていくうち、劣勢に陥るしかないことは否めない。アルロデナ総軍の戦列をこじ開けたルゥー・ヌミアだとて、二度はできない博打であったのだ。

 それを冷静に、しかも的確に防いで見せたのは、軍師ヴィラン・ド・ズールの手腕だった。

 しかし、戦況の天秤を傾けるのは突然やってきた。

 ドゥーヘレヌミアの後背を襲っていたガルバディン率いる三千の青銀鉄(スリラナ)装備の精鋭が、ついにドゥーヘレヌミアの戦列を打ち破ったのだ。

 一気に強くなる圧力。

「よし、やってくれたなガルバディン将軍! 戦列を立て直す。エルフ諸兄に伝令」

 戦況を見守っていた軍師ヴィランは、即座にアルロデナ総軍に食い込んだ楔の先端に、アルロデナ弓兵の集中攻撃と、残り少なくなった蛮族エルフの剣士達を投入した。

 もはやフェルドゥークのドゥーヘレヌミアに、往時の力はない。

 そう判断したヴィランは、ここが勝負時だと判断する。

 同時に中に侵入したルゥー・ヌミア以下を囲い込もうと、後続を遮断するため積極的な攻撃を命ずる。と同時に、戦列の一部を不自然に薄くする。

「ぐ、ぬ……」

 己の全てを賭けた突進を防ぎ止められたルゥーヌミアは、苦痛に喘いだ。

 細かい傷など数え挙げれば切りが無い。だが、彼を呻かせたのは、自らの攻勢限界を見切ってしまったが故だった。

 ──届かない。

 象徴たる旗は倒せた。背骨たる百人隊長達を、倒すこともできた。しかし、しかしだ!

 アルロデナ総軍の心臓部、次々に身体ぜんせん血液へいを送り出すが如き、あの心臓部に。

 賭に負けた。

 意識せずとも、その落胆が僅かな隙を生む。熱を持った体の中に、差し込まれる氷塊のごとき冷たさ。

 深々と刺し貫かれた己の身体。胸に開いた傷から流れる血液は己の命数そのものと見えた。

「軍長!?」

 叫ばれた悲鳴に、意識が覚醒する。

 まだだ、と意識のどこか抗う声がする。

 このままでは終われない。突き立った槍の柄を叩き折り、悲鳴を上げる体を意志の力でねじ伏せる。

「……前進だ! 進めいィ!」

 横目で伺う戦友の軍は、包囲の危機にある。だが、それでも生真面目なグー・ジェラならなんとかするだろうと、口の端を釣り上げた。

 願わくば、こちらの骨も拾ってほしいものだと考えて、視線を前に戻す。

「──良いか。我らフェルドゥーク、我らドゥーヘレヌミア! 進む先にこそ勝利がある!」

 痛む傷を無視して、精一杯血の混じる声を張り上げる。

「突撃にぃぃい、進めえぇぇ!!」

 目指すは、アルロデナの心臓部。

 総軍を総括し動かしている軍師ヴィラン・ド・ズールの命。

 先頭に立つルゥー・ヌミアに、三本槍に楯(ドゥーヘレヌミア)の紋章旗が続いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 北方謙三並に読み応えある!!
[一言] ザイルドゥーク、このままだといいとこなしで終わりそうですね。まあこのままで終わらないでしょうが。 アルロデナ総軍の方は最終局面ですね。詰めに入ったヴィランにフェルドゥークの死兵と化した突撃は…
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