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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
57/61

継承者戦争《ギ・べー・スレイ》

 鉄の義手で手綱を緩める。同時に内太腿で、馬体を締め上げた。自然、駒の歩む速度は上がり馬蹄の響かせる音が軽快な調子を刻む。今や地面を歩くのと変わらぬ馬体の揺れを感じながら、高くなった視界からふと天上を見上げれば、蒼穹の空高くに、一羽の鳥が飛んでいた。

虎獣と槍の軍(アランサイン)、そして、ギ・ガー・ラークス」

 内心でその雷名を反芻して、亡霊たるギ・べー・スレイは、昏き炎を自覚した。

 思えば、創設当初からアランサインと王の近衛は、比較される運命にあった。同じ騎馬隊であり、その機動力に重点を置いたアランサインに比して、突破力に重点を置いた王の近衛。

 どちらが優れていたのかなどと比較するのは、愚か者のすることだ。どちらにも利点がある。

 蛇咬槍(ガムルン)の切っ先が、鈍い光を返す。

 その輝きに、どれ程の血を吸わせてきたのか、ギ・べー・スレイと、彼に従う王の近衛達は、アランサイン目掛けて徐々に速度を上げ始めた。


◆◇◆


「お前の名前は本日この時より、ギ・べー・スレイだ」

 その衝撃は、まるで頭の先から足の爪先まで、痺れるような感動を持って俺を貫いた。見上げるばかりの巨躯、全てを見抜くような鋭い眼光、何をしても敵わないと思わせるだけの鍛え上げられた太い腕……まるで、力の象徴として俺の前にその方はいた。

 名前を貰う。

 その圧倒的な御方が、何ものでも無かった己自身に、価値はあると認めてくれた。

 周りに居並ぶゴブリン達は、どれも並のゴブリンなど歯牙にも掛けない程の猛者達だ。

 その全てを従えて尚、微塵もその御方の偉大さが揺らぐことはない。なお一層輝いて全てのゴブリンの上に立つべき王。ただ一人、唯一無二の王。

 その御方を、王と呼べることのなんと幸せなことか。その御方に価値を認めて貰うことのなんと嬉しいことか。

 この命を捧げて、尽くすべき我らが王。

 だが何故、俺はあの時、この身をもってその御方をお救いできなかったのか。確かに相手は、比類ない力を持った敵だった。

 神そのものと言って良いその力。恐らく俺の命を賭しても、僅かな時間稼ぎすら出来ないかもしれない。

 王は、見ていろと、おっしゃった。

 だが、それでも!

 割って入るべきだったのだ! そうでなければ、何のための近衛、何のためのこの命!

 俺の命で、我が王の命が僅かでも生き長らえるなら、この命など惜しくはない。そのはずだったのに……結果はおめおめと生き延び、王は冥府の門をくぐられた。

 あの戦いを覚えている。忘れようもない。今も目を閉じれば、浮かんでくるのは、雲を切り裂く王の大剣、耳に聞こえるのは、激しく斬り結ぶあの剣戟の音、そしていつも我らの力を奮い立たせるあの雄叫びの声。

 ギ・ガー・ラークス。貴様にも、聞こえているのだろう……?


◇◆◇


駆ける馬蹄の響きが、過去を思い出させる。

「大陸を制覇した後?」

「ええ、そうです。どのような統治をお望みで?」

 考え込んだ王が太い顎に指をやり眉をひそめた。何を言っているんだこの妖精族の女は。

 今や黒衣の宰相などと呼ばれるあのプエル・シンフォルアの第一質問は、まるでわけの分からないものだった。

「このままいけば遠からず、大陸を統べることが出来ます。その後あなたはどのような統治をお望みで?」

 プエル・シンフォルアの言葉に、王は口許を歪ませた。

「まるで俺に苛烈な統治をしろと言って欲しいようではないか?」

 黙り込むプエル・シンフォルアの様子をただ俺は黙ってみている。ついぞ、そんなものに興味は無かった。王が治めてくれさえすれば、中身などたいした問題ではない。

「そうだな……ではギ・べー」

「ははっ!」

「お前はどう思う? この大陸須く征服した後何を望む?」

 嗚呼、その時俺は何と答えたものだったか。正直に言えば聞かれている意味が分からなかった。しかし、我が王に失望されたくは無かった。

 だからこそ、その時は知った風なことを言ったのではなかったか。

「我が王よ、王の望む統治が我らの統治です」

 全く恥の多い答えた。

「……なるほど、そうか」

 王の望む答えではなかったのだろう。王は、思案にふけり、その太い顎に手を当てながら、目を閉じる。

「ですが、出来ますならば、騎馬には引き続き乗りたいと思います」

 その瞬間、我が王は、思案から戻り膝を叩いて目を見開いた。

「そうだ。それだ! ギ・べー!」

「はっ!?」

 王は、大きく頷かれ、プエル・シンフォルアに向き直った。

「この大陸全てを使って、俺についてきた者達に、望みを叶えてやりたい。できる限りではあるがな」

 すかさずプエル・シンフォルアが口を挟む。

「民衆と彼等の望みが相反するときは?」

「調整せよ。それが文官の仕事だろう?」

「こちらの要求を力で通すのではなく?」

 プエル・シンフォルアの質問に王は、苦く笑った。

「望むものを手に入れるには、力が要る。だが、それを維持するのに必要なものが、力だけとは限るまい。時間であったり、代替物であったりが解決するのなら、それで構わないだろう」

「あなたについてきた者達は不満に思うのでないですか? 我らは勝者なのに、と……」

「我らは勝った。いや、勝ちつつある。だが、それに驕り、勝者だから何をしても良いとなれば、それは滅びのきざはし(・・・・)だろう。我らは勝者だ。だからこそ、慎まねばならんし、謙虚にならねばならん」

 そして、俺の方を見た。

「誇りは胸中にある。勝者の特権とは、それを抱いて生きていけることにこそ、あるのではないか」

「……まこと、貴方は賢明でいらっしゃる。貴方が短命なゴブリンであることが呪わしいほどに」

「ギ・べーよ。大陸を制覇した後、自分が何をしたいか、考えておけ。馬を駆って、広く大地を駆けるのも良し、大陸の外を旅するのも良し。お前のやりたいことを、やらせてやる」

 その時俺はひどく悲しい気持ちになったものだ。

「……我が王よ。出来ますならば、ずっと貴方のおそばで、露払いをさせていただきたく」

 これ以上にやりたいことなど、ありはしないのだ。

「……そうか、まぁ時間はある。考えておけ」

「……ふふ、部下の望みを叶えるため、慎んでくださいね」

「そういう、ことではないのだが……」

 王よ。今なら貴方の言わんとしていたことが分かります。自身で考えよ。そう貴方は、仰っていたのですよね。

 貴方が、冥府の門をくぐられてから、我らは何も変わることが出来なかった。貴方の望みを叶えること、貴方に声をかけ、喜んで笑って貰えること。

 それが、我らの望み。

 いくら考えても、それ以上のことは、思い浮かばないのです。

 だから、こんなことになってしまったのかもしれません。

「我が王よ……」

 わずかな追憶から目を戻す。

 眼前に迫るは、ギ・ガー・ラークス。王の最後の命令を受けた者だ。

 世界の果てにまで、手を届かせるのではなかったのか。我らが王の、我らが唯一無二の名を、あまねく世界に鳴り響かせるのではなかったのか!?

 果てにあるのは海だとしても、大陸など捨てて、その先に行くべきではなかったのか!?

 敵を倒し、葬る。

 その上にこそ、我らの王国の安寧はあるのではなかったか!?

「ギ・ガー・ラークス!!」


◇◆◇


 蛇咬槍(ガムルン)の切っ先を頭上に掲げる。

 距離は既に、突撃の間合いの内だ。ここから、獲物を逃がすことなど互いにあり得ない。

 狙いは定めた。

 大蛇が獲物を狙い一呑みにするように、ゆらりと切っ先が揺れる。

 頭上に掲げた蛇咬槍を、勢いよく振り下ろす。

 ──散開!

 下した無言の命令に、しかし……共に走る近衛達は従わない。

 驚きと僅かながらの怒りをにじませ、すぐ後ろを走る僚騎を睨む。

「なぜ、散開しない!?」

「聞けぬ命令だ」

 返ってきた言葉は平坦かつ笑っているようなものだった。だからこそ、尚のことギ・ベーは、怒りを滲ませる。もはや、アランサインとの衝突まで間がない。

 散開して衝突を回避するのは、無理かもしれない。

 アランサインが散会した近衛を追うのであれば、後続を走るフェルドゥークに、陣形を崩したまま突っ込むことになる。英明なギ・ガー・ラークスがそれを許すはずがない。

 だとすれば、衝突の瞬間さえ避けてしまえば、近衛が生き残れる可能性は高いといえる。

「今更になって何を迷う」

 見返す瞳とその声音は、ひどくギ・ベーの心をかき乱した。

 迷ってなどいない! 

 迷うことなどあるはずがない。

「今回の戦、確かにお前が先頭に立った。しかしな……」

 そう反論すべきギ・ベーの口から反論が漏れることなく、僚騎を睨み続けるにとどまった。

「我ら一同、揃って冥府の王にまみえるが望み。そうであろう?」

 言葉を引き取ったのは、さらに追いついてきた僚騎だった。

「……それでは、フェルドゥークとの作戦が」

 ギ・ベー・スレイは、なおも言い募るが、左右に並ぶ近衛たちは鼻で笑った。

「なんとかするのが、4将軍たるギ・グー・ベルベナの手腕であろう! それもできずに負けるなら、それまでの男よ!」

 高らかに宣言して、ギ・ベーの肩を叩く。

 思わず眉を潜めるギ・ベーに、僚騎は意地の悪い笑みを浮かべた。

「俺はどうも、ギ・グー殿は好かんのでな! だから、まぁこれぐらいの悪戯は許されるだろうよ!」

「おい、いくらなんでも!」

「だからな、ギ・ベー。お前も好きにやるんだ。俺たちも好きにやらせてもらう」

 不敵に笑う仲間の顔に、ギ・ベーは説得を諦めつつあった。

「お前は気にしすぎる。お前が一人悪名を被ろうとするのに、付き合う奴らが、少なくとも、これぐらいはいるんだ。なぁ、ギ・ベー」

 その言葉の優しさに、言葉を失ったギ・ベーは、鼻を鳴らして眼前に迫るアランサインを見据えた。

「……ふん、後悔するなよ」

「今更過ぎて、笑いも起きぬな! さあ、盛大に掲げてくれよ!」

 背に負うは、偉大なる黒き太陽の御旗。

 ギ・ベー・スレイ率いる近衛の誰もがそれを、郷愁とともに見上げて、眼前を振り向いた。

 すでに距離は、目と鼻の先。

 ギ・ベー・スレイ率いる二百騎は、喉も裂けよとばかり、声を張り上げ、一丸となって、アランサインに突っ込んだ。


◇◆◇


 馬上から見えるのは、かつて相対した精鋭の姿。震えそうになる掌に無理矢理力を込めて、手綱を握りしめる。

「恐れるな!」

 噛み殺した悲鳴の代わりに口から漏れたのは叱咤の声。十年近くも教官として、新兵を鍛えて来たからこそ、自然と口をついた。

 来るのだ。かつて、祖国を滅ぼした騎馬隊が、我が主君と誓った方をみすみす自死に追い遣ってしまった記憶がチラつく。

 鳴りそうになる奥歯を噛み締め、下腹部に力を入れる。腿の内側で馬体を挟み込むと、少しだけ冷静になった。

 敵との間合いを測れば、そのあまりの早さに愕然として、不安が湧き出る。

 早過ぎる。このままでは、もう幾許かもしないうちに両軍がぶつかり合ってしまうだろう。右手に持った槍を握る革手袋の中が、汗で滑る気がする。

 何度も確かめたはずの鎧の結び目は、外れていないだろうか。兜の視界が狭い。心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。まるで、新兵のように、あらゆることが準備不足に思え、自分の身体が自分のものでないようだった。

「──っ!」

 漏れそうになる弱音を必死に押し殺す。

 眼前に迫るアレは、恐怖の対象だった。聳え立つ黒き大紋章旗。土煙を上げる近衛達の向こうには、両手に大剣を引っ提げた……──。

 姫様──。

 思わず視線を向けた先にいたのは、今の指揮官の姿。先頭を奔るギ・ガー・ラークスが、馬上で両手を広げ手綱からも手を離す。

 何を──。

 言い掛けた言葉が発するより早く、耳に届いたのは、ギ・ガー・ラークスの挙げた雄叫びだった。

 今まで聞いたこともない自身を励ますようなその声に、自然と気持ちが落ち着く。

 音が戻ってきていた。駆ける愛馬の馬蹄の音。走るリズムに合わせて聞こえる衣擦れの音。ガチャガチャと鳴る鎧の音に、荒い息を吐く自分自身に気が付いて、大きく息を吸った。

「ファル!」

「は、はっ!」

 ギ・ガー・ラークスに呼ばれて返事をした彼女は、僅かに振り返ったギ・ガーの口許に笑みをみて、驚嘆する。

 うわずった声を誤魔化すように咳払いし、努めて無表情を取り繕った。

「兵の気持ちが堅いようだ! 喚声を上げさせろ!」

 口許に笑みを浮かべたまま怒鳴るギ・ガー・ラークスの声に、ファルは即座に後ろを振り返り、合図を出す。

「貴様ら、笑え!」

 一瞬何を言われたのか、分からずファルの声を聞いた騎馬隊の面々は、思わず隣を走る僚友達と顔を見合わせる。

 はて、騎馬隊の指示にそんなものは、あっただろうか、と。

「復命は、どうした!!?」

 しかしながら教官の言葉は、絶対である。あまた繰り返した訓練は、時に恐怖さえ命令で乗り越えさえる。

「一番隊、笑います!」

「二番隊、同じく笑います!」

 当然、浮かべようとする表情は、ぎこちなく引き攣るような表情になる。だが、それをみて豪胆な何名かは本気で笑う。

 そうすると、つられて他の者も笑い出し、自然と笑みが広がっていった。

 自身のことは棚に上げて部下を叱咤するなどという厚顔振りが板についてきたものだと、自嘲して、ファル・ラムファドは、ギ・ガー・ラークスに視線を戻す。

 不敵に笑うギ・ガーを見て、ファル・ラムファドは、急速に頭が冷え、同時に回転し始めたのを自覚する。改めて敵を視界に収めれば、その数は自軍に比してわずかばかり。

 問題は、その後背に追従してくるギ・グー・ベルベナの長剣と斧の軍(フェルドゥーク)の方だった。まともにぶつかるには、危険すぎる相手だった。数は多く質も高い。だからこそ、必勝の手札として突撃前の魔法弾と弓矢の遠距離からの攻撃は残しておきたい。

 とすれば、当然ではあるが、眼前に迫る近衛の残党相手に、その札を切ることはできない。

 小出しでは効果が薄いし、再装填までには時間が足りない。やるなら一挙に運用してこそ、効果的だ。

「狙っていたな……ギ・ベー・スレイ」

 舌打ちしたファルは、乾いた唇を舌で舐めた。

 結論として近衛に当たるには、槍を突き合わせての力比べしかないということだ。

 近衛の奴ら(ギ・ベー・スレイ)は、それなら勝ち目があると読んだのだと考えて、ファルは猛烈な怒気が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。

 間に合うか、と脳裏をかすめた不安を怒声をもって塗りつぶす。

「一番隊、二番隊、三番隊、鏃の陣形! 重装槍騎兵(ランサー)を前に! 得物を構えろ! 間に合わないなどという泣き言は聞かない! やって見せてこそのアランサインだ!」

 ファルの指示に、迅速な隊形変換がなされる。

「舐められているぞ貴様ら! 槍合わせで、奴らは我らに勝てると思われているぞ!」

 声にならないざわめきが、彼女の声の届く範囲を駆け抜け、今まで笑っていたアランサインの騎馬兵達の表情を一変させる。

 当時槍合わせとは、騎馬兵にとって最も単純な技量を競うことだった。真正面から勝てると言われて、挑まないのは、臆病者と謗られても仕方ない。ましてや、大陸最強と自他共に認めるギ・ガー・ラークス率いるアランサインをもって、その言葉は、手袋を投げつけられたに等しい。

 より当人たちの感情にそっていえば──。

 ──かかって来いよ。アランサイン。実力の違いを教えてやるぞ。

 そう言われたに等しいのだ。

 誇り高き彼らが、教官の言葉に怒りに燃えたのは当然だった。

 ギ・ガー・ラークスを先頭として、一閃の鏃となって正面からのぶつかり合いを受けて立つ。

「叩き潰すぞ! 奴らに、どちらが上か、しっかりと刻み付けてやれ!」

 掲げる槍先に応えてアランサインから喚声が上がった。

 ──受けて立つ。やってやろうじゃないか!

 幻影を振り払い、アランサインは速度を上げていった。


◇◆◇


「先に行くぞ、ギ・ベー!」

 先頭を走るギ・ベー・スレイを追い越し、近衛の一騎がギ・ガー・ラークスに向かっていく。舌打ちととももに、それを見送るギ・ベーに対し、他の近衛達も思い思いに行動した。

 だがそのどれもが共通して、ただ一人アランサインの先頭を駆けるギ・ガー・ラークスのみを狙ったものだった。

 思考をずらし、孤立させ、疲労を誘い、己の身をすら犠牲にして、隙を生み出さんと攻撃を集中してくる。それを一身に受けたギ・ガーは、しかし小動もせず狙いを定めていた。

 誘因するような小集団の動きは無視し、孤立させるように後方へ仕掛けてくる近衛の攻撃は、部下を信頼して任せきる。疲労を誘うためまとわりついてくる近衛の攻撃をいなしつつ、捨て身の攻撃を仕掛けてくる近衛を最小最短の動きで突き殺す。

 そこまでして狙いを定めているのは、ただ一人。近衛の中心たるギ・ベー・スレイ。

 戦友達の葬られていく姿を見て、ギ・ベー・スレイは、一人その様子を眼に焼き付けた。噛み締めすぎた奥歯は、不穏な音とともに砕けた。

 ギ・ガー・ラークスの狙いの中心が自らであることを自覚したギ・ベーは、急激にその怒りを忘れ、同時に心が凪いでいく。仲間を殺された無力も、王を失った虚無感も、何もかもその瞬間から忘れ去った。

 ギ・ベーの心に余裕はない。ただ、無駄なものを全てそぎ落とし、ギ・ガーの動きだけを追う。

 叩きつけられる殺気。ただそれだけに反応して、最善の手順を踏む。

 速度を上げる両集団の衝突は、激烈かつ一瞬。

 二人は、衝突とほぼ同時に互いの姿を視界に入れた。

「ギ・ガー・ラークスッッ!!」

 ギ・ベーが、血を吐かんばかりに叫ぶ。

 蛇咬槍(ガムルン)の切っ先が狙い澄ましたかのように、陽光に煌めき、跳ね上がるような速度で騎馬のすれ違いと同時にギ・ガー・ラークスの喉元へ迫る。

 同時にギ・ガー・ラークスの手元からも、振るわれる大斧槍(グランハルヴァ)。初動は僅かにギ・ベーが速く、追随する形で大斧槍が蛇咬槍を追う。

「──!」

 蛇咬槍(ガムルン)がギ・ガーの喉元へ襲い掛かる瞬間、火花が散る。僅かに遅れて振るわれた大斧槍(グランハルヴァ)が、その軌道に追いつき、巨大な質量をもって、蛇咬槍(ガムルン)を追い散らし、同時にギ・ベー・スレイの首元に突き刺さる。

 瞬間、自身の敗北を受け入れ、ギ・ベーは笑った。

 それは安堵か、王に会えるという喜びか。あるいは単純に苦笑しただけか。

 ギ・ガーが僅かに、得物を手元に引き寄せれば、王の近衛を率いた男の首が飛んだ。そしてギ・ベー・スレイとともに、戦った近衛達も全滅する。

 翼を広げた怪鳥は、未だその羽ばたきをやめず、走り始めたアランサインは、まだ止まらない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回はほんと泣ける。そして、王様の話が出てまた嬉しくなったよ‥
[一言] 王の近衛は最後まで王の近衛以外になれなかったんですな まあでもある種不器用なとこのあった王に従う不器用な男たち。似合いの主従だったということですね。ギ・ベーだけでなく散った近衛たちも冥府で王…
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